二対一で勝てると思うな!

 狭い空間に二人のイヴィルダー、響の現状は端的に言ってピンチの一言に尽きた。


(さてはて、どうするかな)


「クソガキ共! コッチだ」


 響はチラリと開けた方向に視線を向けると、二人のイヴィルダーを挑発しながら走り出す。イヴィルダー達も二対一になったことで気が大きくなったのか、クスクスと笑いながら響を追い始める。


「今度は何処に逃げるのかしら?」


「逃さない、姉さんをイジメた奴は!」


 開けた場所に逃げ切った響はクルリと百八十度回ると、二人のイヴィルダー目掛けてドロップキックを放つ。

 マルファスイヴィルダーは回避できたが、先程まで響と戦闘していたハルファスイヴィルダーは避けることができずに攻撃を食らう。


「うう……」


「姉さん! よくも」


 激昂したマルファスイヴィルダーは響に対して拳を振るう、しかし軽くステップを踏むだけで回避されてしまう。


「攻撃ってのはこうやるんだ」


 拳を構えた響は、マルファスイヴィルダーの喉元へ拳を叩き込む。一撃、二撃、と何度も連続で喉元を殴る、そして遂には喉へ回し蹴りを叩き込むのであった。

 倒れ伏す二人のイヴィルダー、そんな彼女たちを響は見下しながらも構えを解かなかった。


「さあ、ギブアップか?」


「まだよ、まだ!」


「まだだ!」


 二人のイヴィルダーは両腕を広げると、空を舞い空中から響を襲う。しかし響も、何度も空からの攻撃を受けたために対策が浮かんでいた。

 響は壁に背中を預けると、イヴィルダーからの攻撃を待っていた。響の様子を見て二人のイヴィルダーは、観念したと思い突撃する。


「観念したかしら?」


「観念したな!」


 突撃するイヴィルダー、近づいてくる脅威に対して響は動こうともしなかった。このままでは壁に追突すると思ったイヴィルダーは、速度を減速させてしまう。しかしそれは響の罠だった。


「そら鴨がやってきたぞっと!」


 目に見える程遅くなったイヴィルダーに対して響は、ジャンプして膝蹴りで迎撃する。膝を叩き込まれたマルファスイヴィルダーは、衝撃で地面に墜落する。

 そのまま寝かせて置かない響は、マルファスイヴィルダーを立たせるとそのまま肘打ちで追撃する。


「ううう、この」


 フラフラになるマルファスイヴィルダーだが、響の追撃は止まない。両腋に腕を差し込むと、そのまま腰で抱きしめた後にブリッジ気味に背中から投げ捨てる。


「それ、フロントスープレックスだ!」


 勢いよく頭から地面に叩きつけられるマルファスイヴィルダー、ブリッジした体勢でいる響、ハルファスイヴィルダーはそのスキを突いて響に攻撃しようとする。


「よくも妹を!」


「二人だからって勝てると思うな!」


 響はハルファスイヴィルダーの攻撃を捌きつつ、反撃のタイミングを伺っていた。ハルファスイヴィルダーの攻撃は拙く、防ぎやすいものばかりであった。


「当たれ! 当たれぇ!」


 ハルファスイヴィルダーの繰り出す攻撃は、響に有効打を与えることはできなかった。少しずつハルファスイヴィルダーは焦りだし、放たれる攻撃は徐々に乱雑になっていった。


「当たるぜ、お前になぁ!」


 大振りの攻撃を繰り出すハルファスイヴィルダー、そのスキを突いて響は大きくジャンプすると、さらに建築物を蹴って反転する。そしてハルファスイヴィルダーの頭を両手で掴み、後頭部に膝を当てると全体重をかけてアスファルトに叩きつける。


カーフブランディング仔牛の焼印押しだ!」


 頭からアスファルトに叩きつけられたハルファスイヴィルダーは、ピクリとも動かなくなってしまう。響は心の中で「次!」と、ガッツポーズしながらマルファスイヴィルダーの方へ視線を向ける。

 確かに先程までマルファスイヴィルダーが居た所には、誰も居なかった。響は消えたイヴィルダーの姿を探すために、周囲を見回すが姿形もない。


「何処だ! さっきまでは居たのに」


 もしかして逃げられたか、と響が考えた瞬間、首に圧迫感を感じる。そして響の体は、少しずつ宙に浮かんでいくのであった。


「ががが」


 首を襲う絞めつけと体が浮かぶ感覚に響は最初戸惑うが、すぐに現状を理解する。消えたマルファスイヴィルダーが、後から響の首を絞めつけているのである。


「アハハハ、死んじゃえ! 死んじゃえ!」


 首を絞められて呼吸が荒くなっていく響。しかし急いで、かつ慌てずにレライエのイヴィルキーを起動させて、ベルトに挿入する。


〈Leraie!〉


「ひょ……憑着」


〈Corruption!〉


 ベルトから紋章が生成され、響の体を包み込む。紋章が消えると響の体は、緑のマントを羽織るレライエイヴィルダーへと変化していた。


「当たれよ、当たれぇ!」


 響は腰に釣り下げられたレライエマグナムを手に取ると、背後に向かって盲撃ちをする。

 響の背後にばら撒かれた弾丸は、大半はマルファスイヴィルダーに命中することはなかった。しかし幾分かの弾丸は命中し、その衝撃で響の首から手が離れる。


「はぁーはー」


 自由に呼吸ができるようになった響は、さっきまで出来なかった分全力で深呼吸をする。それでもマルファスイヴィルダーへの視線を、外すことはなかった。


「この、このぉ!」


 マルファスイヴィルダーは怒り心頭に成りながらも、響に向かって襲いかかかる。しかし響は冷静に近づいてくるイヴィルダーへ、レライエマグナムの引き金を引くのであった。


「なんで……」


「お前達が何で遊びたいのかは知らん、だが人を襲う時点でアウトだ」


 弾丸の嵐に飲み込まれたマルファスイヴィルダーは、フラフラと立ち尽くす。それを見た響は、少し思うところはあったが、ベルトのキーを二度押すのであった。


〈Finish Arts!〉


「ハァ!」


 右足にエネルギーを纏った響は、大きくジャンプするとマルファスイヴィルダーに向けて飛び蹴りを放つ。


「姉さん、もっと遊びたかったね」


 響の必殺の一撃を食らったマルファスイヴィルダーはそう言うと、そのまま倒れ伏し大きく爆発する。後に残ったのは、マルファスのイヴィルキーだけだった。


「え、イヴィルキーだけ? 変身してたあの子は?」


「ええ、あの子は逝ったのよ」


 ゆっくりとハルファスイヴィルダーは立ち上がると、クスリと笑いながら呟く。その様子を見た響は妙な違和感を感じるのであった。


「さあお兄さん、ラスト・ダンスといきましょう」


 ハルファスイヴィルダーは大きく跳躍すると、響に向かって襲いかかる。素早い動きに響は対応できず、マウントを取られてしまう。


「くっ、離れろ!」


「嫌よ、私はあの子の姉だから敵討ちと行きましょう」


 馬乗りになったハルファスイヴィルダーは、響の顔面に目掛けて何度も拳を振るう。響も何とか抜け出そうとするが、攻撃が苛烈で抜け出すスキはない。


「アハハハ! いいわねこの体勢、思う存分殴れるわ!」


 マウントされた体勢から抜け出せない響を、ハルファスイヴィルダーは心地よく殴る。一発や二発などではなく、十発以上殴り続ける。


「調子に! 乗るなぁ!」


 殴られ続けていた響であったが、ハルファスイヴィルダーが攻撃のために体を近づけた瞬間に、逆に顔面を殴リ付ける。


「な!?」


 自分が優勢だと思っていたハルファスイヴィルダーは、響に殴られたショックでバランスを崩してしまう。そのスキに響はマウントから抜け出す。


「好き勝手してくれたな!」


 抜け出した響は立ち上がると、そのままハルファスイヴィルダーの頭を掴むと膝蹴りを叩き込む。響の渾身の一撃を食らって、ハルファスイヴィルダーはそのまま地面に転げ回る。


「まだよ、まだ私達は遊び足りないのよ」


「いいや、お前はここで終わりだ」


〈Finish Arts!〉


 ハルファスイヴィルダーは狂ったように叫びながら、響に向かって襲いかかかる。響は終焉を宣言するように呟くと、ベルトのキーを二度押し込む。そしてカウンターを仕掛けるように、ハルファスイヴィルダーの懐に拳を叩き込むのであった。


「あああ……終わってしまうのね」


 悲しそうに呟きながらハルファスイヴィルダーは、フラフラと響から離れ始める。そして響から十分離れると、倒れ伏して爆発するのであった。最後に残ったのは、ハルファスのイヴィルキーのみであった。


「この子も変身した子が消えた?」


「この辺りの残留した気配から察するに、もしかして彼女たちは生きた人間じゃないのかな」


 響の疑問に答えるように、キマリスが影から現れる。二人が悩んでいると、二人を包み込むように霧が発生する。


「なんだ!?」


「気をつけて響!」


 霧の中から先程まで戦った、二人の少女がステップを踏みながら現れる。先程までの険悪な雰囲気はなく、笑いながら響達に話しかける。


「ありがとう、これで私達は自由だ!」


「私達、あっちから怖い悪魔さんに呼ばれたの。名前は……ビフロンだったかしら? まあいいわお礼にこれをあげる」


 少女達はゆっくりと近づくと、響にハルファスとマルファスのイヴィルキーを手渡す。キーを受け取った響が、再び少女達へと視線を向けると、少女達の姿は影一つ無かった。


「キマリスどういうことだ!?」


「つまり彼女達は誰かに呼ばれた、幽霊ってことだね」


 キマリスに告げられた事実に響は、ゾッと背中を震わせる。しかしすぐにこの騒ぎも終結するなと、考えたらすぐに気は楽になった。


「彼女達は還ってしまいましたね、マルファス」


「そうだね、でも新しい契約者は見つけられたね、ハルファス」


 消えた二人の少女達とは違う声が、響の耳に聞こえる。声が聞こえた方向に視線を向けると、肌を露出した服を着た、金髪の少女と銀髪の少女が立っていた。

 ハルファス、マルファスと呼び合う少女達は、笑顔で響の元に近づく。そして響の左右の腕を体で絡ませる。腕に感じる柔らかい感触に、響は顔を赤く染め「なっ」と声を上げてしまう。


「では今後ともよろしくお願いしますね、マスター」


「今後ともよろしくね、マスター」


 二人が同時に言うと、響の手の甲に二つの紋章が現れてすぐに消える。そしてハルファスとマルファスのイヴィルキーは光になり、一つのイヴィルキーになるのであった。


「何で!? 何で!?」


 いきなり二人の少女にマスター呼びされたこと、次に勝手に契約されたこと、そして最後に二つのイヴィルキーが合体したこと、響を襲う現実に響は困惑の声を上げるのであった。

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