契約

 大剣を肩に担いだ響は、そのまま倒れているバアルイヴィルダーに向かって走り出し、そしてバアルイヴィルダーを狙って大剣を振り下ろした。

 しかしバアルイヴィルダーは足のバネだけで跳躍すると、大剣の一撃を咄嗟に回避する。続けて響はバアルイヴィルダーの着地地点を予想して移動すると、左薙ぎを叩き込もうとする。だがバアルイヴィルダーは空中で姿勢を変えることで、着地のタイミングをずらして攻撃を回避した。


「はぁ!」


 着地したバアルイヴィルダーを追撃するために、響は大剣を手放すと横蹴りを仕掛けようとする。しかしすぐさまバアルイヴィルダーは両腕をクロスさせると、響の攻撃を防御する。

 残りのイヴィルキーを奪い返すことが目的の響と、時間を稼げば自ずと目的が達成されるバアルイヴィルダー。時間をかければ勝利条件が満たされる事を考えたバアルイヴィルダーは、時間稼ぎのために口を開き始める。


「私の目的を不思議と思わなかったのか?」


「はぁ?」


 バアルイヴィルダーの言葉を聞いた響は、首を傾げながらも、すぐさま追撃するように殴りかかる。しかしその一撃は、バアルイヴィルダーの腕によって捌かれてしまう。


「私の目的はね、物質界、アストラル界、深淵界アビスの三界が融合し、新たな世界の創造が目的だ。だがその目的を迅速に終えるには七十二のイヴィルキーが必要となる。イヴィルキーを返してくれないか?」


 バアルイヴィルダーは優しげに手を差し伸ばすが、響はその手を払い除けた。そのまま返す形で殴りかかるが、バアルイヴィルダーは響の拳を受け止める。


「なぜ拒絶するのかね? こんな醜い世界など一度滅ぼしてしまえばいいのに」


「悪いけどそんな大それたことに付き合うほど暇じゃないんだよ。俺はみんなとの日常が好きで、時にドキドキがあるこの日常を愛しているんだ!」


 響は掴まれた手を無理矢理力づくで振り払うと、そのままバアルイヴィルダーの腹部に向けて横蹴りを叩き込む。蹴りを受けたバアルイヴィルダーは一歩後ろに下がるが、すぐさま響に殴りかかってくる。顔面を狙って襲いかかる一撃を、響は受け流すとそのまま掴んでひねり上げた。

 ひねり上げた腕を響は手繰り寄せると、小さくジャンプして飛び蹴りを放つ。しかしバアルイヴィルダーは空いた手で、飛び蹴りを防御して攻撃を防いだ。


「はぁ!」


 後ろに下がったバアルイヴィルダーは、響の横を通り抜けると地面に落ちている大剣を拾いあげる。そして響に向かって勢いよく斬りかかった。

 地面に座り込んでいる響は転がって大剣を回避すると、すぐに立ち上がり殴りかかる。しかしバアルイヴィルダーは咄嗟に大剣の腹で響の拳を防ぐのだった。


「返せ!」


 自分の大剣を奪われ、かついいように使われているのを見て、響は叫びつつもバアルイヴィルダーに飛びかかる。響とバアルイヴィルダーは大剣を取り合うと、そのまま引っ張り合い始める。

 そのまま二人は大剣をつかみ合いしながら走り出していく。そしてそのまま勢いよく壁にぶつかる二人であった。襲いかかる衝撃に、一瞬目を閉じてしまう響であったが、大剣を掴む感触が軽くなったことに気づくと無意識に自分に手繰り寄せた。


「せいやぁぁぁ!」


 自らの元に帰ってきた大剣を持ち直した響は、すかさずバアルイヴィルダーに向けて大剣を振り下ろす。バアルイヴィルダーは振り下ろされた大剣を回避することはできず、なすすべもなく胴体を斬られてしまう。

 そのまま続けて響は大剣を下から上に切り上げて、バアルイヴィルダーに攻撃を行なう。息もつかぬ連続攻撃に、バアルイヴィルダーは続けて斬られ、そのまま空中に吹き飛ばされる。

 しかし吹き飛ばされたバアルイヴィルダーは、そのまま縛られた椿の元に転がっていく。それを見た響はしまった、と己の失策を無言で叱咤するのだった。

 立ち上がったバアルイヴィルダーは椅子に縛り付けられた椿の首に手を掛けると、空いた片手で響を静止するようにジェスチャーする。


「動くな! 動けばこの子の命は無い!」


「っ……」


 椿の命を人質に取られた響は、歯ぎしりしながらも動きを止めてしまう。それを見たバアルイヴィルダーは、一息つくと楽しそうに笑い出す。


「ふん、世界よりこんな子供が大事か? ならそのまま死んでいけ!」


 そう言うとバアルイヴィルダーは、腰のデモンギュルテルに装填させたイヴィルキーを素早い動きで一度押し込んだ。


〈Unique Arts!〉


 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと、バアルイヴィルダーの腕から人一人を簡単に飲み込む程の雷撃が放たれる。

 椿が人質に取られている以上、響は雷撃を前にしても動くことはなく雷撃に飲み込まれた。肉が焼けるほどの異臭が周囲に撒き散らされて、遠くにいる椿の鼻にも届いてしまう。


「があああぁぁぁ!」


「先輩!」


 雷撃を無防備にくらった響は悲痛な叫び声を上げながら、雷撃の衝撃を受けて空中に吹き飛んでいく。そして大型の円形のユニットが付いたイヴィルキーが置かれた机に、そのまま頭から突っ込んでしまう。

 机は響が上に乗っかったことでひしゃげた音と共に歪んでしまう。痛みに耐えながらも響は立ち上がろうとするが、その時手に何か手に収まるような感触がした。

 咄嗟に響が視線を向けると、そこには普通のイヴィルキーと比べて大きなユニットが装着されたイヴィルキーが、手の中にあった。


「なんだこりゃ?」


『……響ちょと調べて見るから、時間を稼いで』


『何秒必要だ?』


『三十秒あれば十分さ!』


 キマリスの言葉を聞いた響はイヴィルキーを掴む力を増やすと、立ち上がりバアルイヴィルダーを睨みつける。それを見たバアルイヴィルダーは焦った様子で椿から離れて走り出した。


「それに触るな! 汚い手を離せ!」


 先程までの余裕そうな表情から一転して、バアルイヴィルダーは響に向かって殴りかかる。しかし先程の攻撃と比べても、焦りがにじみ出ていた。

 響は少し体を動かすだけで攻撃を紙一重で回避する。続けてバアルイヴィルダーは連続で拳で攻撃するが、響は最小限の動きで攻撃を回避していく。

 キマリスに三十秒を稼ぐと約束した響は、攻撃を一切せずに時間を稼いでいく、そして約束の三十秒が過ぎた。


『響、これがなにか分かった!』


『何なんだコレ?』


『すっごく要約すると新造されたイヴィルキー。ただし七体同時に融合するんだ』


 キマリスの言葉を聞いた響は、内心冷や汗をかいてしまう。本来一体でも恐ろしい力を発揮するイヴィルキーを、七体同時に使えばどうなるだろうと、恐ろしさを感じる響だった。


『でだ、コレを使うには新しく契約する必要がある。悪魔と契約する覚悟はいい?』


『とっくにできてるよ』


『なら契約だ、君の死後に君の魂を頂こう』


『キマリスが魂なら私は両目を頂こう』


 キマリスの言葉に遠慮なくうなずく響。そして契約の代償を求めるキマリスとレライエであった。キマリス達の言葉に一瞬躊躇してしまった響だが、そんなことはお構いなしにハルファスとマルファスも代償を求めだす。


『私達は両腕を貰いましょう』


『いいよねマスター?』


 遠慮もない魔神達の要求に冷や汗をかく響であったが、さらにフラウロスとウェパルも己の対価を求める。


『ウゥゥゥ!』


『フラウロスは心臓だそうだ、私か? 私は肺を頂こう』


 フラウロスとウェパルの要求を聞いた響は、アスモデウスが出てこないことに疑問を浮かべる。すると最後にアスモデウスが要求を述べた。


『では私は残ったの全てを頂くとしよう。AreYouReady?』


『死後でもなんでもくれてやる。だから……力を貸せお前ら!』


 アスモデウスの問いかけに決心した響は、イヴィルキーの円形ユニットを勢いよく回転させる。それと同時にイヴィルキーは命を吹き込まれたかのように光り輝く。


〈SevenDemons!〉


「憑着!」


〈OverCorruption!〉


 大型の円形のユニットが付いたイヴィルキー――セブンデモンイヴィルキーを響はデモンギュルテルに装填するのだった。

 ――バアルイヴィルダーが所持するイヴィルキー、残り四十一

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る