第三十五話 低すぎる王陵
その、選択が出来ることすら
知っている。九品はこの国において特別な貴族でとても豊かだ。諸貴族とは決して同等に語られることはないし、まして
「その言い方は卑怯だ、と俺は思います」
「私もそう思っていますが、こうでも言わなければあなたには伝わらないのではありませんか?」
そうかもしれない。志峰が一言の元に切り捨てた文輝の感傷には意味などないのかもしれない。文輝は
その、文輝の独りよがりな我慢を
文輝の隣で大きな溜め息を零したかと思えば半身を捻り、最後尾の志峰に向けて言い放つ。
「志峰殿、それは些か
「では
「わたしはそこの坊ちゃんではないから、何か事情があるのだ、とは言わん」
「では何とお答えになるのです」
文輝の代わりに志峰に反論した晶矢が力強い声で言った。
白帝廟の門柱が三人の視界に映る。一つ目の廟までもう少しだ。
「その答えは陶華軍本人に訊けばいいだろう」
それに、と晶矢が続ける。
「貴官の信念が揺らいだ、という不安を八つ当たりでわたしたちに押し付けるのは一人の国官として恥ずべき行為だ、とは思わないのか?」
その問いの形をした断定を受けた志峰は勿論だが、文輝も瞠目した。
志峰も文輝も自らの理想を押し付け合うことに必死でお互いの気持ちを理解しようとはしなかった。二人とも不安に押しつぶされそうだった。陶華軍にあらゆる意味で思い入れのない晶矢だから言える。その事実の指摘に志峰はばつの悪そうな顔をして「ここに陶華軍がいることを祈りましょう」と言って残りの距離を疾駆する。未だ戸惑いから抜け出せない文輝の肩を叩いて晶矢が先に白帝廟の門柱をくぐった。
四方を白壁で囲まれ、入り口は東西の二か所しかない。文輝たちは西側の入り口から中に入った。正面に石組みの廟が三階建てでそびえ立つ。白帝廟は大体、西――
その白帝像の周囲を取り囲むように回廊が作られ、外壁に沿って二十四の神仙の像が配置されている。白帝の直参であり、皆、
夕暮れ時の白帝廟を訪うものは殆どおらず、中はしんとしている。
文輝たちの背丈より高い白壁の向こうに夕陽を見る為には廟の三階に上らなければならない。正面に屹立する白帝像を横目に石造りの階段を駆け上る。二階の灯かり取りの窓からは白が強く差し込んでいたから華軍がこの廟にいるのではないかと期待する。
だが、その期待は三階で否定された。
この廟は白が強すぎて、朱が見えないのだ。
「
中城の西側に造られた王陵は二つの頂を持っている。一つは歴代の
「急ごう」
「ああ」
志峰が四半刻の定時報告と結果報告で紫の鳥を飛ばす。それを見送って三人は一つ目の白帝廟を後にした。
二つ目の白帝廟は東の外れで、付近は兵部や工部の厩になっている。一つ目の白帝廟と比べるとかなり大きく、廟の他にも堂が幾つか配されていた。廟の前には広場があり、入り口は南北と西の三か所ある。神話上、白帝が四位の神とされる所以から四重の塔があった。塔があるのは右官府ではこの一つだけで、あとは岐崔全体でも左官府に一つと城下に一つの三か所しかない。
その、規模の大きな白帝廟に辿り着くまでに四半刻を要し、白壁が見えた時点で志峰が報告の鳥を飛ばした。それと行き違いで
幾人もの官吏の信念を揺るがし、不安を煽り、国体を損なわせている華軍を「説得」して穏便に解決しようとしている文輝は甘いのではないか。不意にそんなことを思った。思うと同時に文輝は遅ればせながら気付いた。
晶矢も
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