第6話 イタズラ


 無事洞窟へと生還を果たした僕は、さっそく先ほど狩ったオークを切り分けて火魔法で焼いていく。

 二人に手伝ってもらいちゃちゃっと採集したキノコや山菜はスープにした。


「とりあえず、先に食事にしましょう。しばらくまともな食事をとっていなかったので、お腹ぺこぺこなんです」


「そ、そうじゃの……」


 視線をそらして気まずそうにする女性。

 

 メイド服の女性――ネイアは不思議そうに首を傾げていたが、食事をとること自体には賛成らしい。


 僕が久しぶりに味わう食事に舌鼓を打っていると、ひどく驚いた様子の二人が目に入る。


「どうかしました?」


「うんと、一つ聞きたいのじゃが……。妾には、お主がただ肉を焼いて、水にキノコやら草やらをぶち込んで煮ただけに見えたのじゃが、こっそりと下味をつけるなり調味料を入れるなりしておったのか?」


「いえ? ここを根城にするようになってから山の中で調味料を探したんですが、結局見つからなかったので何もしてませんよ。このままでも十分に美味しいので、そこまで焦って探してはいませんでしたし」


「じゃよなぁ……」


 手に持ったお肉やスープを交互に見比べながら、心底不思議そうに首を傾げる女性。


「貴女も僕を探している間、ここらにある食材を食べていたんじゃ?」


「ああ、すまんの。まだ名乗っておらなんだ。妾はティアベル、ティアと呼んでほしいのじゃ」


「同じく、すでにご存じかもしれませんがネイアと申します。以後よろしくお願いいたしますね」


「そういえばそうだったね。僕はシズク、よろしくね」


「シズク、か。よろしくなのじゃ。それで、質問についてじゃが。確かに食べておったが、どれも素材本来の味しかしておらんかった。これほどの旨味は感じたことがないのう」


「うーん? どうしてだろうね……」


 特に何も特別なことはしてないんだけどなぁ。

 そんなことを考えていると、それに、と前置きしたティアが口を開く。


「妾はシズクを探す間、果実とミニツノウサギくらいしか食べておらん」


「え? この森は山猪やオークなんかの比較的弱い魔物も多いし、少し強いけど時々山鹿なんかも見かけるよ?」


 僕の言葉にこめかみを抑えて頭を振ったティア。


「シズク。これから話すことは、信じられんかもしれんが真実じゃ。心して聞いておくれ」


「う、うん」


「お主が弱い魔物と言っておるやつらじゃがの、あやつらは全然弱くなんてない。山猪やら山鹿やらは倒すところを見ていないので断言はできんが、先ほどオークだと言ってあっさりと倒しておったのはオークジェネラルじゃ。今の妾一人では、ちと荷が重いのう」


「え……?」


「確認する方法がないからアレじゃが、あやつらを解体したときに食えないもの……牙やら魔石やらはどうした?」


「邪魔だから、洞窟の奥に放置してあるけど……」


「もし人間の街へ行くようなことがあれば、査定に出してみればよかろう。妾の言葉が真実だとわかるはずじゃ」


「えぇ~……」


 オークジェネラルって言えば、騎士が複数人で挑むような相手じゃないか。


 そんなの初級魔法しか使えない僕が一人で倒せるわけがない。でも、嘘を言ってるようにも見えないんだよなぁ。


「それと、こちらも気になっていたんじゃが……。シズクは本当に初級魔法しか使えんのか?」


「うん、本当だよ。何度も試したけど、中級以上の魔法は発動できたことがないからね」


「テレポートやアイテムボックスは複合魔法じゃから明確な級位は定められておらんし、上もないから確かに初級と言われれば初級じゃが……。難易度で言えば、上級どころか超上級でも足りんレベルだと思うんじゃがのう……」


「氷剣も複合魔法ですし、なんかいろいろめちゃくちゃですよね。だいたい、テレポートって人一人の魔力で一日に何回も使えるものなんですか?」


「そもそも使えるものがほとんどおらんじゃろう……」


「確かに……」


 二人がまるで変なものを見るような目を向けてくるので、とても心外だ。僕の心は少しだけだけど傷ついた。


 ……そうだ。フフフ、仕返しにビックリ魔法を使って脅かしてやろう。


「二人とも、食後のデザートにリゴンの実はどう?」


 そう言って、アイテムボックスから出すフリをしてリゴンの実を差し出す。


「おぉ、ありがとうなのじゃ」


「いただきますね」


 二人はなんの疑いもなく、偽物のリゴンの実に口をつけた。


 かじりつき、何度か咀嚼してからゴクンと音を立てて飲み込むや否や、目を見開き驚きを顕にすると勢いよく僕へと視線を向ける。


「なんじゃこれは?! 今まで食べたどのリゴンよりうまいのじゃ!!」


「こんなに甘いリゴンがあるなんて……」


 感動した様子の二人は、僕が止める間もなくぺろりと一個食べてしまった。


「その……できればもう一個食べたいのじゃが……」


「わ、私もほしいです……!」


「えっと……。その、ちょっと……」


 僕が罪悪感から口ごもっていると、それを否定と勘違いした二人がシュンとしてしまう。


「そうじゃよな。こんなに美味しいリゴンじゃ、貴重なものに違いない。欲張ってごめんなのじゃ……」


「申し訳ありません……」


「えっと……本当に美味しかったの?」


 疑いの目を向けられていることが不思議なのか、首を傾げる二人。


「めちゃくちゃうまかったのじゃ」


「はい、とても美味しかったですよ? こう言ってはなんですが、まさかリゴンで感動する日が来るとは思いもしませんでした」


「えぇ……。その、ごめんね……? 実はアレ、リゴンじゃないんだよね……」


「「……??」」


 二人は僕の言葉を理解できないのか、口をぽかんと開けてちょっとだけまぬけな顔をしている。


 もうこんな悪戯はやめようと心に決めながら、恐る恐る事情を説明するのだった―――。

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