さらわれた妹

 無人の廊下を全力で走る響、息も絶え絶えとなりながらも何とか教室の前にたどり着いた。

 そして教室のドアを開けると、クラスメイト全員と教師の視線を一心に受けるのであった。


「加藤なんで授業に遅れた?」


「トイレ言ってました……」


 響の遅れた理由を聞いて、クスクスと何人かのクラスメイトが僅かに笑う。

 苦しい言い訳かと内心思う響であったが、教師はその理由を信じたのか「席に座れ」と短く指示を下すのだった。

 表情には出さずとも心のなかで安心する響、ゆっくりと自分の席へと歩いていく。

 途中達也の座る席を横切る瞬間に「後でノートを見せる」と小さく達也に囁かれるのだった。

 響は教師にバレないように小さく頭を下げて、感謝の意を伝えるとそのまま自分の席に座るのだった。




 そのまま授業が終わり放課後になると、戦闘ので少し疲れた響は両手を伸ばして軽く柔軟をして体に活を入れる。


「よおトイレに言っていた響君」


「嫌味か? 達也」


 後ろから響の肩を軽く叩いたのは、授業に遅れた理由をニヤニヤと思い出し笑いしている達也であった。

 早速ネタにされるとは思わなかったのか、響は疲れたような顔をしながらも達也の方に視線を向けるのであった。


「で、本当の理由は?」


 すぐに真剣な表情に変化した達也は軽く響の肩を掴むと、遅れた本当の理由を詰問するのだった。

 程よい痛みを肩に感じつつも響も真剣な表情になると、周囲のクラスメイトには聞こえないようにポツポツと話すのだった。


「実はな体育館に化け物が三体いたんだよ、それを全部倒してきたから遅れたんだ……」


「なに、なら俺にも言えばいいだろ?」


「流石に二人も授業に遅刻したら言い訳がつかないだろ。二人揃ってトイレに行ってましたって、言うつもりか?」


 響の考えを聞いてウッとなる達也、男二人で大便をしていて同時に遅れてくることなど、万の確率でなければ起きることはないと分かったのだ。

 自分の意見が間違っていることが分かって、暗い顔をしている達也を元気付けるように響は達也の肩をポンと優しく叩く。


「まあ一人でも何とかなったレベルだったから良いけどさ、もし本当に力がほしい時はヘルプ頼むぜ」


「ああ……」


 そうして自分のかばんを持って帰宅しようとする響と達也、しかし次の瞬間教室に見慣れない女子生徒が入ってくる。

 響はすぐに女子生徒の姿を確認して何処の学部の生徒か確認する、リボンの色から判断するに琴乃と同じ中等部の生徒と思われる。


「すいません加藤さんのお兄さんはいませんか!?」


 女子生徒の呼びかけを聞いて、教室内のクラスメイトの視線が響に集中する。

 加藤さんとは自分ではなく琴乃の事を指すと考えた響は、かばんを机に置くとすぐに女子生徒の元に歩いていく。


「加藤琴乃の兄を探しているなら、俺が加藤響だけど……」


「あ、貴方が加藤さんがいつも言っているお兄さんですか? あの加藤さんがお昼から教室に戻ってこなくて、今も戻ってきていないんです!」


 女子生徒の言葉を聞いた響の表情は、一瞬で固いものとなっていた。

 そして次の瞬間には響は教室を走って後にしようとしていた、しかしすぐに動き出した達也によって肩を掴まれて動きを止める。


「何処に行こうとしているんだ!?」


「決まっているだろ! 琴乃を探しに行くんだ!」


「だったら一人で探しに行かないで俺ぐらい頼れ!」


 達也の言葉を聞いてハッとした表情になる響、落ち着いたのか両手の力を抜くと、達也に真剣な眼差しを向ける。


「すまん……助けてくれるか?」


「当たり前だろ」


 そう言って達也は拳を響の前に差し出す、それを見た響も拳を差し出して、コツンとぶつけ合うのだった。

 そして二人は同時に走り出すと、教室を後にする。


「何処から探すんだ響?」


「俺は上から下まで探す、達也は大学部の校舎を探してくれ」


「分かった!」


 二人は別れると各々琴乃を探すために生徒が下校のために歩く廊下を走るのだった。




 屋上にたどり着いた響は、屋上を見渡すが生徒や教師は人っ子一人いない。

 年のためにと給水塔によじ登り、琴乃が居ないか探してみるが見つかりはしなかった。

 次に響は校舎内に戻ると、高等部三年生の教室を手当たりしだいに顔を覗き込んで探す。

 しかし各教室を探して見ても琴乃の姿は無く、響の心は焦燥感に駆られるのだった。


「くそ、琴乃の奴何処に行ったんだ……」


 高等部の一年生、二年生、中等部各学年の教室、そして各種特別教室をくまなく探した響、しかし琴乃の姿は見当たらなかった。

 響が初等部へのフロアに移動するために階段を降りようとしたその時、不意に響のスマートフォンが振動する。

 達也が琴乃を見つけたのかと思った響は、急いでポケットからスマートフォンを取り出して画面を見ると、琴乃からのメールであった。

 響は一瞬で表情を真剣なものに変化させると、急いで受信したメールを確認する。

 件名は無題であったが、そんなことは響にとってはどうでもよかった。

 すぐにメールの内容を確認するが、メール自体の内容は空欄で、一つの画像が添付されていた。

 それは多種多様の不気味な彫像が設置された部屋に、目をつぶり地面に寝転んだ琴乃の姿であった。


「この場所は……」


 上之宮学園でも異様な風景に響は一つ思い当たる場所があった、それはオカルト研究会の部室である。

 スマートフォンをポケットに直した響は、すぐにオカルト研究会の部室に向かおうとする。

 響の顔を見た生徒達は、恐ろしいものを見たかのように恐怖した表情をすると、響の邪魔をしないように廊下の真ん中を開けるのだった。

 ゆっくりと歩いていく響の表情はまるで仁王か修羅思わせるようなものであった。


「ここだな……」


 誰にも邪魔されることなく響はオカルト研究会の部室の前にたどり着いた。

 目の前にはオカルト研究会と書かれたカードが付いた扉がある。

 響が扉の取っ手に手をかけると、まるで鍵がかかってないようで簡単に開くことができた。

 オカルト研究会の部室に足を踏み入れた響を出迎えたのは、大小様々な紋章と奇っ怪な彫像の数々であった。


(多分二度とこの部屋に来ないつもりだったけどな……)


 そう思いながらも響はゆっくりとオカルト研究会の部室を探索して行く。

 探索している内に響の脳内では、探索している内に気がついた奇妙な点について思考していた。


(鍵が開いているのに、人がいない。というより人の気配が一切しない?)


 そして響が部室の一番奥にたどり着くと、そこには人が余裕で寝転がれる大きさの机の上に倒れている琴乃の姿があった。


「琴乃!?」


 琴乃の姿を見た響は、冷静さを欠けた様子で琴乃に近寄る。

 倒れている琴乃の意識は無いが、健康面では問題はなさそうであった。

 琴乃の無事を確認した響は、安堵の息を吐く。

 次の瞬間オカルト研究会の部室内に、まるで鈴の音のような透き通った声が響く。


「あら、お帰りになられるのかしら?」


 後ろから聞こえた声に響は振り向くと、そこには誰もいなかったはずの部室内に、肩に届かないぐらいの長さの金髪を持ったまるで童女のような上級生、豊崎千歳が立っていた。

 クスクスと小さく笑う豊崎千歳の姿は、見るもの全てを魅了するような美しさを持っていたが、同時にまるでこの世のものではない魔性のような美しさでもあった。


「なんでここにいるんですか?」


「ここは私の部室よ、私がいても不思議じゃないわ」


「そうじゃないですよ、さっきまでこの部屋には誰もいなかったじゃないですか!」


「それはね……私が魔術を使って消えていたの、って言ったら信じるのかしら?」


 可愛らしく首を傾げる豊崎千歳、しかし彼女の言葉には嘘偽りは全く無く、響には真実を言っているようにしか見えなかった。


「姿を消して云々が本当だとして、なんで琴乃が此処にいるか聞いてもいいですか?」


「簡単な話ね、決まっているわ、私がこの子を部室に連れ込んだのよ。貴方に話が行くように昼休憩の時間からね」


 何も悪いことなどしていないような表情で、豊崎千歳は迷わずそう言い放った。

 それを聞いた響は一瞬、豊崎千歳が何を言っているのか分からなかったが、すぐに琴乃を監禁した犯人が豊崎千歳ということだけは即座に分かった。


「なら俺はあんたに遠慮する必要が無くなった、っていうことで良いんですよね」


「あらステゴロかしら? それもいいけど、私としてはまずはこちらのほうが嬉しいわ」


 そう言うと豊崎千歳は懐から、異なる紋章が描かれた二つのイヴィルキーを取り出すのだった。

 それを見た響は一瞬で表情を変えると、琴乃を守るように前に立ち、豊崎千歳の動きを観察するのだった。


「さあ始めましょう、私と貴方のフィナーレを!」


 そう告げた豊崎千歳の表情は歓喜に震えた表情と、狂気を含んだ美しい表情、二つの表情が混在していたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る