第十五話 阿程の提言
十七の
それを今、果たさなければならない。
文輝は復号した桃色の文を開封することなく両手でそっと包み込んで部屋の中央を真っ直ぐに進む。
棕若は意味ありげに文輝を見上げ、問う。
「中を確かめなくてもいいのかな?」
「構いません」
「君にとって不利なことが書いてあるかもしれない」
「構いません。私は上官も同僚も信じています」
あなたがそうしたように。最後の一言は口にしなかったが棕若には伝わったのだろう。「大した自信だ。実に羨ましい」言って文輝には元の位置に戻るように指図して棕若が桃色の文を持ち上げる。
そして。
彼は相変わらず慣れた手つきで文を開いた。
表紙と同じ色の本文を開いた棕若は渋い顔で左右の文官たちに中を確かめさせるべく手渡す。隣に座った
「これでは何の
「流石は
そんな会話が上座で交わされるうちに末席にまで桃色の文が回覧される。
文輝の隣で晶矢が不思議そうに尋ねてくるが文輝にはそれに応える術がない。
「
「知らん」
正直にその旨を告げると晶矢の表情が曇る。
小声だが訝った音が文輝を言外に責めた。
「『知らん』だと? 通信士殿か
「その二人の間ではあるかもしれねぇけど、俺は知らん」
「何も知らないでおまえは
「そうだ」
晶矢がそうして
文輝に緻密な駆け引きをしろというのは到底無理な話だ。
何の根拠もなかったが文を棕若の手に委ねたとはっきりと肯定すれば、晶矢は呆れ返って言葉にもならないようだった。
「『そうだ』って、おまえ、何かあったらどうするつもりだったんだ」
「孫翁に
「この、大馬鹿ものが」
言って棕若たちからは見えない角度で背中を
何をするのかと文句を言おうと晶矢を見やると随分とすっきりした顔をしていて、苦言が喉もとで霧散した。
「
「実際、おまえは大したやつだ」
華軍の文の中身は未だにわからない。それでも、華軍の文を復号することで文輝と晶矢は自らを取り戻した。回廊を巡る途中で文に復号していたら、と考えてぞっとする。文輝に出来るのは開封だけで、もしも華軍に連絡を取りたいのなら
棕若の謀略がどういう段取りになっていたかは判然としないが、それでも、文輝の選択が場の流れを変えたのは確かめるまでもない。だから、文輝は漠然と思うのだ。華軍は文輝と晶矢が左官からの反撃を受けることまで見越して鳥を送ってきたのではないか、だとか、文輝の性格で言えばすぐに鳥を復号したりしないことも計算ずくなのではないだろうか、とか。
そんなことを考えているうちに桃色の文は文輝たちの手元へまで回ってくる。
棕若の「それは君たちにお返ししよう」という言をきっかけに、文輝と晶矢は華軍の文を見た。そこに書かれていたのはたった一行「お前を信じろ」の文字だけが綴られていた。
「
その簡潔で明瞭な文に晶矢は弾かれたように顔を上げて棕若と相対する。
「僕たちは何の細工もしていないよ」
言って彼は心底愛しそうに武官見習いの二人を映した。
「
「
「ときが許すのであれば君たちが内府へ上ることを各々の役所へ伝えなさい。僕の通信士を呼ぼう」
「通信士を僕の部屋へ」
「ただいま呼んで参ります」
言って従臣が踵を翻すのを見届け、棕若が立ち上がる。文輝と晶矢は慌てて
棕若はそんな二人のばつの悪さなど知らぬ態度で
「阿程殿の言には一理あることは皆も理解しただろう。僕にはやましいことは何もない。それでも
棕若の問いに室内は俄かにざわめいたが、結局は尚書令が決めたことに従う、という結論になった。異口同音に賛成の声が上がる。
それを見届けて、棕若は上座を離れ、叩頭した二人の傍らに寄り沿って肩を叩いた。
「では参ろうか」
緑の扉を押して棕若が回廊へ降り立つ。文輝たちも立ち上がり室内の左官たちに一礼して棕若の背を追った。回廊を歩く足音を聞き届ける空気が幾ばくか柔らかいものになっていたことを二人は知らない。
回廊を戻り、左尚書令室で報告書をしたため、それに棕若が一筆を添え通信士が鳥を飛ばす段になる。左尚書の通信士は文輝たちが見たところで真似が出来ることではない、と惜しげもなく暗号の過程を見せてくれた。二つの土鈴を両手に持ち、足踏みと鈴の音を背景に
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