第十話 程晶矢
冬を感じさせる冷たい風が僅かだが異臭を帯びている。
やはり、文輝と暮春は対等ではない。
文輝の一歩先を同じ速度で迷いなく歩く小さな背中を尊敬の念で見る。高く結い上げられた黒髪が艶やかに揺れた。その肩にもまた伝頼鳥が止まっている。尾羽の文様は朱色で八弁の花が一つ。八弁以上の花の文様はすなわち九品であることを示している。あれは城下の
その終点を視界に映した暮春の足がぴたりと止まり、そして小気味のいい音を立てて長靴が回れ右した。
いきおい、文輝は暮春と差し向うことになる。
曇りのない
「
「何だ、暮春」
「これからわたしが言う言葉の中にはお前の信念に反するものもあるだろう。それでも、見届けろ。おまえにはそう出来るだけの強さがあるとわたしは信じている」
そんな風に念を押さなければならないのなら最初から連れてくるものではない。信じているのなら確かめるな。刹那、
文輝には今、
身の上に起こっていることも正確には把握していない。
それでも、文輝は暮春に同道することを選んだ。今から起こる「何か」と差し向うことを選んだのは他ならない文輝自身だということぐらいはわかっている。
だから。
「なら早く連れて行けよ、
文輝はもう腹を括った。
晶矢というのは暮春の本当の呼び名だ。西白国では十五で
だが、名がなければ個を識別することは出来ず、社会生活上の呼び名が生まれた。それを
名を呼ばれた暮春――改め、晶矢は不意に破顔する。愛称の暮春ではなく、
「なんだ、わたしの名前を憶えていたのか」
「お前と違って人脈で生きてるんでな」
「『人、すなわちそれ財なり。
晶矢から送られたのは
晶矢の
そして、彼女は寸分の揺らぎもない声で言う。
「では行くぞ、戴文輝」
ああ、と答えて文輝は瞼を閉じる。なんだ俺の名前を知っていたのか。先刻彼女が口にした言葉と同じ感想が胸中に満ちた。その何とも言えない感情にそっと蓋をして文輝もまた回廊の終着点へと向かう。
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