第4話 さらにややこしく


 女性は僕を確実に仕留めたと思い、油断していたのだろう。

 地魔法へまったくと言っていいほど反応できず、あっさりと拘束することができた。


 身動きが取れなくなって数秒、ようやく自身の置かれた状況を飲み込めたようで、ひどく取り乱している。


「な、なんじゃ?! どうして妾のほうが拘束されているのじゃ?! というかお主、今どうやって後ろへ移動してきたのじゃ?!」


「テレポートですよ。ひどく気持ち悪くなるので使いたくなかったんですが……うぅ……」


 まるで目隠しをされたまま逆さまに宙づりにされた上で何度も執拗にぐるぐる回されたかのような、そんな気持ち悪さに耐えかね思わずその場にへたり込んだ。


 女性は僕を警戒しつつも、今がチャンスとばかりになんとか抜け出そうと必死に身体を動かそうとしている。


「ぐぬぬぬぬ……! なぜ抜け出せぬのじゃぁ……!」


 格闘すること五分ほど。

 ようやく諦めたのか、僕をキッと睨みつけたまま女性は大人しくなった。


 僕のほうもようやく気持ち悪さが抜け、ふーと息を吐きだすとゆっくりと立ち上がる。


「さて、どうしたものか……」


「ふん、何をされようが妾は絶対に屈しはせんぞ! 諦めてさっさと解放するが良い!!」


「解放したら、また僕のことを狙うんでしょう? ヤですよ」


 殺す気も誰かに密告するつもりも、ましてや奴隷にする気もさらさらないので、本当に扱いに困る。


 何か良い案はないかと思案していると、突然背後に現れた人影が僕へ向けて魔法を放った。


 その場から飛び退いてかわすと、やたらセクシーなメイド服を着た女性が拘束された女性をかばうように長い髪を揺らしながら間に割り込んできて、薄紫色の髪の隙間から覗く灰色の瞳で僕をキッと恨めしそうに睨みつける。


「お嬢様、ご無事ですかっ?! 人間め、許さんぞ!!」


「またややこしくなった……」


 お嬢様と呼んでいる時点で薄々予感はしていたけど、やっぱりこのメイド服の女性も半透明の尻尾が生えていた。

 整った顔立ちと良い、驚くほど均整のとれた肢体と良い、彼女もおそらく夢魔なのだろう。


 うーん、これは指摘しないほうが良いんだろうなぁ、そう思っていたのだけど。


「ネイア、あやつはどうやら妾たちが隠している尻尾が見えるらしい! とても危険なやつなのじゃ!!」


「なっ?! と、ということは私の尻尾も?!」


「おそらくバレておるぞ!!」


 あー、うん。

 というか、この二人は気づいていないんだろうか?


「あの、一つ良いですか?」


「ふん、人間の言葉になど耳を貸すつもりはないっ!」


「いえ、お二人にとっても聞いておいたほうが良いと思いますが」


「……なんだっ?!」


「理由はわかりませんが、僕に見えたということは、今後も見える人間がいるかもしれないという可能性に気づいてます?」


 僕の言葉に二人は硬直した後、メイド服の女性は深刻そうに顔を歪め動揺を見せたけど、拘束されている方の女性は驚きの表情を浮かべたあとすぐに目を輝かせた。


「……お主、天才かっ?! まったく思いつきもせんかったぞ!!」


「お嬢様……」


 メイド服の女性が悲しそうに目を伏せ、それに気づかぬ当事者は「困ったのじゃー!」と叫んでいる。


「だから、ここは一度話し合いませんか? 僕にはお二人をどうこうするつもりもありませんし、ここでひっそりと暮らしたいだけなんですよ」


「それは無理な相談です。確かに貴方の言う可能性はありますが、逆に貴方だけがなぜか見えるだけの可能性もありますよね? どちらが正解か確認できない以上、危険な芽は摘まなければなりません」


「そ、そうじゃな! さすがネイアなのじゃ!」


 メイド服の女性はスカートの裏側に隠していたナイフを抜き放ち、すでに戦闘態勢に入っている。


 僕は話し合いを諦めることにして、迎え撃つ構えを取った。


「『風刃』!」


 横向きで放たれた風の刃を飛んで交わすと、時間差で放たれた二発目の風の刃が空中で身動きの取れない僕へ襲い掛かる。


 僕は手を手刀の形にすると、水の刃をまとわせてから縦に振り下ろして風刃を切り裂いた。


 メイド服の女性はすでに背後へ回り込むように動き出していて、僕の着地と同時に心臓部目掛けてナイフを突き出してくる。


 僕はげんなりした気持ちを抑え、再びテレポートを発動。逆に背後に回り込んでやり、羽交い絞めにすると同時に首筋へ水の刃をつきつけた。


「ネイア!!」


 拘束された女性の悲痛な叫び声が響く。


「……慰み者になるつもりはありません、さっさと殺しなさい」


「何を言っておるんじゃ!? 頼む、ネイアを殺さんでくれ! わ、妾がお主の奴隷にでもなんでもなるのじゃ! だからどうか!!」


「お嬢様に何かしたら、絶対に呪い殺してやりますからね!!」


 うーん、命を狙われていたのは僕のはずなのに、なんだか僕のほうが悪者になった気分だ。


 ひとまずこのメイド服の女性も拘束してしまおう。そろそろ限界。


 僕は先ほどと同じように地魔法で女性の首から下を土で固めて拘束すると、その場にへたり込む。やっぱりテレポートは気持ち悪いから使いたくない。


「すまぬネイア、妾を助けようとしたばっかりに……」


「いえ、私こそお助けすることができず申し訳ありません……」


 二人がお互いに謝り合って落ち込んでいる間に、ようやく気持ち悪さが抜けて来た。


 さて、今度こそ話し合いができると良いんだけど―――。

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