生贄を求める二本角、汝の名は

 上之宮学園の休み時間に、響は自分の教室で疲れたようにため息を吐いていた。ため息の理由は、昨日のハルファスイヴィルダーとマルファスイヴィルダーとの戦闘、そして新たに契約した二人の悪魔についてだった。

 疲れた様子の響が気になったのか、達也がゆっくりと響の席に近づいてくる。そして響の席まで移動すると、お茶を口に含み響に質問する。


「よう、どうしたんだそんなに疲れた顔をして」


「お、聞くか? ホントに聞きたいのか?」


 目にクマができた響の様子に、地雷を踏んだかと考える達也であったが、「ああ」と肯定する。

 最初の内容を聞いた達也は、油まみれのスープを腹いっぱいに飲んだかのような表情になった。


「昨日のこの周辺で起きた、道路に壁ができたり、道が変わる現象に巻き込まれたのはわかる。そっからその元凶に襲われるとか、厄日か?」


「達也、お腹いっぱいな表情をしてるがまだ最初だぞ」


「俺もその現象に巻き込まれたし、大きく騒ぎになってたぞ」


「え……そんなにデカイ被害だったの?」


 響の疑問に達也は、ヤレヤレとした表情をして語りだす。昨日の騒ぎで道路や高速に壁ができたり、道路そのものが変化したせいで、バスやタクシー運輸などに多大な被害をもたらしたのだと。

 達也から話を聞いて、響は顔が青くなっていた。二人のイヴィルダーとの戦闘の外で、凄まじい被害が出ていたと思わなかったからだ。


「それで話を戻すぞ」


「ああ、襲ってきた二人の少女が双子の契約者でな。実は幽霊だったんだ」


「すまん、いきなり話を折るようですまないが、幽霊って単語が出た気がするんだが?」


「そうだよ、他の悪魔に呼ばれたって言っていたがね」


 少女で、双子で、幽霊とか情報が多すぎると、達也は思った。だがそれ以上に、聴き逃がせない情報があった。


「幽霊が悪魔に呼ばれただと?」


「キマリスの話じゃ、ソロモンの悪魔にはネクロマンサーもいるらしいから。そいつの仕業じゃないかって」


「頭が痛いな、俺たちが集めたイヴィルキーは全部で七つ。全然集まっていないのにな」


 達也の言葉を聞いて、響も表情を強張らせる。今この瞬間にも、他のイヴィルダーが暴れているかもしれないのだ。そう考えると、二人の表情は固くなる。

 そうしているうちに、学校の外から救急車と消防車のサイレンが鳴り響く。気になった二人は外に視線を向けると、救急車と消防車が校門前を通り過ぎて、遠く離れていくのが見えた。


「最近多いねー、昼間っから救急車と消防車なんて」


「たしかに少し、数が多いな」


 聞こえるサイレンに響達は他人事のように呟く、次の瞬間響達のスマホが臨時ニュースを受信する。

 臨時ニュースの発信元は地元のニュースサイトで、響達も知っている地名が記載されていた。ニュースの内容は大型トラックが突如として横転する事件が多発、と見出しが出ていた。


「達也これは」


「帰宅途中は気をつけないといけないかもな」


 流石に身近な事件となると危機感も出て、響も達也もトラックには気をつけるか、と結論を出した。


「ところで響、新しく契約した悪魔はどんな感じなんだ?」


「お、それ聞くか。朝にキマリスが撮った写真があるから見るか?」


 響はそう言うと、達也にスマホを差し出す。そこにはベットで眠る響と、両腋を挟むように胸元をはだけて、あられもない姿で眠る二人の幼女が写っていた。


「ギルティー!」


 誰が見てもロリを侍らせてる写真を見て、達也は怒りに燃えてアイアンクローを放つ。頭部を掴まれた響は、足が床から離れて頭はギリギリと異音が鳴る。


「痛い痛い痛い!」


「何だこれは自慢か!? 自慢かこれは!」


 自分の契約した悪魔は大蛇で、響の新しく契約した悪魔は二人のロリという事実に、達也は怒りのパワーで響を持ち上げる。それを見たクラスメイト達は、いつものバカ騒ぎと判断して何も言わなかった。

 三分程アイアンクローを外そうとする響と、アイアンクローを継続しようとする達也の攻防が続いたが、それは授業開始のチャイムによって終着となる。


「今はこれで勘弁するが響、気をつけろよ」


「なんだよ、まるで俺がトラック事故に巻き込まれるような言い草だな」


「昨日イヴィルダーの事件に巻き込まれた奴だからだよ」


 軽口を叩きながら、響と達也は自分の席に戻って座るのだった。






 授業が全て終わり下校途中の響は、鼻歌を歌いながら家への道を歩いていた。響は好きな曲を口ずさむが、それは唐突に終焉を迎える。

 凄まじいエンジン音とブレーキを切る音、そして鳴り続けるクラクションが響の耳に入ったのだ。

 すぐに音が聞こえた方向に視線を向ける響、そこには暴走する大型トラックと、衝突しないように急ブレーキをかける乗用車がそこにはあった。


「ちょ、危ねえな!」


 大型トラックは暴走を続けて歩道に直進する。響は急いで道の端に移動して、安全な場所に避難する。

 そのまま大型トラックは暴走を続けて、遂に壁に衝突してそのまま動かなくなる。


(暴走は終わったか?)


 響はトラックの暴走はもう無いと判断するが、すぐにそれは間違いと気づく。うんともすんとも言わなかったトラックが、まるで誰かに持ち上げられているかのように浮遊する。


「嘘だろ!?」


 そして横転する大型トラック、撒き散らされる粉塵の中に人影が見える。響はすぐに逃げれるように準備しつつ、粉塵内の人影を注視する。


「はっはっはっ! もう五トントラックは軽いな。次からは十トントラックを狙うか」


 楽しんだかような男の笑い声が聞こえる。それと同時に粉塵が収まり、人影の全貌も見えてくる。


「イヴィルダー!?」


 響は人影の姿を見て驚く。人影の頭は牛のような頭で、赤と黒の二色のボディ、そして腰にはデモンギュルテルを装着していた。


「ん?」


 イヴィルダーは響の声を聞いて、響へ視線を向ける。まるで獲物を見つけたかのように笑い、頭部の角を手で磨く。


「お前、俺をイヴィルダーって言ったな? なら俺の生贄になってもらおうか!」


 牛のイヴィルダーは角を向けて突進する。響は急いで回避するが、イヴィルキーを取り出す暇がない。

 攻撃を回避された牛のイヴィルダーは、壁に衝突して穴を開ける。そのまま壁を破壊して再び響に視線を向ける。


「クククッ、逃げるとは生きの良い生贄だな。 今度こそ俺の角で串刺しになってもらうぞ」


 再び突進する牛のイヴィルダー。獲物となった響は、二度目は余裕を持って回避する。そのままポケットからハルファスとマルファスのイヴィルキーを取り出す。


「変身なぞさせるものかぁ!」


 響がイヴィルキーを取り出したのを見ると、牛のイヴィルダーは走って近づき、響の首を腕で締め上げる。


「あっがっぁ」


 強靭な力で首を締められて呼吸ができない響。なんとかして逃げ出そうとするが、イヴィルダーの力に勝てるはずもなく、苦痛にまみれた声を上げる。


「さあ、倒れろ! そして生贄になれ!」


 うまく呼吸もできずに意識が朦朧とする響、意識が薄れる中、響は抜け出す手段を思いつく。

 響は片腕を伸ばして親指を突き立てる、そして勢いよく牛のイヴィルダーの目に指を入れるのであった。


「がァァァ!」


 目潰しをされたことによる痛みで、大声で叫ぶ牛のイヴィルダー。そして響はなんとか自由になり、呼吸を整えるのであった。


「ヒューヒュー」


 響は大きく呼吸をしながらも、もう一度イヴィルキーを取り出す。それと同時に響の腰にベルトが生成される。


〈Demon Gurtel!〉


「さっきまでのツケは全部返させてもらうぜ」


 怒り心頭の様子の牛のイヴィルダーを睨みつけながら響は、ハルファスとマルファスのイヴィルキーを起動させる。


〈Halphas Malphas!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


 ベルトから二匹の鷹が現れると、響の周囲を飛び回り、そして響の体に光とともに一体化する。凄まじい光で牛のイヴィルダーは、目を背けてしまう。

 光が収まった後に居たのは、白と黒のシンメトリーな鳥の戦士、ハルファス・マルファスイヴィルダーであった。


「さぁ第二ラウンドだ!」


 変身を終えた響は牛のイヴィルダーへ、人差し指を向けるとクイクイと挑発する。それを見た牛のイヴィルダーは許さんとばかりに突撃する。


「貴様ぁ!」


 突撃してくる牛のイヴィルダー、それを響は軽くジャンプするだけで頭上を飛び越えて回避する。


『響、大丈夫かい?』


『おうキマリス、あいつ誰かわかるか?』


『もちろんさ。牛、炎のような意匠、生贄、それらから察するに奴はモラクスだ』


『OKモラクスね、じゃあぶっ飛ばすかぁ!』


 響は気合十分と言わんばかりに両手をぶつける。モラクスイヴィルダーは大型トラックを襲っていた、ならば全力で殴っても問題ないと、響は判断したのだ。

 地面を駆けるモラクスイヴィルダー、空を飛ぶ響、二人の影が交差するのであった。

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