第三十二話 白光

 現在地から最も近い白帝廟はくていびょう内府ないふの中にあるし、戦務班せんむはんの最寄りであれば右官府うかんふの南側にある。華軍かぐんの宿舎からであれば城下になるし、或いは華軍の普段の行動範囲など関係がないのなら場所を特定するのはより困難になる。

 晶矢しょうしの方もそれを即座に看破したのだろう。


「どの白帝廟だ」

「わからない」

首夏しゅか、わかっているのか? 岐崔ぎさいの白帝廟は城下も含めれば三十に少し足りないだけだ。第三の事件が起きるまでに二人を見つけなければならないんだ。もう少し、限定出来なければ捜索は無理だ」


 それはわかっている。御史台ぎょしだいの官吏を総動員して全ての白帝廟をしらみ潰しに調べる、という手段も残っているが、それで華軍しか発見できなかった場合、戦務長せんむちょうや残りの造反者を捕える人手に欠くことになる。だから、大夫はそんな悪手を打つわけがない。

 ただ、それ以前に。


暮春ぼしゅん、俺はさっきから気になってたんだが、その『第三の事件』というのは何なんだ。本当に起きるのか?」


 晶矢が吹っ掛けた予想に大仙たいぜんが悪態をついたのは記憶に新しい。

 詳細を尋ねると晶矢は上座に向き直り、大仙へ挑戦的な言葉を放る。


「大仙殿、第三の事件は予見されているのでしょう? どこで起きるのか、少しぐらいは聞かせていただけないでしょうか」

りゅう子賢しけんが我々の調査の通りの人物なら、次の事件は城下だ」


 それも、君たち九品きゅうほんの屋敷だと想定している。実家が心配なら君たちは城下へ戻るといい。

 淡々と告げる大仙に文輝ぶんきと晶矢は顔を見合わせて笑った。何がおかしい、と大仙が憤然とする。


「大仙殿、あなたは知らないのかもしれませんが俺たち九品は物心がついたら最初にこう教わるのです。『どんな場合でも身内を助けるのは一番最後だ』と。そうですね、孫翁そんおう

「僕も小戴しょうたい殿の意見に同意するよ。僕たちの屋敷にただ救いの手を待つだけの存在などいはしない。造反者たちが何を思って第三の事件を起こすのか、それはわからないけれど、少なくとも僕は僕の屋敷を守る為に城下へ逃げ帰るような真似だけはしないよ」


 それに、九品の屋敷で暮らすものは皆心構えが違う。被害が出たとしても決して大きくはならないだろう。

 棕若の締め括りに文輝と晶矢は顔を見合わせて同意した。

 九品に自らを最優先で守るような軟弱さは必要ではない。その矜持を三人三様にけれど本質は皆同じに告げると大仙が今日、一番困った顔をした。


家格かかくが違うとこうも違うのか」

「大仙殿?」

「いや、何でもない。とにかく、第三の事件は城下だと予想される。捕えた十五の緑環りょくかんの話が正しければ、の話だが」

「何の為に私たちの屋敷を襲うのですか」

「それはまだ調べが終わっていない。とう華軍か劉子賢のどちらかが捕縛出来ればその謎も解けるかもしれないがそれも希望的観測にすぎない」


 小戴、本当にどの白帝廟か心当たりはないのか。

 重ねて問われて文輝はまた思考した。華軍との世間話に何か手掛かりはないか。白帝廟に対する彼の思い入れが別格であることの他に何か解決の糸口を探す。武官である以上、赤という色には拘りがある、と言っていたのがぼんやりと思い出された。それに連なって赤く染まる空が好きだと言ったのも記憶に蘇る。どこかの白帝廟から見ると国色である白と夕暮れの赤が隣り合った配色になるのだと感慨深く言っていた。それをうわごとのように呟くと大夫たいふが副官に命じ、中城ちゅうじょうの地図を持ってこさせる。全員が胡床いすを離れ、正殿せいでんの中央に集まった。その中央の床に地図が広げられる。


庶務官しょむかん殿、貴官の言う『白』は恐らく季節の変わり目だけに見える白光びゃっこうでありましょう。岐崔ぎさいで白光が見えるのは標高の高い中城の中だけでありまするな」


 城下は一段低い土地にあって白光は中城の城壁に遮られて見えない、と大夫が言う。

 加えて棕若しゅじゃくが「公地こうちでも見えるかもしれないけれど、陶華軍が立ち入ることは許されていないだろうね」と補足した。公地というのは三公さんこうの住まう区画で岐崔の北端のみなとを中心に広がっている特別な土地を指す。高い壁で境界線が区切られ、その内側に入るには九品ですら関を越えるのに等しい検査を受けた。平民出身の国官である華軍が公地の廟を知っている道理がない。


「内府の廟も同じ理由で省けるのではないですか?」


 大夫の副官が城下と公地に朱墨でばつ印を付けるのを見ながら、晶矢が言う。大仙が即座にそれを否定したが、またすぐ持論を否定しなおした。


通信士つうしんしならば年に二度、内府を訪う。その点からも内府の廟は『特別な廟』である可能性が残るが――内府にある廟は皆王陵おうりょうの裾野だ。日暮れは見えまい」

「では内府も除外しよう」


 棕若の声に副官がまたばつ印を付ける。


左官府さかんふの西側の廟も同じ理由で除外出来るね。それで? 今の段階であと幾つの廟が残っているのかな?」


 その問いには副官が「五つです」と明確に答える。左官府の東側が二つ。右官府に三つ。白帝廟はその存在理由ゆえに移転が行われないから内府の持っている地図にもその場所が明記されていた。右官府の三つのうち、一つは警邏隊けいらたいの役所の近くにあるもので文輝もよく知っている。

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