勝利の代償と椿の花

 白い個室、白い天井、白いベットの中で響は目覚めた。周囲を見渡すが、誰も居ない。


「知らない部屋だな」


『そりゃそうだよ、ここは家じゃないんだから』


 響の独り言に、キマリスが返答する。響は誰も居ないと思って呟いたのに、返事が返ってきたため、内心驚いていた。


「キマリス、俺はあの後どうなったんだ?」


「モラクスイヴィルダーとの戦闘の後、君は倒れてしまってね。椿に連絡したんだ、そして病院に連れてこられたわけさ」


 キマリスは実体化すると肩をすくめて、「椿も大げさだね」と呟く。一番最初に心配したのが、自分だとは全力で隠し通すキマリスであった。


「ああそうか、椿君にも悪い事したな」


「それだけじゃないよ、響」


「え?」


「君を心配しているのが、椿だけじゃないってことさ」


(椿ばっか考えすぎだよ響)


 響に「僕に心配かけたと思わないのかい?」と言いたかったキマリスだが、頑張って言わないようにした。またこの後に響を待ち受ける困難を考えると、誰とは言わなかった。

 その直後、病室の扉がノックされる。響が許可を出す前に、扉は開き人が入ってくる。


「兄貴大丈夫か……って何で起きてるの!」


 入ってきたのは琴乃であった、意識が目覚めた響を見ると、急ぎ足で近づく。


「このバカ兄貴また怪我して、しかも病院に担がれるってどうゆうこと!?」


 矢継ぎ早に話す琴乃を前にして、響は何も言えなくなる。何も言わない兄を見て琴乃は、襟を掴んで揺すり始める。


「あ、はいゴメンナサイ」


「ゴメンナサイで済まさない! パパもママも帰って来れないけど、心配していたんだからね」


 響の胸元で泣きわめく琴乃、それを見て響は琴乃の頭を優しく撫でるのであった。


『ところでキマリスいつの間に消えていたんだ?』


『君の妹がノックした瞬間には実体化を解除していたよ』


(まあもしこの場に居ても、こんなの見せつけられたらこっそり抜け出すけどね)


 響に頭を撫でられて安心したのか、泣きじゃくる声を出さなくなった琴乃を見て、こっそりと思うキマリスであった。










 兄が意識を取り戻し、元気そうなことが分かった琴乃は、三十分ほど雑談をして病室を後にした。響一人になった病室に再びノックの音が響く。


「はいどうぞ」


「失礼します……先輩意識を取り戻したんですか!」


 次に病室に入ってきたのは椿であった。椿は起き上がった響を見ると、表情を明るくする。


「やあ椿君、心配かけたね」


「よかった、大丈夫そうで」


 椿は「失礼します」と一言断りを入れると、病室に元々あった椅子に座る。


「あの、先輩具合は大丈夫ですか?」


「ああ、先生は明日には退院できるって言っていたよ」


 話を繋げようとする椿であったが、話はすぐに終わってしまい沈黙が続いてしまう。

 響も椿も何を話題にしようか悩んでいるせいで、病室には静寂が続いていく。


(二人きりなのに話す話題がない!)


(何か話題は……そうだ!)


「あの……先輩今度の休みに買い物に付き合ってくれませんか!」


「ええと、俺で良ければ」


「本当ですか! では今度の休みに駅の中央口でお待ちしてます!」


 椿は早口でまくし立てると、「ではまた明日学校で」と言い残して病室を去ってしまった。

 再び一人になった病室で、響は口元に手を当てる。「今のデートの約束じゃね」と考えた響は、知らずしらずのうちに体温が上がるのであった。


「嬉しそうだね響」


 再度実体化したキマリスは、ジト目で響を見ていた。彼女からしても二人で買い物というのは、なぜか面白くなかったのだ。

 険悪な雰囲気が漂う病室、そんな雰囲気を破るようにレライエが実体化する。


「なんだ響元気そうじゃないか、心配しない方が良かったか?」


「レライエ、心配させて済まなかった」


 レライエが現れて、二人っきりが崩れたと思ったキマリスは、無言で響のベットに入りピッタリとくっ付く。

 キマリスは十人中十人が美人と言う程の綺麗な容姿で、そんな彼女と密着して響は恥ずかしくなる。またくっついている現場をレライエに見られているのも響の羞恥心を掻き立てるのであった。


「なんだ楽しそうじゃないか」


 レライエは獲物を見つけたような表情になると、キマリスがくっついている反対側に移動して自分も響のベットに入る。


「レ、レライエ」


 ベットに入ってきたレライエを見て、響は焦ったような声を出す。レライエはキマリスと違うタイプの美人であり、響より少し年上の容姿かつ豊かな胸をもつレライエ、そんな彼女の豊満な胸が響の腕に当たるのであった。

 二人の美人に囲まれて、響の心拍数はどんどん上がっていく。そんな響に天からの助けが入る、コンコンとノックの音が病室に響のであった。

 ノックの音を聞いて、瞬時にキマリスとレライエは実体化を解除する。二人に囲まれる羞恥が終わった安心か、それとも天国が終わったことへの後悔か、響は一息付く。


「失礼します」


 入ってきた看護師は、響の状態を確認すると体温、脈拍などを計り始めるのであった。









 次の日の土曜日、椿は指定した待ち合わせ場所に一時間早く着ていた。椿は響が先に来ていないか、周囲を見回すが姿は見当たらない。


「先に来れたようですね」


 響が居ないことを確認した椿は、ソワソワしている姿を見られてないことに安堵する。すぐさまバックから手鏡を取り出すと、髪、そして表情がおかしくないことを確認する。


「髪良し、化粧良し、笑顔は大丈夫、のはず」


「椿君、待たせたかい?」


「ひゃい!」


 後から響に話しかけられた椿は、驚いて飛び跳ねてしまう。椿の反応を見た響も、ギョッと驚いてしまうのであった。


「ごめん、驚かせちゃった?」


「いえ、大丈夫です。先輩はいつからそこに?」


「いや、いま来た所だけど」


「早かったので、ちょっとビックリしちゃいました」


 響が一時間早く着たのには理由がある。琴乃に普段より一時間早く起こされて、一時間前に到着するように徹底されたのだ。なお琴乃の言い分は「私の少女漫画バイブルにはそう書いてるの!」である。


「じゃあ椿君行こうか」


「はい!」


 響に手を差し出された椿は、嬉しそうにその手を握り返す。








 二人がまず最初に向かったのは、駅に隣接するショピングセンターの衣服売り場であった。

 夏が近づいているためか、売られている服は夏物が多くなっている。椿も半袖の服を体に当てては、響に感想を持てめている。


「次のこの服はどうですか先輩?」


「うーんさっきの服のほうが椿君に似合うかな」


「本当ですか! じゃあさっきの服試着してきますね!」


(俺感想をしか言ってないけど、椿君楽しそうだな)


 響は椿が選んだ服に感想を言うだけだが、それだけでも椿は嬉しそうな表情で服を選んでいく。

 試着室の前で数分程待つ響、そしてカーテンが勢いよく開かれる。


「先輩見てください!」


 試着室から出てきた椿が、黒いキャミソール姿を見せつける。薄い生地でボディラインが分かりやすい服のためか、椿の恵まれた胸や細い腰が丸わかりだった。


(ちょっとえっちすぎる)


「似合っているよ椿君」


 煽情的な椿の格好を見て思ったことを言いかける響、しかし何とか心の内に留めることに成功する。


「本当ですか、でも先輩以外にこの格好を見せられません」


(カワイイなこの後輩!)


 頬を赤らめて響に告げる椿、そんな彼女を見て響は撃墜されるのであった。


「じゃあこの服買ってきますね」


 服を着替えた椿は、レジに服を持っていくのであった。

 

「あの先輩もう一つ見に行ってもいいですか?」


 レジから戻ってきた椿は、控えめながらも響を水着売り場に誘う。


「えっと俺はいいけど、椿君はいいの?」


「はい! 私は大丈夫です」


 そうして二人は水着売り場に移動する。売り場には男性客は殆どおらず、響はとても居心地が悪かった。

 椿はそんな響の状態に気が付かず、水着を選んでいく。しかしスタイルの良い彼女が着れる水着は、必然的に露出が多いものになってしまう。


(これ……先輩の前で着るんですか)


 一見しただけでもきわどいデザインの水着を手にとった椿は、水着売り場に来たことを若干後悔し始めていた。

 悩んだ末に椿は一着の水着を選んで「試着室に行ってきます」と言い、試着室に駆け込むのであった。

 試着室の前で椿を待つ響であったが、数分待つと試着室から伸びた手によって試着室に連れ込まれる。


「つ、椿君!」


「先輩、しーです」


 狭い試着室の中では、白一色のビキニに着替えた椿がいた。先程よりも煽情的な姿に、響の心臓の鼓動はどんどん早くなっていくのだった。


「せ、先輩どうですか私の水着……」


「すごい、綺麗だ」


 響の率直な感想を聞いて、椿は耳まで赤くなる。そして自分が大胆な事をしたのを自覚し始めて、顔が真っ赤になっていく。


「あ、ありがとうございます」


 椿は終始顔を赤くし続け、水着を買いにレジに並ぶのであった。







 夕日が沈むなか、ショピングセンターを出る二人の姿があった。


「先輩、今日は買い物に付き合ってくれて、ありがとうございます」


「俺こそ、ただいるだけで良かったの?」


「はい! 私は良かったです」


 椿は満面の笑みを浮かべる。彼女の顔は夕日で顔色はオレンジに染まっている。


「えっと……送っていこうか?」


「大丈夫です! 私の家この近くなので」


「そっかじゃあまた明日」


「はい、また明日」


 響と椿は別れて違う方向に向かっていく。二人は相手の姿が見えなくなるまで、振り返ることはなかった。

 椿と別れた響は、暗い路地裏に入っていく。そこは血の臭いが蔓延していて、響は顔をしかめる。


『ここで間違いないのかキマリス?』


『すまないね、あんな別れ方したのに。ああここで間違いない』


 路地裏には、刃物を持った小学生ぐらいの赤い鬼が立っていた。


『レッドキャップ、血を好む危険な妖精だ』


「今日は気分良く一日を終わらせたいんだ、全力で倒す!」


〈Demon Driver!〉


 響の腰にベルトが生成されると、響はキマリスのイヴィルキーを取り出して、起動させ、ベルトに挿入する。


〈Kimaris!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


「さあ、行くぜ!」


 キマリスイヴィルダーに変身した響は、キマリススラッシャーを片手に持ちレッドキャップに斬りかかるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る