第三十一話 白帝廟
曰く、
盗人または盗人の血縁である華軍には生まれつき罪科の運命があり、今回の反逆もその延長である。罪人は結局のところ罪人でしかないというような意味合いの罪状に
「
「お待ちください、大夫」
思わず立ち上がり、叫ぼうとした。文輝に先んじて冷徹な声が正殿の中に響く。外はもう薄紫の色合いを纏っていた。時間がない。なのにまだ言葉遊びや責任転嫁が続いている。文輝の直感が告げる。これ以上、ここで時を失してはならない。
声の主――
「大夫は『まじない』の才の意味するところをご存じではないのですか?」
侮蔑の眼差しで晶矢が大夫に問う。大夫は不愉快そうにそれを受け止め、溜め息と共に返答を口にした。
「『陛下』から唯一、主上に対抗し得る術として授かる天賦の才、と認識しておりまするが?」
それは実に模範的な回答だった。
西の大地を守護する
つまり、「まじない」の才を持つ華軍はこの国における至上の存在である白帝から祝福を受けていると考えられる。何かが起きたとき、白帝の楔である彼らは国主と対峙する武器を持っている、ということだ。
「では、大夫は罪科の読替と『陛下』に
「何が仰りたいのでありまするか」
「私はただ、『陛下』が存在を認めた『選ばれた存在』である陶華軍を先入観のみで裁くのは愚かしいと申し上げているだけでございます」
「貴官も
「いいえ。右尚書がそう調べたのでありますれば、陶華軍には何らかの後ろ暗い傷があるのでしょう。ですが、罪科だけを理由に彼を捕縛するのは事実上不可能だと申し上げております」
そんなことをしたら、今度は
「では貴官ならどうする、と?」
その問いには答えず、晶矢が不意に振り向き文輝に言った。
いつの間にか生来の晶矢らしい不敵さが戻っていた。多分、彼女は腹を括ったのだ。御史台の思うがままに動くのではなく、自らの意思でこの動乱を乗り切る。だから、晶矢は文輝に問う。
「
左尚書で問われたのとは少し違う形だったが、本質は多分変わっていない。
その既視感を覚える問いに気勢を折られた文輝は苦笑で応じる。
「どうする。って、俺に訊くか、そこ」
「信じているのだろう?
「お前なぁ。覚悟ってのはそうほいほい軽々しく口に出すもんじゃねぇだろうが」
「有事に示せない覚悟ならば棄てろ。わたしもおまえも感傷を許された立場ではないだろう」
「まぁ、そうだが」
「心当たりはないのか。陶華軍が今、どこで何をしているか。
それが出来ない程度の中途半端な覚悟しか持っていないのなら、御史台の調べに抗うのは無理だ。今すぐ先の非礼を詫び、媚び諂い大夫へ許しを請え。今ならまだ間に合う。
言葉の行間を読むと半ば脅迫じみた内容が含められていた。
文輝は晶矢の
息を吸った。正殿の
そこまで考えて文輝は思った以上に二人のことを知らないことに気付いた。
世間話をしなかったわけではない。くだらない雑談なら幾つも交わした。それでも、二人の本質に触れる話はそれほど多くなかったのだと知る。
その少ない本質を脳裏で瞬かせながら、今日の出来事を朝から順に思い出す。
そして。
「
ある施設の名前が直感を刺激した。白帝廟というのは名前の通り、白帝――「陛下」を祀った廟で
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