第二十九話 国主の出自
「
「……承知」
随分と長い間を置いて大仙が首肯する。
そして彼は嫌悪感を隠しもせずに「君たちの質問に答えよう」と言った。
「その前に。
「……失礼いたしました」
彼の隣で進慶が困り顔で肩を竦める。
「
「十五の
「見たことのない環が出入りしていれば気付くさ。数も数えた。それでも、偽造だとは思わなかった。蓋を開けば典礼部の中に密通者がいる、だからな。俺たちにそれを看破せよというのは無理だ。正当な手続きを経た偽物を区別出来るやつがいるなら、
そう言った進慶の顔には後悔がありありと浮かんでいた。
今、中城では二つ目の事件が起きている。これ以上、被害を増やさない為にも、審議を速やかに終え、首謀者を捕えなければならない。
ただ、その話題に移行するには幾つかの疑問点が残る。
文輝の不安を晶矢が言葉にした。隣を見れば獰猛な虎のような態度で晶矢が吼える。
「では内府はこの件について何を調査されていたのです」
「
晶矢の問いには大仙が答えた。
国主の生い立ちならば
文輝も晶矢もそう理解していた。だから、国主の出自など調べても何にもならない。違和感が生まれ、それが表情に発露する。
二人の表情が見えている大仙が冷淡に嘲笑った。
「国史の座学など何の意味も持たない、ということだ」
「どういう意味でしょうか」
「主上がお生まれになったのは
「国史の教本には偽りが記されている、と?」
「この国は比較的血統には寛容だ。それでも、国主の座を得るとなると話が違う。
実力主義を謳う西白国でも選民思想が残っている。それは九品三公――西白国建国の立役者である十二氏が今も残っていることが雄弁に物語っていた。文輝もまた区別された側の一人でありながら、時折、それを忘れそうになる。それこそが貴族の欺瞞だと知りながら、それでもなお文輝は一人の武官であることを望む。傲慢だと知っている。自己満足だとも知っている。
それでも。
ただの傲慢や自己満足で終わってしまいたくはなかったから、文輝は目の前の動乱と戦う道を選んだ。
「国主様は今、お心を痛めておられる。そういうことですね、大仙殿」
国主が生まれ育ったのが郭安州なら、彼は数年に一度ずつ、故郷が飢饉に喘いでいることを無慈悲に突きつけられた筈だ。私情に流され、偏った救済を行いたいと思ったこともあるだろう。それでも、彼は公正な政を貫いてきた。
郭安州の
飢饉は連鎖する。それを乗り切る為には国政の手が必要だ。
郭安州だけが飢饉なら話はもっと簡単だった。気候変動。天候不順。偶発的な危機だから、義援を送れば助かる。だが、飢饉は西域一体に及んでいた。一州だけを――国主の生まれ育った郭安州だけを手厚く保護することは許されていない。
国主は心を痛めながら左官たちに「公平な」支援を命じた。
そういうことかと暗に含ませると大仙の冷笑はいっそう鋭利さを増す。
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