第1話 家から追放、その上賞金首


 家を出るように言われて三日目。

 まとめた荷物の最終チェックをしていると、コンコンと部屋の扉がノックされた。


「どうぞ」


 僕が声をかけると、扉を開けて現れたのは執事のラエルだった。


 白くなった頭髪を綺麗にオールバックでまとめ、初老とは思えないピンと伸びた背筋。幼い頃より見慣れた姿ではあったが、その瞳にはもはや僕は映っていない。


「旦那様よりこちらを渡すようにと。それから、本日中にこの部屋を空けるように、とのことです。では」


 淡々と用件だけを告げると、テーブルの上に小袋を置いてすぐさま部屋を出ていく。


 昔は自室にこもって勉強ばかりの僕を心配してこっそりと甘いお菓子を持ってきてくれたり、息抜きにと庭の散歩へ連れ出してくれていたラエルも、今や僕なんて道端の雑草程度にしか思っておらず、いつでも優しい瞳を向けてくれていた姿は見る影もない。


 今に始まったことではないが、やはり何度経験しても慣れない悲しみをぐっとこらえつつ、小袋の中身を確認した。


「銀貨5枚――5万コルか。ありがとうございます、お父……いえ、ローレン様」


 すでに僕はラインツの家名を名乗れる立場になく、ローレン様をお父様と呼ぶ資格も存在しない。

 元より親子らしい会話ややり取りもしたことはないけど、それでも僕にとっては血のつながったたった一人の父親だと……思っていた。


 昨夜までは。


 ローレン様へ最後の挨拶をしようと仕事が終わったころを見計らい私室へと向かったところ、中からこんな会話が聞こえてきたのだ。


「くそ、アレのことを考えるだけで腸が煮えくり返るっ! 私自身の手で殺せないことが悔しくて仕方がない!!」


「まったくもってその通りですね。本当にアレが我が子だなどと、今でも信じたくありません。でも、良いじゃありませんか、アナタ。ゼストはかの賢者様の生まれ変わりだと言われるほどの逸材。すでに超上級魔法を二つ習得し、王都の魔法学園も主席卒業が確実です。アレが無能だったお陰でゼストの優秀さが際立ちましたし、王も大変喜んでおられたじゃないですか。ムルテも順調に騎士団の中で出世しておりますし、ガナートも王の覚えが良く将来を期待される若手の一角ですよ?」


「そうですよ、父上。それに、アレはすでに王の怒りに触れていますので心配無用です。まだ未発表ですが、我がネーブ国では一週間後に正式にアレの首に賞金をかけることになっておりますので」


「なにっ?! それは本当かっ?!」


「はい。先日、正式に王命が出ましたから。理由は、家を追放されたことを逆恨みして凶行に及んだ、ということになっています。すでに被害者も準備してますので、アレに反論の余地はありません」


「そうか……。少しだが溜飲が下がったわ。よし、疫病神を追い払える祝いにラインツ家の更なる繁栄を願って祝杯をあげようじゃないか」


 そこからは楽し気な声が響いてきて、僕は逃げるように自室へと戻った。


 父だけでなく、母――ビレイの言葉も印象的だったが、何より驚いたのは長男であるガナートの『僕が賞金首になる』という話だ。


 あまり人目につかないよう、山の中でひっそりと暮らしていこうかと考えていただけに、寝耳に水だった。


 早急にこの国を出る必要が出て来たので、たとえ僅かばかりであろうと助かることに変わりない。無一文で追い出されると思っていただけに、幸先の良いスタートと言える。


「よし、時間がもったいない。早速出発しよう」


 使用人たちが着古したぼろぼろの服に着替えてカバンを背負うと、長年暮らしてきた自室に別れを告げた。


 途中廊下ですれ違うメイドや執事、門番の騎士も僕を見ると、そのみすぼらしい姿に侮蔑を含む嘲笑を浮かべていたが、僕が平然としていると面白くなさそうに視線を逸らす。


 唯一、最後まで僕付きのメイドでいてくれたラナだけはなにか言いたげな顔をしていたが、きゅっと口を噤むと踵を返してどこかに行ってしまった。


 お別れの挨拶ができなかったのは心苦しいけど、僕と話している姿を見られてラナに迷惑がかかっても嫌だし、諦めよう。これからは僕一人で生きて行かなくちゃいけないんだ。


 あれもこれもと世話を焼いてくれたラナは、ラインツ家に仕えるメイドなんだから。姉がいたらこんな感じなのかな、なんて思っていたのは僕の勝手で、彼女には彼女の人生がある。


 もう二度と会うことはないのだと思うとズキンと胸に痛みが走るが、ぐっとこらえてラインツ家の屋敷を後にした。


「さて、くよくよしてても仕方がない。目指すは東、ウェルカだ」


 意気込みを口に出して悲しみを振り払うと、僕は一路東へ向けて歩みだした―――。

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