驚愕
桜木千恵のセーフハウスに達也、結奈、千恵が机の前で深刻そうな表情で集まっていた。理由は彼らのスマートフォンに送信されたメールである。それには椅子に座った椿が、両手両足を縄で拘束されて、目隠しと猿轡されていた画像と、響が所持しているレライエ、ハルファス・マルファス、フラウロス、ウェパル、アスモデウスのイヴィルキーが写った画像が送られてきたのだった。
無論千恵はすぐさまメールを送ってきたアドレスについて、警察へ調査の依頼を出したが、アドレスは捨てアカウントによって作られた物のため詳細を掴む事はできなかった。
そしてメールにはイヴィルキーを交換するための場所と時間、最後に諸君らの持つイヴィルキーとの交換で少女を開放すると、書かれていた。
「どうするんですか……桜木先生」
沈黙を破るように達也がいの一番に口を開く。無論達也もイヴィルキーの危険性を熟知している以上、イヴィルキーを簡単に渡す気は無かった。しかし人命がかかっている以上、どちらを選ぶか迷っていた。
「加藤くんとの連絡がつかない以上、画像のイヴィルキーは本物と判断しているわ。仕方ないけどイヴィルキーは……」
「じゃあ人の命はどうでもいいんですか!」
千恵の言葉を聞いた達也は、怒り狂った様子で反論する。だが叫んでいる達也も、響が敗れたことを認めたくなかったのだ。
「じゃあ私達が集めたイヴィルキーを全て渡すのかしら? イヴィルキーの存在を知っている以上、相手もイヴィルキーを持っている可能性も否定できないし、悪用されるかもしれない」
「私はイヴィルダーに変身できても、あまり戦えないので意見は言いません……」
千恵の正当な意見に達也は黙ってしまう。それを聞いた結奈は、弱いことを理由に意見を出さないことを意思表示した。
結奈の意思表示を聞いた達也は、一息つくと自分が所持しているアンドロマリウスのイヴィルキーを取り出す。
「桜木先生、俺がイヴィルキーの交換に出ます。そして相手を倒して下屋を助けます……たとえ響を倒した奴が相手でも……」
達也は強敵への恐怖心に飲み込まれながらも、自分ができる責任として戦うことを選択するのだった。
握りこぶしを震わせている達也の様子を見て、千恵は根負けしたのか、部屋に置いてあったアンドロマリウス、ダンタリオン以外の収集したイヴィルキーが入ったトランクを机に置く。
「立花くん、これを君に預けるわ。もちろん君が受け取る自信がないのなら、返してくれても構わない」
「桜木先生……受け取ります。それで下屋も助けてみせます!」
達也は机の上に置かれたトランクをへ手を伸ばそうとするが、一瞬躊躇してしまう。しかし体にのしかかる責任を振り絞りトランクを受け取るのだった。
「立花さん、私からはこれを……私にできるのはこれぐらいですから」
千恵は懐から取り出したダンタリオンのイヴィルキーを、トランクの上に優しく置く。これが二人からの信頼の証であること認めた達也は、ダンタリオンのイヴィルキーをトランクに戻して。立ち上がるのだった。
「絶対に無事に帰って来てくださいね……」
「もちろん響の敵も、下屋も、全部やってみせる」
そう言うと達也はトランクを片手に、部屋を後にするのだった。達也をサポートするために千恵も後を追おうとするが、その直前に結奈が無言で頭を下げた。
「立花くんのこと任せて」
結奈の表情を見て千恵は、不安を吹き飛ばすようにサムズアップを見せるのだった。それを見て結奈も笑顔でサムズアップを返した。
魔術学院が用意した車に乗り込んだ達也と千恵は、指定された交換場所に向かっていた。指定された時間までは余裕があるとはいえ、達也と千恵のこめかみからは緊張で、一筋の汗が落ちていった。
「ここが指定された場所ですか……」
「ええ、人の気配は無いわね、でも気をつけてどんな罠があるか分からないもの」
二人は指定された場所である倉庫前にたどり着く、しかし人気は無く人質となった椿の気配も無かった。
達也と千恵は倉庫の扉を2人がかりで開けようとすると、錆びついたような金属音とともに倉庫の扉が開いていく。
倉庫の中を軽く覗くと、使われていない倉庫なのか埃や塵が蔓延していた。
「ゴホゴホ……埃がすごいな」
「こんな所を交換場所に指定する奴なんて、お里が知れてるわね」
倉庫から出てきた埃に喉をやられて、二人は咄嗟に咳き込んでしまう。こんな事ならマスクでも持ってくればよかったな、っと達也は思ってしまった。
そのまま倉庫の中に入る二人であったが、中の照明はついていないのか倉庫の中は真っ暗であった。照明を探して壁伝いに歩く達也と千恵であったが、彼らが照明をつけるよりも早く、倉庫内の照明が全てつく。
「ぅ!?」
いきなり照明がついたことに驚く達也と千恵は、咄嗟に腕で顔を隠してしまう。すると倉庫の真ん中に金髪の美丈夫、クスィパス・メンダークスが立っていた。
「メンダークスさん!?」
「メンダークス君!?」
交換場所にいたクスィパス・メンダークスの姿を見て、達也と千恵は驚いてしまう。そんな二人の様子を見たクスィパス・メンダークスは、嘲笑するような笑みを浮かべた。
「驚いてくれると私も嬉しいよ、代わりに君たちが持ってきたイヴィルキーを渡してもらおうか!」
〈Demon Gurtel!〉
クスィパス・メンダークス発言と腰に生成されたデモンギュルテルを見た達也は、急いで懐からイヴィルキーを取り出す。しかしそれよりも先にメンダークスがバアルのイヴィルキーを取り出して、起動させるのだった。
〈Baal!〉
「憑着」
〈Corruption!〉
バアルのイヴィルキーを起動させると、デモンギュルテルに装填するクスィパス・メンダークス。
デモンギュルテルにイヴィルキーが装填されると同時に、デモンギュルテルから起動音が鳴り響き、中央部が観音開きとなる。
それと同時にクスィパス・メンダークスの頭上に暗雲が立ち込み、一筋の雷がクスィパス・メンダークスに目掛けて落ちる。そしてその後に立っていたのは、全身は蜘蛛の意匠を持ちながらも右肩に猫、左肩に蛙そして頭には王冠をかぶり杖を携えた蜘蛛の異形、バアルイヴィルダーへと変身するのであった。
アンドロマリウスのイヴィルキーを取り出した達也であったが、起動させるよりも先にバアルイヴィルダーが腹を蹴りつけるのだった。
「っぐ……」
蹴られた衝撃でイヴィルキーの入ったトランクを手放してしまい、そのまま倉庫の床を転がる達也。バアルイヴィルダーは床に転がったトランクを手にするのだった。
「これで残り二つ……」
トランクの中に入ったイヴィルキーを確認したバアルイヴィルダーは、そうポツリと呟く。それを聞いた千恵はクスィパス・メンダークスがばら撒かれたイヴィルキーのほとんどを手にしていることに気づく。
「メンダークス君! 貴方いくつイヴィルキーを集めて……」
「最初からですよ、桜木さん。イヴィルキーがばら撒かれたあの日から、私の手の者に集めさせてましたがようやく全てが手に入る」
バアルイヴィルダーはトランクを床に置くと、アンドロマリウスのイヴィルキーを持っている達也に近づいていく。千恵は自分が近くに居れば達也は全力で戦えないと判断して、後ろに距離をとって離れていくのだった。
すぐに立ち上がった達也の腰にデモンギュルテルが生成されると、達也は後ろに下がってバアルイヴィルダーとの距離を取る。
〈Demon Gurtel!〉
そして達也はアンドロマリウスのイヴィルキーを起動させると、イヴィルキーをデモンギュルテルに装填するのだった。
〈Andromalius!〉
「憑着!」
〈Corruption!〉
デモンギュルテルにイヴィルキーが装填されると同時に、デモンギュルテルから起動音が鳴り響き、中央部が観音開きとなる。
するとデモンギュルテルの中央部から紫の蛇が生み出され、バアルイヴィルダーを牽制しながらも噛みつこうとする。しかしバアルイヴィルダーに上下の口を掴まれると、そのまま足を軸にして蛇は振り回され達也の背後の壁に叩きつけられる。
「ぐぅ……」
蛇が壁に叩きつけられた衝撃で、達也は顔を防御するが舞い散る粉塵は凄まじく、バアルイヴィルダーの姿を隠してしまう。
起き上がった蛇が達也の目の前に飛びかかると、そこには粉塵に隠れて達也に攻撃をしようとするバアルイヴィルダーの姿があった。
「来い!」
達也の言葉を聞いた蛇はバアルイヴィルダーから距離を取ると、そのまま達也の元に地面を滑って行く。
そして蛇と同化した達也の姿は蛇の意匠をもつ異形、アンドロマリウスイヴィルダーへと変身するのだった。
「響に何をした!」
「その身で味わうが良い!」
二人のイヴィルダーは走り出し、共に拳を前に出してぶつかり合うのだった。
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