決意

 意識が目覚めた響が、目を開けるとそこは見慣れた天井であった。咄嗟に起き上がろうとする響であったが、体を動かすと全身に痛みが襲いかかる。


「っつ痛ぇ」


 もう一度背中を預けるように横になった響は、自分の体を確認する。よく見ると全身包帯と傷パットまみれで、どれだけ重傷を負ったのかがよく分かる。また響の体からは消毒液の臭いが僅かながら漂っていた。

 痛みに耐えきれなかった響の声を聞いて、遠くから足音が聞こえてきて誰かが近づいてくるのがわかる。そして響の顔を覗き込んだのは、外着に着替えた琴乃であった。


「兄貴! 何起き上がろうとしてるの! 全身怪我だらけなのに」


「琴乃!? ってことはやっぱり家か?」


「そうよ、川に倒れていた兄貴を見つけたから、急いで連れ帰ったんだから!」


 琴乃は心配してなさそうな口ぶりであったが、本心では心配していた。それだけではなく倒れている響を見つけた時には、驚きで心臓が止まるほどの衝撃を受けたのだった。

 そんなことはおくびにも出さずに琴乃は、水の入ったコップと痛み止め、そして濡れた響のスマートフォンを響の前に置く。


「ほら痛むならこれ飲んだら? 後兄貴の服から出てきたこれも一応渡しておくから、使えるかわからないけど……」


 そう言うと琴乃は響に背中を向けると、そのまま部屋を後にする。部屋に残された響は、痛み止めを服用し水を一気に飲み込んで、薬を流し込むのだった。

 その直後、響のスマートフォンがメールを受信して振動する。突如響いた振動音に一瞬驚く響であったが、急いでスマートフォンを手に取る。スマートフォンのカバーはずぶ濡れであるが、スマートフォン自体は防水加工のされたものであったおかげか、本体は無事であった。

 スマートフォンが動くことに安心した響は、買い換えないで済むことに安堵するのであったが、先程受信したメールの中身を確認して、表情を一変させるのだった。

 受信したメールには七十一個の並べられたイヴィルキーと、意識のない椿の姿が写っている写真が添付されていた。そして本文には、キマリスのイヴィルキーを持って上之宮体育館まで来いと書かれていた。


「これは……」


 差出人は響の知らないアドレスであったが、イヴィルキーの写真を持っている人間が、このようなイタズラをするとは考えづらいと判断した響は、懐にある自分に残されたキマリスのイヴィルキーに触れると、決断したように立ち上がるのだった。

 響が立ち上がった音を聞いた琴乃は、焦ったような顔をしながら走って来て部屋に戻ってくる。


「兄貴、なに立とうとしてるの!?」


「悪い琴乃、行かなきゃいけないことがあるんだ……」


「それって兄貴がそんな体でもやらないといけないこと!?」


「ああ、やらなきゃ駄目だ……それに約束もあるしな」


 琴乃はこれ以上兄が傷つく姿を見たくないがために、抱きついて響の歩みを止めようとする。響からは見えないが、琴乃の目からは涙がいっぱい溢れ出おり、顔は悲しみでくしゃくしゃになっていた。

 琴乃の優しさを感じた響は琴乃の頭を優しく撫でるが、すぐに琴乃を体から引き剥がして家を出ようとする。


「兄貴、絶対無事で帰ってきてね! 帰ってきたらラーメンでも牛丼でも奢るから!」


「もちろん、でも、玉子とみそ汁もつけてくれよな」


 兄を止めることができないと、僅かながら感じ取った琴乃は、掴んでいた響の服を開放する。ゆっくりと歩いて家を出ようとする響は、一回だけ振り向くと、笑顔でサムズアップするのだった。

 琴乃はそんな兄の姿を、無言で見送ることしかできなかった。




 先程まで意識を失っていた椿は、ふと目を覚ました。そしてすぐに体が自由に動かないことに気づき、自分の体を見ると、両手両足が縄で縛られていて、椅子に座らされている状態であると理解する。

 周囲を見れば椿にとって見覚えのある室内であった。そしてここが上之宮体育館であることをすぐに理解する。椿は脱出路を探そうとするが、扉や窓は締め切られていて、僅かな照明が空間を照らしていた。


「おや……ようやく目が覚めたかね?」


 椿は声の聞こえた方向に視線を向けると、そこには椅子に座ってイヴィルキーのようなものをいじくるクスィパス・メンダークスの姿と、彼の足元にはトランクがあった。クスィパス・メンダークスは目を覚ました椿を見ると、サディスティクな笑みを浮かべ椿のもとへと歩いていく。


(あれは先輩が持っているものとは違うものが二つも……)


 椿はクスィパス・メンダークス本人に視線を向けず、彼が持つイヴィルキーと机に置かれたイヴィルキーを注目していた。彼が持つイヴィルキーのは持ち手の部分が大きいイヴィルキーで、机に置かれたイヴィルキーは大型の円形のユニットが付いていた。

 椿が二つのイヴィルキーに注目していることに気づいたクスィパス・メンダークスは、椿の視線を遮るように立ちふさがると、ニヤリと顔を覗き込む。


「おや、何か気になるかね?」


 意地の悪そうな顔のクスィパス・メンダークスの表情を見ても椿は、強気な表情で睨み返すのだった。


「おや強気なお嬢さんだ、助けが来ると信じてるのかね?」


「もちろんです。先輩は助けに来てくれます!」


 椿の迷いのない言葉を聞いたクスィパス・メンダークスは、くだらないと吐き捨てて見下げたように笑い、イヴィルキーを椿に近づける。


「たとえ誰かも愚かと言われようとも……先輩は約束してくれたんです。助けに来てくれるって」


「ふん、彼が来る確証もないのに愚かな少女だ……まあいい新世界の幕開けを見せてやる」


「新世界? 何を言っているんですか」


 椿はクスィパス・メンダークスの言動と様子に頭を傾げてしまう。彼の様子はまるで狂気に飲まれた科学者のような様子であった。

 クスィパス・メンダークスはトランクを開けると、そこには七十のイヴィルキーが収納されていた。そして彼の腰にデモンギュルテルが生成される。


〈Demon Gurtel!〉


 デモンギュルテルを装着したクスィパス・メンダークスは、バアルのイヴィルキーを懐から取り出すと、イヴィルキーを起動させデモンギュルテルに装填する。


〈Baal!〉


「憑着」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルにイヴィルキーが装填されると同時に、デモンギュルテルから起動音が鳴り響き、中央部が観音開きとなる。

 それと同時に体育館の天井を破壊して、一筋の雷がクスィパス・メンダークスに目掛けて落ちる。そしてその後に立っていたのは、全身は蜘蛛の意匠を持ちながらも右肩に猫、左肩に蛙そして頭には王冠をかぶり杖を携えた蜘蛛の異形、バアルイヴィルダーへと変身する。

 

「さあ、我の元に来たれ魔神たちよ!」


 そうバアルイヴィルダーが叫ぶと、トランクに収納されていたイヴィルキーが一つ一つ起動していき。そして七十全てが起動すると、バアルイヴィルダーの周囲に飛翔していく。

 バアルイヴィルダーを中心として、七十のイヴィルキーが回転する様子はまるでサバトのようであった。それを見ていた椿は驚愕で何も言うことが出来なかった。

 七十のイヴィルキーは突如としてバアルイヴィルダーに向かって飛翔すると、一つ一つがバアルイヴィルダーの体内へと取り込まれていく。そしてバアルイヴィルダーは全身を黒いオーラに包まれていく。


「消失せよ、三界の境界よ!」


 そうバアルイヴィルダーが叫ぶと、穴の空いた体育館の天井から二つの地球に似た天球が見え始める。そしてアストラル界と深淵界アビスはゆっくりとだが、徐々にこちら側物質界に近づくのだった。


「物質界もアストラル界も深淵界アビスも融合して一つの世界となってしまえ!」


 バアルイヴィルダーがそう言った瞬間、やや錆びたような金属音と共に体育館の扉が開き、日光が体育館内に差し込んでくる。

 椿とバアルイヴィルダーは扉が開いた方向に視線を向けるが、逆光で体育館に入ってきた人物の姿が直視することはできなかった。

 入ってきた人物はゆっくりと体育館の中に入ってくると、二人の元に歩いてくる。すると逆光が和らいでいき顔が見えてくる。

 椿は人物の顔を見ると嬉しそうな表情を見せ、バアルイヴィルダーは驚いたような顔をする。


「先輩……」


「バカな、到底動ける傷ではないはず……」


 響は無言でゆっくりと歩いて椿のところに行こうとするが、足元はふらついていて真っ直ぐ歩くことは出来なかった。それでも響は諦めずに前に進んでいく。

 響が歩いていくうちに、腕や頭に巻かれた包帯がほどけていき、響の体からふわりと飛んでいく。包帯の下はすでに止血していても、痛々しい傷が見え隠れしていた。

 それでも響は気にせずに歩みを進めていく。そしてバアルイヴィルダーに殴りかかれる距離まで近づくと、デモンギュルテルを腰に生成する。


〈Demon Gurtel!〉


 響の腰にデモンギュルテルが生成するされると同時に、響は懐からキマリスのイヴィルキーを取り出すと起動させる。


〈Kimaris!〉


「憑着……」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルから起動音と共に中央部が観音開きとなり、そこから騎士の姿をしたケンタウルスが現れる。

 そしてケンタウロスはバラバラにパーツへと分解されると、そのまま響の体に装着されていく。

 両腕、両足、肩、胴体、頭部、各パーツが装着されて、響はキマリスイヴィルダーへと変身するのであった。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 響は息を切らしながらも両手を軽く上げると構えを取り、バアルイヴィルダーを見据えるのだった。


「ふん、ボロボロじゃあないか」


 息も絶え絶えな響の様子を見て、バアルイヴィルダーは落ち着きを取り戻すと響に殴りかかる。しかしその一撃は響の手によって受け止められた。


「椿君を返してもらうぞ……」


 弱々しく小さな声であるが、力を込めた一言をつぶやいた響は、バアルイヴィルダーの腹部をまっすぐ蹴るのだった。

 蹴られた衝撃で後ろに下がってしまうバアルイヴィルダーであったが、すぐに立ち止まり響を見据える。


「どんな状態であろうと関係ない! 最後のイヴィルキーを頂き、私が全てを統べる王となるのだ!」


 響とバアルイヴィルダーは走り出し、両者共に殴りかかる。その攻撃は命中して二人は後ろに吹き飛んでいく。

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