汝、六十六の軍団を従える東方の王なり

 集合場所に到着した響は、スマートフォンの画面で時間を確認しながらも、椿の姿を探していた。するとすぐに椿の姿を見つけたので、手を振って位置を知らせる。


「椿君、またせた?」


「いえ先輩、今来たところです」


 椿の服装は真っ白な細身のワンピースを着ており、薄いワンピースのためか椿の豊満な胸も、細いウエストもひと目で分かるぐらいに特徴的であった。そんな椿の服装を見た響は、直視できず視線をそらしながら椿の元に歩いていく。


「えっと綺麗だね椿君……」


「え、ありがとうございます! 先輩も似合ってますよ」


「ホント!? ありがとう」


 椿は迷わず響の手を取ると、そのまま互いの手を絡ませる。響は椿の手の柔らかさに反射的に反応してしまうが、椿の嬉しそうな表情を見て振り払うことはできなかった。

 そのまま二人は手を繋ぎながら歩いていき、目的の家具屋に到着するのであった。家具屋の店の規模はかなり大きく、二階建てで三百二十台の車を停めることができる駐車場も完備している。

 家具屋に来ている人の多さに響は来るたびに絶句してしまう。そんな響を引っ張るように椿は足を進めていく。


「先輩行きましょう!」


「おおう、行こうか」


 まず二人が向かったのは、小さな小物が置いてある売り場であった。椿は犬や猫などの小動物が描かれた小物を見て回り、一つ一つ手に取りそして棚に戻していく。

 最終的に椿は白黒のぶち模様の犬が描かれたコップと、真っ黒な猫が描かれたコップを見比べてどちらにしようか悩むのだった。


「先輩はどっちがいいですか?」


「んー俺は猫かな、黒一色も好きだし」


 それを聞いた椿は黒猫が描かれたコップを凝視する。無論見続けるだけでは何も変わらないが、彼女にとっては重要なことであった。

 二つのコップを元に戻した椿は名残惜しそうな表情をしながらも、次のコーナーに響を連れて行く。


「良いのかい?」


「とりあえず保留にします」


 そのまま二人は二階に移動すると、カーテン売り場を見て回るのだった。カーテン売り場には様々な大きさのカーテンや、生地のカーテンが置かれていて、椿は一つ一つさわり心地を確かめながら見て回る。そして時にはカーテンに包まって、部屋に合うかどうか確かめていた。

 そんな椿の様子を響は無言で眺めながらも、どれが良いとは一言も口出しはしなかった。


「先輩次は寝具を見に行きましょう!」


「ああ」


 椿に手を握りしめられた響は、そのまま寝具コーナーに移動する。そこには大小様々なベットが陳列されていた。

 ダブルベットが並んでいる列を二人は歩いていき、時にはベットを手で押し込んで柔らかさを確認する。

 ベットの柔らかさを確認するために、椿はベットに体を預けてバネの強さを確かめるが、椿の体が揺れるたびに彼女の豊満な胸が揺れるのだった。

 上下に揺れる椿の胸を見てしまった響は、咄嗟に視線をそらしてしまう。しかし椿は響がなぜ視線をそらしたのか分からず、首をかしげるのだった。


「先輩! このベットすごい柔らかいですよ」


「え、ちょ!」


 椿に引っ張られた響は、そのまま椿が寝転んでいるベットに倒れ込むと、その衝撃でベットは大きく上下に揺れる。

 二人の顔の距離は十センチも満たないほどに近づき、鼻と鼻がぶつかりそうな距離であった。

 少しでも動いてしまえばキスできそうな距離であることに気づいた二人は、全身の筋肉を使って動かないように努力した。


「先輩ごめんなさい……」


「いや大丈夫だよ……」


 はたから見るとベットに寝転んでキスしあっているように見える二人を見て、他の客が小さな声でキスしているのかしら、若いわね、など言うのを聞いた二人は、ほっぺたを真っ赤に染めてしまう。

 椿は倒れ込んだ体勢のまま手を伸ばすと、響のほっぺたを優しい手付きで触りだす。男性特有のやや角張ったほっぺたを椿は堪能し続けるが、じっと椿を見つめる響の視線を感じ取り手を離すのだった。 


「あ……ごめんなさい先輩……」


「いや椿君は悪くないよ。俺がすぐに動けばよかったんだし」


 こそばゆい雰囲気となった二人はすぐに起き上がると、少しだけ距離を取る。そのまま背中を合わせると、互いに虚空を見据える。


「あの次の売り場を見に行きませんか……先輩」


「ああ、そうだね……」


 二人はそのままデスク売り場へと移動する。リビングなどに使われる机が多数置かれており、椿は興味深そうに商品を眺めていた。


「椿君は机を買うつもりなのかい?」


「いえ、ただ高校を卒業したり、大学を卒業した後に一人暮らしや誰かと暮らす時に、どんな机が良いかなーって思いまして」


 椿は恥ずかしそうに笑いながらも、響との生活を思いながら机を見ていたとは、羞恥心で死にそうだったので言えなかった。

 そんな椿の心情はつゆ知らず、響は椿のことを将来を見据えていると思いながら感心していた。

 そのまま二人は一階に戻ると、椿が先程見ていた黒猫が描かれたコップを購入して店を出ていく。


「結局先輩が選んでくれたコップ買っちゃいました」


「椿君がそれが良いと思ったなら、それが良いと思うよ。あ、でもそれ家に帰るまでに割らないように気をつけてね」


「もちろんです、精一杯気をつけます!」


 椿は買ったコップを大事に持ちながらも、胸を張って大丈夫そうな表情を見せる。その際に椿の豊かな胸がブルンと揺れたのを見たのは響だけであった。

 そのまま二人は川沿いの道路を歩きながら帰路についていた。川は流れが早く、落ちてしまったら流されそうな勢いのために、二人は道路側に沿って歩いていた。

 そんな二人の道を阻むように黒いスーツに黒い帽子をかぶった黒ずくめの男が立ちふさがる。いきなり立ちふさがった男を見て、安全のために響は椿の前に出る。


「何か用件でも?」


「ああ、用件があるのは君だよ。加藤響」


 響の嫌味のある言葉を聞いた黒ずくめの男は、可笑しそうな様子でそう答えた。


「っ……俺の名前を? 誰だ!」


「顔を見せたらわかるかね?」


 そう言って男は帽子をとって顔を見せる。その顔は金髪で響には見覚えのある顔であった。


「メンダークスさん?」


 響は黒ずくめの男の顔を見て、驚きを隠せないでいた。なぜなら知恵と同じく魔術学院から出向してきた男、クスィパス・メンダークスであったからだ。

 だがなんとも言えない雰囲気のクスィパス・メンダークスの様子を見た響は、安心せずに椿の前に立ち続ける。


「そう怖い顔をしないでくれ加藤響、私の用件は君だからね」


 そう言うとクスィパス・メンダークスは、黒のジャケットを翻して腰を見せつける。そこにはデモンギュルテルが装着されていた。


「何!? なんでメンダークスさんがそれを……」


 デモンギュルテルを見た響はありえないといった表情を見せるが、クスィパス・メンダークスは笑いながら懐からイヴィルキーを取り出す。


「簡単なことだよ」


〈Baal!〉


 クスィパス・メンダークスがイヴィルキーを起動させると同時に、イヴィルキーが起動音を鳴り響かせる。その起動音は響の記憶にあるイヴィルキーと比べても、禍々しいものであった。


「憑着」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルにイヴィルキーが装填されると同時に、デモンギュルテルから起動音が鳴り響き、中央部が観音開きとなる。

 それと同時にクスィパス・メンダークスの頭上に暗雲が立ち込み、一筋の雷がクスィパス・メンダークスに目掛けて落ちる。そしてその後に立っていたのは、全身は蜘蛛の意匠を持ちながらも右肩に猫、左肩に蛙そして頭には王冠をかぶり杖を携えた蜘蛛の異形、バアルイヴィルダーであった。


「さあ、君のイヴィルキーを戴こうじゃないか!」


 そう言うとバアルイヴィルダーは響に襲いかかるのだった。

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