第十一話 異変告げる文
過去、現在、未来。その全ては自らの足で
朝から続いていた不安がほんの少しだけ薄れていることが不思議だった。
回廊の果てには緑色に塗られた扉と、その前に控えた
「
「すまない、香薛殿。俺に籠の鳥は土台無理な話だった」
「構いませんよ。主も多分、ご承知でしょう」
あなた方は
皮肉めいた口調で香薛は二人を代わる代わる見て、そして
「
棕若が上座で両手を組み合わせたままこちらを見ている。その
文輝の前に立つ頭一つ分も背の低い晶矢にも同じようにその敵意は浴びせられているだろうに彼女が動じる気配はない。落ち着いたまま彼女はゆっくりと拱手した。
「左尚書令殿におかれては現状を把握しておられましょうや?」
棕若が放つ冷や水のような空気を凛と切り裂いて
室内の動揺も晶矢の敵意も何もないような顔で老翁はゆっくりと瞼を伏せた。
「君の持ってきた薄紅の意味を理解しているか、という問いになら
「ならば話は早い。今すぐそこに名のあるものを揃えていただきたく存じます」
棕若の表情が刹那、敵意から困惑へ変貌する。彼の両側に座した左官たちがそれぞれの形で晶矢の要求から目を背けようとしていた。
「今はまだ事実確認を行っている段階だよ。捕縛は出来ない」
「なるほど、左尚書令殿は左官府でも事件が起こってほしい、と仰る」
「そこまでは言っていない。裏付けもなく、官吏を捕縛するのは
「その裏付けとやらを取るのに一体、何刻が必要なのです。
晶矢の声に含まれているのは怒りだ。
晶矢と棕若の会話に追いつけず、事態の把握に努めるだけで精一杯の文輝にもそれだけはわかる。晶矢は左官府が
事態が見えていない文輝ですらそうなのだから、文の中身を知る晶矢のそれは比べるまでもない。彼女は静かに激している。
それらの点と点を文輝は脳裏で何とか結び付けようとした。
会話は文輝を置き去りにして進む。
「右官府に非はない、と君はいいたいのかな?」
「そうは申しておりません。現に何の文を運んでいるかも知らない
それは間違いなく文輝のことだと気付いた。誰から何の用件で薄紅の文を預かってきたのかも知らない。勿論、晶矢のように交渉の決定権を持っていることもない。それどころか
晶矢と文輝の間には目に見えるだけでもそれだけの差がある。
ばつが悪くなり、不意に視線を正面から逸らした。
棕若が気の毒そうに苦笑する。
「本人の前でそれを肯定するのは実に君らしい決断だね」
「事実の指摘にすぎません。右官府にも手落ちはございます。その一点においてのみ一方的にこちらの要求を通すつもりはございません。我々は最大限の『妥協点』を示したつもりでおりましたが、正しく伝わっておられないのなら今一度申しましょう」
晶矢がすっと姿勢を正す。
「『
晶矢が
文輝の変化に気付いたのだろう。途中で棕若が困ったように笑い、掌で晶矢の朗読を止めた。
そして、彼もまた手元の薄紅の文を落ち着いて音読した。
文の中身も知らない哀れな伝に対する憐憫なのは疑う必要すらない。
「『右官府案内所にて左官府の
「不審とわかっておりましたが、十日泳がせておりました。それを手落ちと指摘されれば反論はございません。ですが、裏付けはその間に右官府でも取っております。そうでなければ私がこうして文を運ぶこともございません」
決して折れることのない晶矢の態度に棕若が今一度溜め息を吐く。
ここまで来て、
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