二体の魔神

 クスクスと笑いながら豊崎千歳は手にした二つのイヴィルキーを起動させる。


〈Marchosias!〉


〈Uvall!〉


 血の底から鳴り響く唸り声のような起動音が響くと、豊崎千歳はマルコシアスのイヴィルキーと、ウヴァルのイヴィルキーをまるでゴミを投げ捨てるかのように放り投げる。

 床に落ちた二つのイヴィルキーは、周囲の塵などを集めると人型を形成していく。

 マルコシアスのイヴィルキーは、巨大な翼を背中から生やし、腰に蛇の意匠を持つ狼の異形へと変化する。

 ウヴァルのイヴィルキーは、左右の肩に頭ほどある巨大なコブを持つ、ラクダの異形に変化する。


「人がいないのにイヴィルダーに変化した!?」


『違う響、あいつらの腰にデモンギュルテルがない! あいつらはイヴィルダーじゃないんだ!』


 キマリスの言う通り、二体の異形の腰にはイヴィルダーには共通してあったデモンギュルテルが装着されていなかった。

 マルコシアスとウヴァルは最低限の知性は有るようで、いきなり響に襲いかかることはなく唸り声を上げながらジリジリと詰め寄っていく。

 響は後ろに下がりながらも懐からイヴィルキーを取り出そうと、ポケットに手を突っ込む。


『響すまないが僕以外にしてくれ、僕はあの女が誰と契約しているか思い出す!』


『わかったキマリス』


 キマリスの指示に従って響はキマリス以外のイヴィルキーを取り出そうとするが、次の瞬間マルコシアスが雄叫びを上げながら口を大きく開けて襲いかかる。


「グルルルゥゥゥアアアァァァ!」


 響は咄嗟に横に避けて攻撃を回避するが、完全には避けることは叶わず左手が軽く傷ができてしまう。

 血がにじみ出る左手を一瞬視線を向ける響であったが、すぐに二体の異形を睨みつける。


「力を貸してくれフラウロス!」


〈Demon Gurtel!〉


 響は懐からフラウロスのイヴィルキーを取り出す、それと同時に響の腰にデモンギュルテルが起動音と共に生成される。


〈Flauros!〉


 フラウロスのイヴィルキーを起動させた響は、デモンギュルテルにイヴィルキーを装填する。


「憑着!」


〈Corruption!〉


 デモンギュルテルが起動音を発すると共に、中央部が観音開きになると中から炎が勢いよく噴出する。

 響を渦巻く炎によって、マルコシアスとウヴァルは後ろに下がることを余儀なくさせられる。

 そして炎は響を完全に飲み込むと、すぐに中から炎が振り払われる。

 先程まで響が立っていた場所には、全身が炎のように赤い体を持ち、頭部は豹の意匠を持つ異形フラウロスイヴィルダーに変身した響がいた。

 フラウロスイヴィルダーに変身した響を見た豊崎千歳は、まるで憧れのヒーロー見たかのように興奮する。


「その姿が貴方のイヴィルダーとしての姿の一つなのね! なら遠慮はいらないわ、行きなさい!」


 豊崎千歳の声に従うように、マルコシアスとウヴァルは響に突撃する。

 襲いかかる二体の異形を受け流しながらも、響はまずこの状況をどうすべきか思考する。


(こんな狭い部屋で戦ったら琴乃に被害が出てしまう、どうする?)


「あら悩んでるわね、なら助けて上げましょう」


 豊崎千歳がパチンと指を鳴らすと、マルコシアスとウヴァルは響の体を持ち上げる。

 響は抵抗しようとしてジタバタと体を動かすが、二体によって拘束されているため抜け出せない。そしてそのまま二体の異形は部室の窓へと走り出す。

 マルコシアスとウヴァルは迷うこと無く窓に突っ込むと、そのまま地上へと飛び降りる。

 二体の異形はそのまま地上に着地するが、拘束されている響は着地ができずにそのまま地面に叩きつけられる。


「がぁ……!」


 地上に落下した三体の異形を追うように、豊崎千歳が部室の窓からゆっくりと降りてくると地上に着地する。

 地面に叩きつけられた響の体に、割れた窓の破片がパラパラと光を反射しながら落ちてくる。

 落ちてくるガラスが綺麗だなと思った響であったが、すぐに正気に戻ると拘束してくる二体の異形の頭を両手で掴むと、そのまま力づくで頭を勢いよくぶつける。


「そろそろ離せぇ!」


 頭同士を叩きつけられたマルコシアスとウヴァルは、痛みで響の拘束を外してしまう。

 その隙を見た響は、両足を持ち上げると二体の異形の腹を思いっきり蹴りつける。

 二体の異形が離れたことを確認した響は、立ち上がるとそのまま口を大きく開くと、人を簡単に飲み込む程の大きさの炎を吐き出す。

 しかしそれを見たマルコシアスも口を開くと、響が吐いた炎と同じぐらいの規模の炎を吐き出す。

 ぶつかり合う二つの炎は拮抗するが、その隙にウヴァルが響に襲いかかる。


「ちぃ!」


 響は炎を相殺するようにさらに火力を上げると炎を出し切る。そしてウヴァルの攻撃を腕で防ぐのだった。


「調子に乗るな!」


 ウヴァルの腕を片腕で掴んだ響は、そのまま頭も掴み校舎の壁に勢いよく叩きつけるのだった。

 拘束を外そうともがくウヴァルであったが、響は逃すまいと何度も執拗にウヴァルの頭を校舎の壁に何度も叩きつける。

 そのまま叩きつけている響の背中を狙ってマルコシアスが襲いかかるが、それに気がついていた響は、ウヴァルの体をマルコシアスに勢いよくぶつける。

 倒れ込んだ二体の異形を追撃するように響はジャンプする、そしてそのまま倒れたマルコシアスとウヴァルの上に体を叩きつけるのだった。

 ボディプレスを放った響はすぐに立ち上がると、そのまま倒れた二体の異形に向かってローキックを連打する。


「キシャアアアァァァ!」


 何度も放たれるローキックであったが、ついに倒れたウヴァルが足を掴み、その隙にマルコシアスが立ち上がる。

 そしてウヴァルも立ち上がると、二体の異形は連携しながら響に殴りかかる。

 しかし響は連続で放たれる攻撃を受け流し、時には防御することでダメージを抑える。

 攻撃のお返しと言わんばかりに二体の異形へ流れるようにみぞおちを殴るのだった。


「ふん! はぁ!」


「ガァァァ……」


「グゥゥゥ……」


 唸り声を上げるマルコシアスとウヴァルであったが、すぐに持ち直すとウヴァルは響へと近づいていく。

 襲いかかるウヴァルの攻撃を両手で捌きながら、マルコシアスの様子も観察する響。

 次の瞬間マルコシアスが口を大きく開くのを見た響は、マルコシアスと自分の間にウヴァルが立つように誘導する。

 そしてウヴァルが二人の間に立った瞬間、マルコシアスの口から吐かれた激しい炎が響とウヴァルを襲う。


「ウワアアアァァァ!」


 巨大な炎に飲まれた二人から悲鳴が響き渡る。それを聞いたマルコシアスは自慢げに鼻息をもらすのだった。

 炎から逃げるように地面に倒れ込む人型、体を覆うように燃える炎を消そうと地面を転がり回るが、簡単には消えることは無かった。


「ギャッギャッギャッ!」


「オラァ!」


 笑うマルコシアスの顔に、炎の中から飛び込んできた響の拳が突き刺さる。

 殴り飛ばされたマルコシアスであったが、その顔は苦痛と殴られた衝撃で歪んでいるのだった。


「上手く行ったな」


 響は燃えているウヴァルの方にチラリと視線を向けると、小さく呟くのだった。

 殴られて倒れているマルコシアスの元に近づいた響は、そのまま体を持ち上げて両肩の上に仰向けで乗せると、右手で顎を掴み左手でふとももを掴み上げマルコシアスの体を弓なりに反らす。そしてそのまま火達磨元へゆっくりと歩いていくのだった。

 のっしのっしとマルコシアスの体を上下に揺らすように歩く響、そして炎に包まれた人型の前に立つ。

 先程まで炎に包まれて正体が分からなかった火達磨であるが、今は炎が消えかかっておりその姿が分かるようになっていた。

 マルコシアスの吐いた炎への盾にされたウヴァルに向けて、響は倒れ込むようにしてマルコシアスの頭を叩きつける。


「行けやぁ!」


 デスバレーボムを食らったマルコシアスは、そのままウヴァルの上に倒れ込み、痛みに耐えながら頭を抑えて悶絶する。

 倒れている二体の異形を見下す響は、飛び上がるとそのまま膝を突き出して叩きつける。

 フライングニードロップを食らったウヴァルは、腹を抑えながらもゆっくりと立ち上がろうとする。

 

「立たせるか!」


 体勢を立て直させないように響は二体の異形に対して、踏みつけをしようとするが、マルコシアスによって足を掴まれる。


「っ離せ!」


 足を掴まれた響は振り払おうとして足を動かすが、簡単には振りほどけ無い。その間にウヴァルは立ち上がり、響に向かってタックルを仕掛けるのだった。

 タックルを食らって地面に倒れ込む響、その間にマルコシアスも立ち上がるのだった。

 倒れていた響が立ち上がると、目の前には二体の異形が立ちふさがっていた。さらにその後ろでは豊崎千歳が楽しそうに観戦している。

 マルコシアスとウヴァルに対して攻撃を仕掛けようとする響であったが、次の瞬間キマリスが叫ぶ。


『分かった!』


『何がだよ』


『マルコシアスとウヴァルを彼女が従える理由も、イヴィルダーではない理由もさ!』


『一体どんなタネがあったんだ?』


 二体の異形の攻撃を捌きながら、響はキマリスに質問する。


『おそらく彼女が契約している魔神はゴモリーだ。ゴモリーにはゴモリーを主とする魔神マルコシアスと、ゴモリーを上に乗せる魔神ウヴァルを従える権能があるんだ!』


「ゴモリー……?」


 響が小さく漏らした言葉を聞いた豊崎千歳は、まるで子供が遊ぶようにステップを踏みながら、一歩二歩と前に出る。


「あら、ようやく私の手品のタネが分かったのね。ならこちらも全力で行かせてもらうわ」


 そう言うと豊崎千歳は懐から一つのイヴィルキーを取り出すのだった。

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