第十六話 随身
二通の文がするすると細い糸に変わり、そして二羽の小鳥の姿になる。小鳥は歌い終えた通信士の肩にとまり、そして彼の指示に従って
通信士の背を見送った
「香薛、何か進展があれば気兼ねなく内府まで鳥を飛ばすのだよ」
「心得ております」
「
その問いに「
そして三人は揃って
畏怖すら感じる
勝手に決めたその答えを胸中に抱いて文輝は二人に続く。内府の中は役所と言うよりは神殿めいていてひっそりとしている。正門から続く石畳が最初に枝分かれした地点で二人は迷うことなく東を選んだ。そこからしばらく歩いた先にその建物が見える。荘厳な門の
警戒の域を超えた敵意に文輝は反射的に
棕若は衣擦れの音でそれを察したのか、諸手を挙げて門兵に闘争の意思がないことを表現する。文輝の目の前で左手、晶矢の目の前で右手が揺れる。それを視認して二人ともが慌てて攻撃姿勢を解いた。御史台の門兵が
「左尚書令・
内府の官は必ず左右官府の英才から引き抜かれる。というのは知識として文輝も認知していた。英才である彼らには文武官の
文輝が棕若の姿かたちを知っているのは
だから、文輝には九品の出身でない
感嘆の息を吐く。隣で晶矢が呆れ顔で嘆息したから、多分彼女の中では全ての府庁の長官の顔と名前が一致するのだろう。
背中の向こうで起こっていることを完全に無視して、棕若は門兵に応える。
「貴殿らに確かめていただきたい儀があって参った次第。
「
皮肉めいた笑みを浮かべた門兵の指摘に、棕若は「おや? 内府に赴くのには随身が必要なのかな?」と皮肉で応酬する。随身というのは高官が外出する際に警護として同伴する武官を指す。棕若は随身を伴えるだけの高官ではあるが、文輝も晶矢も護衛官に任じられるだけの位ではない。そのことを嘲っているのだと知っていて棕若は皮肉を返した。禁裏の表玄関に立地し、その正門で刀剣の類を必ず回収する内府で心身の危険があるのならば、今後は剣を持って入らねばならない、と言外に含めることで門兵は閉口した。
沈黙を肯定とみなし、棕若は言葉を続ける。
「それに、彼らは随身ではないよ。共に大夫にお聞かせしたいことがあると申すので同道しただけのこと」
随身でもそれが叶うのなら、そういうことにしておいても僕は構わない。
どうかな、と棕若が問い返したところで門兵は二人揃って穂先を収める。
「その物言い、確かに左尚書令殿であらせられる。阿程殿、小戴殿にも非礼をお詫び申し上げる」
「大夫にご用向きとのこと。すぐにでもご案内申し上げますゆえ、取り敢えずは中へ」
門兵の片方が一礼して中へ消える。言葉の通り、大夫――御史台の長官へ取次に出たのだろう。残った一人が身を引いて門の前を譲る。棕若は「そう」と返答をして泰然とその門を潜った。文輝が晶矢の後を追って門の内側に入ると残った方の門兵は敬礼の姿勢で三人を見送っている。
門の向こうにはまた石畳が続いていた。紅葉した楓が両脇に並び、視界が赤に染まる。文輝の頭より少し高い位置の葉の上に薄っすらと雪が残っていた。
赤と白の対比に文輝は城下にある
「首夏、何をしている。置いていくぞ」
晶矢の声が聞こえて文輝は自らの足が止まっていたことを知る。ああ、と生返事で答えてもう一度だけ雪を被った楓を見た。横風が吹いて葉が揺れる。その度に雪が水滴に変わって消えていった。
その軌跡を追うことをやめて文輝も先を急ぐ。
内府の中には国防の危機などないのだろうかと一人胸中で疑問を転がす。
そして文輝は自らの出した答えに苦笑した。右官府にも国防の危機などなかった。ほんの数刻前まで、文輝もそんなものは認識していなかったのに随分と傲慢になったものだ。
自省して石畳を先へ進む二人の背に続いた。
顧みることは後でも出来る。今は、この背を見失わないように先へ進もうと決めた。
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