第四話 水煙草
そして。
「橙色の
一つ目の違和の正体を知った。
文輝の答えに深く頷いた守衛は出来の悪い教え子に説く顔で二つ目の違和の解を求める。
「それで?」
「その高価な鞄に入れるだけの書を買う余裕は綾織の商人にはありません」
そして、その事実もまた一つの結論を雄弁に語る。
布鞄の中身は書ではない。
二つ目の違和の正体も知った。
同時にではあの膨らみの正体が何だったのかを知りたい気がしたが、文輝は結論を焦るような性質ではない。守衛の問いに答えていけば自ずと知れる。
だから、文輝は守衛の言葉を待ちながら、三つめの違和の考察を始めた。
「そうだな」
まだあるだろう。眼差しで問われて文輝は記憶の糸を手繰った。
多分これが最初に得た違和だ。そして文輝がこれから武官の社会を生きていく為にはっきりと認識しなければならない根源的な問題でもある。
「仕立て屋が私とぶつかって、少しよろけるだけ、で留まるのなら私には鍛錬が足りておりません」
文輝は武官だ。朝夕の職務を以外に与えられた自由時間は軍法の自習と
別に何も
相手が本当は無官ではなく、
先ほどの間諜が少しよろけたのが演技だったということを見抜けないほど認識が不足している。それだけではない。国主の間諜を務めるものが広い門の下で誰かと「不注意で」ぶつかるわけがないのだ。文輝は武官のお仕着せを着ている。一見して武官とわかる相手にぶつかってきたのが意図した行為でない筈がない。どういう理由で、何の利があってそうしたのかはわからないが、文輝は間諜に「試された」のだ。そして守衛はそれを即座に理解したから渋い顔をした。
文輝は次の春には中科を終えるが、まだまだ学ばねばならないことがある。
そのことを守衛は暗に示した。それが彼の配慮であることを疑わなければならないほどには幼くはなかったから素直に頭を下げる。
守衛は苦笑して下げた文輝の頭を軽く叩いた。
「
世間は俺ほどに優しいとは限らん。守衛の言葉に文輝は自らの境遇が恵まれていることを改めて知る。戴家は
九品のうち、武家は五つだ。その中に文輝と同じ年に生まれた男子はいないが、女子はおり、初科で一度だけ同じ組になった。彼女も文輝と同じように周囲からは一線を引かれた存在で、多分同じように不条理を感じていただろう。それでも文輝も彼女もお互いに同情をしなかった。
中科三年目の文輝は警邏隊の下働きで
それでも。彼女も九品だ。修科へ進むことはもう決まっているようなもので、あと半年もすれば文輝たちは再び同級になる。それまでにもう一度会って話がしてみたいと不意に思った。
今なら、彼女と意味のある会話が出来る、だなんて無責任なことを思う。その思いをくれたのはあの間諜と守衛だ。
だから。
「
運命の岐路が足音もなく迫っていることを文輝はまだ知らない。
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