狂気

 響が床にばら撒かれたイヴィルキーを回収しているうちに、バアルイヴィルダーはゆらりとまるで幽鬼の如く立ち上がる。

 しかしバアルイヴィルダーの体は命中した弾丸により、いくつかの弾痕からは少量の血が流れ出していた。体から流れ出す血を止血するために、バアルイヴィルダーは全身に力を込めると、弾丸は体から排出されてすぐさま血は止血される。

 だが血が流れ出した挙げ句に無理矢理止血したために、バアルイヴィルダーの呼吸は乱れており、響との戦闘が開始した時と比べるとひどい有様であった。

 呼吸を整えたバアルイヴィルダーは両手を構えると、ゆっくりとだが前に進んでいき響との間合いを詰めていく。響は右手に剣キマリススラッシャーを生成すると、目の高さに構えて少しずつ前に進んでいく。

 二人は徐々に前に進んでいき、一歩前に進めば接敵するほど距離を詰めると、その動きを止めるのだった。互いに相手の動きを見て様子をうかがう二人であったが、響が先に動き出した。


「はぁ!」


 走り出した響はキマリススラッシャーを振り上げると、バアルイヴィルダーに向けて振り下ろす。しかしバアルイヴィルダーは軽く横に動くことで、振り下ろされた斬撃を回避する。

 そして響の攻撃の隙を突くようにバアルイヴィルダーは、鋭いストレートを響の腹に叩き込んだ。鈍い音が響くと共に、響の体はわずかにくの字に折れ曲がる。

 だが響は腹部の痛みに耐えながらも、キマリススラッシャーを横に振りかぶる。それを見たバアルイヴィルダーは後ろに下がることで、攻撃を余裕で回避するのだった。


「なんのぉ!」


 響はキマリススラッシャーを杖のように使い体勢を立て直すと、デモンギュルテルに装填されているイヴィルキーの円形ユニットを二回回転させる。


〈Kimaris!〉


〈Leraie!〉


〈Leraie! Unique Arts!〉


 イヴィルキーがレライエの名前を読み上げると同時に、響はイヴィルキーをデモンギュルテルに押し込む。すると響の背後に巨大な二つのガトリング砲が生成される。そして二つのガトリング砲は回転すると、まるで獣の唸り声のような銃撃音を轟かせつつも、バアルイヴィルダーに目掛けて銃弾を乱射するのだった。


「何!?」


 レライエの能力を使えた響を見て驚くバアルイヴィルダー、だが彼に驚いてる暇はなく。まるで嵐のように乱射された弾丸を、回避するために体を動かすのだった。

 弾丸から逃げるように走っていくバアルイヴィルダーだが、鋼鉄の嵐はバアルイヴィルダーを追うように斉射される。弾丸が命中した床は砕けていき、視界を遮るように粉塵が舞い散っていく。

 そして遂に弾丸の雨はバアルイヴィルダーを捉え、秒間千二百発もの弾丸がバアルイヴィルダーの体に吸い込まれていく。数秒後ガトリング砲は回転を止め、銃撃音もそれとともに止むのだった。


「どうなった……?」


 銃弾の嵐が止み粉塵も晴れていき、響の視界はクリアになっていく。粉塵が晴れてバアルイヴィルダーが先程までいた場所には、全身からおびただしい量の血を流し、体のあらゆるところが皮がめくれ体の内部を露出させたバアルイヴィルダーが倒れていた。周囲には銃弾が命中した衝撃でばら撒かれたイヴィルキーが散乱していて、十五個のイヴィルキーが落ちていた。


「う……」


 グロテクスに耐性があるさしもの響でも、その光景はキツイものだったのか胃液が僅かであるが逆流し、気持ち悪そうな声を上げながらも油断せずに、キマリススラッシャーを構える。

 そして響が一歩、バアルイヴィルダーに向けて前に進むと、バアルイヴィルダーの指がピクリと小さく動き出す。それを見た響の体に緊張が走り、キマリススラッシャーを持つ手に力が入っていく。


「う……が……ま、まだだ……私の……理想は! こんなところでぇ!」


 全身の力を振り絞ったバアルイヴィルダーは、両手から血がにじみ出るほどに手を握りしめると、顔を弱々しく上げていく。その表情は響からでは見えなかったが、まるでバアルイヴィルダーが血涙を流しているように見えた。


「私の理想は砕けはしないのだぁ!」


 無理矢理立ち上がったバアルイヴィルダーは声を振り絞るように叫ぶ、すると全身の傷口が徐々に塞がっていく。しかし完全に塞がらず八割方塞がって、傷口の修復は収まる。だが傷口からまるで傷を埋めるように蜘蛛の足が、至る所から生えてくるのだった。

 全身から蜘蛛の足を生やした異形となったバアルイヴィルダーは、バランスが崩れたためにフラフラと立ちくらみを起こす。しかしすぐに体勢を立て直すと、蜘蛛の足を響に向けて伸ばすのだった。

 襲いかかる十を超える蜘蛛の足をキマリススラッシャーで迎撃していく響。しかしキマリススラッシャーだけでは迎撃するには足りなかったのか、アスモデウスイヴィルダーの時に使っていた大剣を生成すると、右手に大剣を順手で持ち、キマリススラッシャーを逆手で持つことで、二刀流となることで蜘蛛の足を防いでいく。

 常人の体をいとも容易く貫くことができる程の速度で襲いかかる、バアルイヴィルダーの蜘蛛の足を、響は何とか防御していく。最初はいくつか取りこぼしてしまい、手足を傷つけられてしまったが、徐々に慣れていき響は二刀流を巧みに扱いバアルイヴィルダーの攻撃を防いでいく。


「やられっぱなしは性に合わないんだよ!」


 響は蜘蛛の足を防ぎながらも一歩一歩前に進んでいく。そして遂には蜘蛛の足の一本を、縦一文字に切断することに成功する。


「痛いいいいぃぃぃ!」


 蜘蛛の足には神経が繋がっていたのか、バアルイヴィルダーは足が伸びている傷口を抑えると、絶叫するのだった。しかしバアルイヴィルダーの意思とは関係なく、蜘蛛の足は響に向かって襲いかかっていく。

 一気にバアルイヴィルダーに近づこうとする響を狙って襲いかかってくる蜘蛛の足を、響はキマリススラッシャーと大剣で捌いていく。そして先の一本に追加して更に蜘蛛の足の鋭い先端を三本切断することに成功する。


「でりゃあああぁぁぁ!」


 蜘蛛の足の間をすり抜けて前に進んだ響は、一気にバアルイヴィルダーとの距離を詰めていく。そしてバアルイヴィルダーに対してキマリススラッシャーを振り上げた響は、上から下へ振り下ろすのだった。

 しかしバアルイヴィルダーは両手で防御すると、キマリススラッシャーによる斬撃を防いだ。さらには蜘蛛の足を操り、響の背後から攻撃を仕掛けていく。


「っく……往生際の悪い……」


 前後左右から襲いかかってくる蜘蛛の足と、バアルイヴィルダーの攻撃を響は必死になりながらも捌いていく。時にキマリススラッシャーと大剣で刺殺しようとする蜘蛛の足を叩き落とし、時にバアルイヴィルダーの拳を足で防ぐのだった。

 しかたなく響はバアルイヴィルダーから距離をとる、しかし蜘蛛の足達は響を追うように伸びていくのだった。回避したために空を切った蜘蛛の足は、床に突き刺ささる。それを響は一瞥して、回避できなかった時の自分と重ね合わせた。

 しかしすぐに持ち直した響はバアルイヴィルダーに視線を向けると、蜘蛛の足の隙間からバアルイヴィルダーの姿を見つけるのだった。それに気づいた響は勢いよくキマリススラッシャーを投擲した。


「うおりゃあああぁぁぁ!」


 風が切る音とともにキマリススラッシャーは宙を舞い、バアルイヴィルダーに向かって飛んでいく。バアルイヴィルダーは響の咄嗟の行動に反応できなかったのか、命中寸前で回避しようとする。だが先にキマリススラッシャーがバアルイヴィルダーの体を貫くのだった。

 痛みに耐えながらもキマリススラッシャーを抜こうとするバアルイヴィルダー。しかし深々と体に突き刺さったキマリススラッシャーは、簡単には抜けなかった。

 キマリススラッシャーが突き刺さったことによる痛みで、蜘蛛の足達は統率が取れなくなる。その隙を突くように響は前に走り出すと、勢いを乗せてジャンプをする。そしてバアルイヴィルダーに突き刺さったキマリススラッシャーに向けて飛び蹴りを放つのだった。

響の蹴りを受けてキマリススラッシャーは、バアルイヴィルダーの体に深々と突き刺さる。蹴られた勢いでキマリススラッシャーはそのままバアルイヴィルダーの体を貫通していき、刃先が背中から飛び出るのだった。それと同時にキマリススラッシャーに押し出されたのか、一つのイヴィルキーが排出された。

――バアルイヴィルダーが所持するイヴィルキー、残り十三

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