第3話 サキュバスでした
僕は飛んできた闇刃をかわせないと判断し、咄嗟に地魔法で壁を生成することで防御。続けてこちらの姿を隠すように、女性との間に次々と横並びに壁を生成していく。
10枚ほど壁を生成したところで完全に寸断できたと判断し、一目散にその場から逃げ出した。後を追われないよう風魔法で音を消し、走ることで柔らかい土に残ってしまう足跡を地魔法で消すことも忘れない。
そうしてしばらく走って距離をとった後、背後を確認しつつ慎重に洞窟へと戻った。
「ふー、びっくりした……。しばらくは外に出ないほうが良いかな」
一週間もすればあの女性も諦めてどこかに行ってしまうだろう。幸いちょうどお肉を取って来たばかりだし、水に困ることもないんだから大丈夫。
そう考えていたんだけど……。
「嘘でしょ……」
洞窟にこもり始めてからかれこれ三週間ほど。僕は未だに外へ出ることができずにいた。
あの女性は僕を見つけるまで探し続けるつもりなのか、はたまたここで暮らしていくことを選んだのか、それともここを離れられない理由でもあるのか。
理由は定かではないけど、毎日洞窟の近くを動き回っているのだ。
僕は初級魔法しか使えないので、アイテムボックスの容量もそこまで大きくない。それでも山猪一頭分くらいならなんとか仕舞えるので、日々の食料に困ることはなかった。
でも、それはあくまで少なくなってきたら補充することが前提なので、長期間の籠城に耐えうるだけの食料は存在しない。
すでに三日ほど前に食料が底をついてしまったので、今は水だけで飢えを凌いでいる。だが、そろそろ限界だった。
「……あの人が離れている隙に脱出しよう」
この際危険だなどと言っていられないので、じっと息をひそめてその機会を窺い続ける。
そして訪れた千載一遇のチャンス。
川のあるほうへと向かっていったので、おそらく水を汲みに行くか水浴びをしに行くかだろう。どうかこの予想が当たっていてと願いながら、気配が遠くなるまで待ってから洞窟を塞いでいた土をどけて外へと飛び出す。
川とは反対方向へと走りつつ、見かけたリゴンの実を回収して少しでも飢えを満たしながら、30分ほど移動し続け、恐る恐る振り返るも人の気配はない。
「良かった、なんとか気づかれずにまけたみたい……ッ?!」
ようやく一息つける、そう思ったのもつかの間。
背後から物凄い速さで近づいてくる気配を捉え、すぐにそれがあの女性のものだと気づく。
慌てて再び走り出すも、すぐに追いつかれてしまった。
「ようやく見つけたのじゃ。まったく、匂いはするのに全然見つからんから泣きそうじゃったぞ」
「匂い……?!」
僕が心の中で、この人は獣なのか?! なんて考えていると、得意げに自分の鼻に指をあてる女性。
「妾は人より鼻が利くからの。うまく痕跡を残さないよう逃げたようじゃが、お主の匂いを覚えておったのでそれを辿ったのじゃ。まぁ、途中でその匂いも途絶えてしまって中々見つけられなかったがの。急に匂いがするようになったので、慌てて追いかけてきたという訳じゃ」
「……そこまでして僕を殺したいんですか?」
さすがに匂いまでは消せないので諦めて、なんとか妙案を思いつくまで時間稼ぎをしないと。そう思って質問したのだけど、僕の言葉に女性はひどく悲しそうな顔をした。
「……殺したいわけではない。だが、殺さねばならん。お主に秘密を知られてしまったからのぅ」
「あの尻尾のことですか?」
「バレてしまっているので、詫び代わりに教えてやるのじゃ。妾は魔族――
すまんのぅ、そう言って女性は僕へ手のひらを向ける。
「僕は誰にも言うつもりはありませんよ?」
「口ではなんとでも言えるからの。そうやって情を誘い、ほだされた仲間が結局裏切られて何人も奴隷にされてきたのじゃ。『淫魔』が奴隷にされれば、その後どうなるかくらいお主にも想像がつくじゃろう?」
「……そうですね」
魔族についても勉強していたので、嫌というほど理解できてしまった。
人間からは淫魔と称されているが、それは偏に男性の精気が大好物であるという噂が独り歩きした結果に過ぎない。確かに大好物ではあるのだが、実際は誰の物でも良いという訳ではなく、主人と認めた者の精気に限るのだ。
誤った思い込みからサキュバスを娼婦と認識している人間は多く、とくに奴隷ともなれば本人の否応なく性奴隷とされることは確実だった。
思わず顔をしかめた僕を見て女性は一瞬躊躇ったが、振り払うように顔を横に振ると僕の目をじっと見つめながら、上級魔法である『全方位闇刃』を発動。
一瞬で僕の周囲を覆うように大きな闇の刃がいくつも生成され、逃げ道を塞がれた。
「恩を仇で返してしまってすまんの。今度こそ、さよならじゃ」
女性は悲しそうに呟くと、開いていた手をぐっと閉じる。次の瞬間、僕目掛けて一斉に闇の刃が押し寄せた。
迫り来る闇刃を前に、僕は覚悟を決めると魔法を発動。
女性の後ろへ一瞬で移動したのち、地魔法で首から上だけを残して土で覆い拘束するのだった―――。
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