敗北

 走り出したバアルイヴィルダーは、響との距離を詰めると杖を振り回し攻撃を仕掛ける。それを見た響は椿を後ろに下がらせて、攻撃を紙一重で回避する。

 椿を戦闘の余波に巻き込まれない位置に移動したことを確認した響は、ジャンプをしてバアルイヴィルダーの頭上を飛び越えようとする。


「その動きは読めている!」


「ぐぅ!」


 だがバアルイヴィルダーが杖を上に突き出すと、響のみぞおちに命中する。腹部に強烈な一撃をくらった響は、着地もできずそのまま地面に転がってしまう。

 地面に倒れ込んだ響は腹を抑えて痛みをこらえながらも、自分の動きが読まれたことに驚きを隠せないでいた。


「動きが読まれた……?」


「ずっと君の戦いは見ていたんだ、特徴的な動きなら読むのは簡単だよ」


「っ巫山戯るな!」


〈Demon Gurtel!〉


 痛みに苦しみながらも響はデモンギュルテルを腰に生成する。そして懐からアスモデウスのイヴィルキーを取り出すと、イヴィルキーを起動させてデモンギュルテルに装填する。


〈Asmodeus!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


 起動音とともにデモンギュルテルの中央部が観音開きとなり、そこから竜の姿を象った黒色のオーラが現れる。

 竜のオーラは響の周囲を飛行しつつバアルイヴィルダーを牽制する、そして響に向かって一直線に突っ込んでいく。

 そして響と竜のオーラが一つになると、背中に大剣を背負った全身が黒に染まった竜の意匠を持つ異形、アスモデウスイヴィルダーに変身した響が立っていた。

 響とバアルイヴィルダー二人の異形の姿を見た人々は悲鳴を上げて逃げ出し始める。周囲に走っていた車は、響達から離れるように爆走する。

 周囲の様子を無視している響は両手を上に向けた構えを取り、バアルイヴィルダーとの間合いをはかる。響の動きを見たバアルイヴィルダーは、余裕が有る様子で挑発するように杖を小さく左右に振る。

 バアルイヴィルダーの様子を見た響は走り出すと、一気に距離を詰めて殴りかかる。だがその一撃はバアルイヴィルダーの杖によって受け流され、さらにカウンターとして腹部に杖が放たれる。

 襲いかかる痛みを堪えながらも、響は続けてもう片方の腕でバアルイヴィルダーにフックを仕掛けるが、紙一重で避けられてしまう。

 連続で攻撃が避けられたのを見て響は内心驚いてしまうが、それを口にせず後ろに下がりジャンプをして両足蹴りをバアルイヴィルダーに向かって叩き込む。しかしその攻撃は杖で防がれるのであった。


「本当に動きが読めてるのか……?」


「くくく、どうしたんだい?」


 攻撃を防がれてしまった響は、遂に弱気になってしまう。そんな響を見てバアルイヴィルダーは嘲笑するのだった。

 後ろに下がりながらも焦る響であったが、後ろで隠れている椿の姿を見ると、一息をつくことで余裕を取り戻す。そしてバアルイヴィルダーに向かって肘打ちを叩き込もうとする。

 響の肘打ちをバアルイヴィルダーは腕で防御すると、返しにジャブを顔に放ち、続けてハイキックを叩き込むのだった。

 攻撃を防ぎきれなかった響は、頭を抑えながらも足をふらつかせつつ後方に下がる。だがバアルイヴィルダーは逃すまいと距離を詰めてくる。


「っち!」


 響は近づいていくバアルイヴィルダーに向かって拳を放つが、その一撃は腕を掴まれてしまう。そのままバアルイヴィルダーは響の腕をひねると、地面に向かって投げ飛ばすのだった。

 地面に叩きつけられた響は、地面を転がりながらバアルイヴィルダーとの距離を取り体勢を立て直す。そしてバアルイヴィルダーに向かってタックルを仕掛ける。

 バアルイヴィルダーに組み付いた響は、そのまま走っていき電柱にバアルイヴィルダーの背中を叩きつける。衝撃で電柱が揺れるが、そんな事を気にせず響は連続で叩きつける。


「同じ技が何度も通じるか!」


 しかしバアルイヴィルダーは響の体を掴むと、そのまま持ち上げて逆に電柱に叩きつけるのだった。電柱に大の字で叩きつけられた響は、頭から地面に落下する。

 落下する響の体を掴んだバアルイヴィルダーは、空に向かって勢いよく放り投げるのだった。空中に放り投げられた響の体は、電線にぶつかり高圧電流が瞬時に流れる。


「ぐわあああぁぁぁ!」


 目視できるほどの電流が響の体を襲い、肉の焼ける臭いが周囲に充満する。その臭いは距離を取っていた椿の鼻にも届くほどであった。

 そして地上に落下する響の体をバアルイヴィルダーは掴むと、腹部に向かって膝蹴りを叩き込む。

 響の口から僅かに吐き出すような声が漏れると同時に、響は地面に倒れてしまう。だが響は全身の力を振り絞ることで、立ち上がるのだった。


「うおおおぉぉぉ」


 叫び声を上げ立ち上がった響は大剣を抜くと、バアルイヴィルダーに向かって斬りかかる。だがその攻撃をバアルイヴィルダーは回避して、逆にカウンターとしてパンチを放つのだった。

 カウンターをくらった響は一歩後ろに下がってしまうが、再びバアルイヴィルダーに斬りかかる。その一撃をバアルイヴィルダーは難なく回避する。

 連続して斬りかかる響であったが、立て続けに放たれる斬撃をバアルイヴィルダーは時に回避し、時に防御することで攻撃を防ぐのだった。


「くそくそくそ!」


「どうした、その程度かね?」


 攻撃を避けられた響は焦りながらも攻撃を続ける。しかしバアルイヴィルダーは笑いながらも斬撃を軽々と避けていく。そして大剣を蹴り上げるのだった。

 上空に蹴り飛ばされた大剣を咄嗟に見てしまった響は、バアルイヴィルダーの動きを見切る事ができずに、首を絞められてしまう。

 響の首からきしむ音が鳴り響き、響は咄嗟にバアルイヴィルダーの腕を掴む。だがバアルイヴィルダーの膂力は凄まじく、びくともしなかった。

 体を揺らして何とか逃げようとする響であったが、下半身が揺れるだけで首から上は動くことはなかった。


「ぐ……離せよぉ!」


 力づくでは逃れられないと悟った響は、下半身を振り子のように動かしてバアルイヴィルダーの顎に目掛けて蹴りを放つ。

 まともに喰らえば脳震盪で立てなくなるほどの鋭い一撃を、バアルイヴィルダーは紙一重で回避するが、その代償として響の首への拘束が緩んでしまう。

 首を襲う圧力が緩んだ瞬間に響は、体を大きく動かして拘束から逃れる。そして着地した瞬間に、バアルイヴィルダーにサマーソルトキックを叩き込むのだった。

 半円を描くように放たれた一撃はバアルイヴィルダーの頬を掠め、僅かであるが出血させることに成功する。

 攻撃が当たった事を確認した響は、嬉しくてわずかに口角上げる。だがバアルイヴィルダーに隙を与えないように、連続して殴りかかるのだった。

 軽いジャブによる連続攻撃は、バアルイヴィルダーの上半身を狙って連続で放たれる。無論バアルイヴィルダーも攻撃を両腕で捌いていくが、徐々にジリ貧となっていき後ろに下がっていく。


「はあ!」


 後方に下がっていったバアルイヴィルダーは背中が壁にぶつかり、後ろに下がれなくなる。それを見た響は、息もつかせぬ連続攻撃を仕掛けていくが、その攻撃もバアルイヴィルダーの巧みな防御によって防がれてしまう。

 すかさず響は鋭いストレートをバアルイヴィルダーに向かって放つ。バアルイヴィルダーもカウンターを狙ってストレートを放つのだった。互いの一撃は交差して二人の頬に命中する。

 攻撃をくらった二人はそのまま後ろに倒れ込んでしまい、地面の上を転がっていく。すぐに立ち上がる両者であったが、攻撃が命中したことにバアルイヴィルダーは驚いていていた。


「まさか私が攻撃を食らってしまうとは……」


「今だ! これで終わりだ!」


 立ち上がった響は、急いでデモンギュルテルに装填されているイヴィルキーを二度押し込む。そして両足を広げ腰を軽く下げて構えを取るのだった。

 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと共に、巨大な竜の影が響の背後に現れる。そして響は上空へジャンプするとバアルイヴィルダーに目掛けて飛び蹴りを放つ。それと同時に竜が響に向かって炎を放つのだった。

 響が必殺の蹴りを放つと同時に、バアルイヴィルダーもデモンギュルテルに装填されたイヴィルキーを一度押し込む。


〈Unique Arts!〉


 デモンギュルテルから起動音が鳴り響くと同時に、バアルイヴィルダーは両手を胸の高さまで上げる。そして飛び蹴りを放つ響に向かって、両腕を向けるのだった。

 向けられた両手から目視できるほどの電撃がほとばしり、響に向かって襲いかかる。響は攻撃の途中のために回避できず電撃を受けてしまう。


「うわあああぁぁぁ!」


「先輩!」


 一億ボルトを超える電流をくらってしまった響の体は、まるで生肉が焼けるようなの臭いとともに黒焦げになってしまう。

 そのままダメージに耐えきれずに、空中から落下した響は変身が解除されてしまう。それと同時に懐から五つのイヴィルキーが地面にばら撒かれてしまうのだった。

 バアルイヴィルダーは地面にばら撒かれたイヴィルキーを回収していくが、響はその手を止めさせるように掴む。だが電撃のダメージが酷かったのか、バアルイヴィルダーは容易く振り払ってしまう。

 無理矢理でも立ち上がろうとする響であったが、途中で力尽きてしまいそのまま川に落ちてしまう。


「先輩!」


 流れの早い川に落ちた響の姿を見て、椿は心配そうに川に顔を出して声をかけるが、響の姿は影も形もなかった。

 悲しむ椿の肩を、すべてのイヴィルキーを拾い集めたバアルイヴィルダーが無理矢理掴む。


「何を……?」


「君には人質となって、彼らが集めたイヴィルキーとの交換材料になってもらう」


 そう言うとバアルイヴィルダーは椿の腹を拳で殴りつける。ウッという声とともに、椿は意識を失いバアルイヴィルダーに担がれてしまう。

 バアルイヴィルダーは何も興味がないような様子で、椿を担いでその場を去るのだった。

 その場に残されたのは椿が意識を失った瞬間に地面に落ちて砕けた、黒猫が描かれたコップだけだった。

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