第七話 左尚書令
それを理解したうえで
文輝は
その実、案内所の官吏は目まぐるしく変わる自部署の正確な位置を常に把握しなければならないうえ、守衛の目を掻い潜って侵入した不審者の識別をも秘密裏に行っていることから、武官はこの任には誇りを持っている。右官の花形である
その工部の案内所が移転したのは半月ほど前のことだ。三部の案内所の移転時には
警邏隊の
遠くの部署への伝達は鳥が飛ぶ。城下の夜間屯所へも鳥が飛ぶ。
文輝の生活は右官府でも陽黎門の南側での移動だけでこと足りた。
それは
文輝もそうして
その目算が狂い始めている。
そのことに幾ばくかの不安を覚えながら、懐に仕舞った薄紅の文の存在を強く意識する。同級に会うのはこの文を棕若に届けてからでも十分に間に合う。そう結論付けて文輝は工部の案内所の前を通り過ぎた。
工部の案内所から左尚書まではすぐで、次の
役所の移転がない左官府らしい自己主張だ。
右官府では絶対に見られない光景に同じ中城でも別世界に来たのだということを嫌というほど実感させられた文輝は溜息を一つ吐いて門をくぐった。
門の内側の受付で棕若と面会の約束をしている、と告げると連絡が回っていたらしく、待つことなく尚書令室に通された。
二階建ての役所の北西に位置するその部屋には西側の窓しかなく、陽はまだ射さない。薄暗い室内の最奥に
「ここでは『初めまして』だね、
「
「返答を急いでいる、と通信士から聞いているよ。文をもらえるかな?」
「
身を起こし、執務机の前に近づいて文輝は懐中から薄紅の文を取り出した。
それを棕若の方へ向けて差し出す。棕若は慣れた手付きで文を受け取って中身を広げ、そして俄かに表情を曇らせる。部屋の入口で直立していた従臣がその変化を察し、徐に近寄ってきた。
そして棕若と小声で二言三言やり取りをして静かに部屋を出て行く。残った棕若は呆然とする文輝に言った。
「小戴殿、しばらく別室で待っていてもらいたいのだが」
「何か問題でもあったのですか?」
その問いに棕若は瞼を伏せ、ゆっくりと首を横に振る。机の上で組まれた両手がそっと解かれた。
「僕の一存では返答が出来そうにない、としか言えない」
今、
文輝には何が起きているのかを知る術すらないが戦務長が託した文の内容が重要だったことだけがはっきりしている。左尚書の諸官を集めなければ返答が出せない、などという事態が
文輝は深く息を吸った。今、文輝に出来ることは一つしかない。
「本日中にはお返事をいただけるのですね?」
「夕刻の鐘までには必ず」
「承知いたしました」
棕若の返答を待つことしか出来ない自分自身を歯がゆく思いながらも文輝はそれを受け入れる。戦務長が通信士を使ってまでも返答を必要としている。待たずに帰るなどという選択肢は端から存在しない。了承の意を伝えると、折よく戻ってきた香薛に控室まで案内された。
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