汝、二十の軍団を従える侯爵なり

 キマリスと響が出会って次の土曜日の昼、響と琴乃は昼食をとっていた。しかし二人の間には微妙な気まずさが漂っていた。


(気まずいせいで、料理の味も分かりづらい)


 原因は単純である、ここ数日琴乃が怪我をした響の体を見たからである。レライエイヴィルダーからの太ももと肩への矢傷、サラマンダーから噛まれた首元と両腕の火傷。絶え間なくできる怪我に琴乃は響に詰問するが、響は「喧嘩でできた傷」と詳しいことは何も話さなかった。


「ねえ兄貴」


「なんだ琴乃?」


「明日、買い物に付き合ってよ」


 いきなりの提案に困惑する響、そんな響を見て琴乃は上目使いをして「駄目?」とさらに問いかける。琴乃は響が贔屓目に見ても美少女である、そんな琴乃からいきなり上目遣いをされた響は少し頬を赤らめてしまう。少し悩んだ末に響は頬を指で掻きながら「いいぞ」と了承するのであった。


「ホント! やった、久しぶりに兄貴と二人で外出だね」


 琴乃は嬉しそうに大きく手を回し喜ぶ。そんな琴乃の様子を見て響は、最近イヴィルダーのことばかりで琴乃のことを構ってやれなかったと思うのであった。





 翌日の日曜日、すでに着替え終わって準備万端な響はリビングで琴乃を待っていた。服装はカジュアルなシャツとジャケット、そしてチノパンツと他の人間から見られても笑われない程度にキッチリとしたコーディネートであった。普段の響であればもっとラフな服装であったが、昨日の夜に琴乃から「久々に二人で出かけるんだから、私が横にいて笑われない服装ね!」と口酸っぱく言われたからである。

 そうして響がリビングで琴乃を待って数分後、琴乃がリビングに入ってくる。琴乃は赤い髪をツインテールに結び、白い無地のシャツに赤と白のチェックのスカートを着ていた。


「おまたせ、待った?」


「いや、そんなに」


 何気ない兄妹の掛け合いに琴乃は少し楽しそうな表情を浮かべる。そんな琴乃を見て響は首をかしげるが、琴乃は「何でも無い、行こ!」と響の手をとって玄関に向かうのだった。






 家を出た二人はショッピングセンターへの道を歩いていた。道中琴乃は嬉しそうに響の手を取り、先導しながらゆっくり歩いていく。


「そういえば琴乃、今日は何処行くんだ?」


「兄貴はなんも考えてなかったの? まあ行くのは駅前のショッピングセンターだけどね」


「どっか特別な所に行くでもなく、ショッピングセンターかよ」


「いいのよ、兄貴と出かけるのが良いんだし」


 琴乃は数歩先に歩きくるりと一回転して、響を見つめる。じっと見つめるその視線に響はこそばゆくなって、頬を掻く。そんな響の様子を見て琴乃はにへら~と嬉しそうに顔を崩すのであった。


「ショッピングセンターに着いたらまず何処行く?」


「うーん、服かな。新作の夏物とか見たいし」


 二人はショッピングセンターに着いたら何処に行くかを思案しながら歩いていた。そして目的地のショッピングセンターが視界に入る距離になった時、僅かな違和感を感じる。


「ねえ兄貴、なんか熱くない?」


「たしかに熱いな、それになんか騒がしい」


 まるで近くで何かを燃やしてるかのような熱さを感じる二人、そして人の多いショッピングセンターの近くとはいえ普段よりやけに騒がしい。注意して辺りを見回すと、とある方角から人がこちらに走ってきてる事がわかる。そしてその人々の表情は恐怖、焦り、警戒、苦しみと普段しない表情ばかりであった。


「兄貴なんなのこれ」


「分からない、けど何かが起こってるはずだ。琴乃、お前ここにいろ」


「兄貴は?」


「様子を見てくる、大丈夫すぐ戻ってくるから」


 心配する琴乃、そんな琴乃を見て響は親指を立て笑顔を見せる。それを見た琴乃は、少し不安げな表情をしながらも頷いた。安心したように響は琴乃の頭を撫でて、騒ぎの中心へと走って行った。


「熱いな、どうなってるんだこりゃ」


 十分程走った響は光景を見て唖然とした。道路にある道路標識や看板は真ん中から折れていて、また車道にある車は全て炎上しており、凄まじい熱を持っていた。そして逃げ遅れた人々が叫んでいた。

 まるで地獄のような様相に響はすぐに行動を開始した。まずは足を怪我して逃げれない人が居ないかの確認、次にこの騒ぎの原因を探し始めた。


「あ、立てますか? 急いで逃げてください!」


 足がすくんで動けない人を立たせるなど、救助活動に勤しんだ。しかし、この地獄のような場所を作った元凶には会えなかった。


「どこだ、何処にいる」


 中心に近づく響、炎はどんどん酷くなっていき、呼吸もままならない。歩いてるその時、響の耳に甲高い声が聞こえる。生存者がいるのかと響は音の元へ走り出すが、まるで炎が生きてるかのように響を襲う。


「ぐっ、熱い!」


「ホーホホホホホホ、おやまだ生きてる人間がいましたか」


 響の眼前に影が降り立つ。その影の正体は、赤い翼を持った鳥のような怪物であった。炎をまとい、炎を操る怪物は奇怪な笑い声を上げながら響に手を向ける。すると炎は命を持ったかのように響へと襲いかかる。炎は響の全身を飲み込み、そして炎は何もなかったかのように揺らめくのだった。



「ホーホホホホホホ、愚かなグズでしたね」


「誰が、グズだって?」


〈Corruption!〉


 炎が剣で切り裂かれたかのように真っ二つなると、キマリスイヴィルダーに変身した響が現れる。鎧は多少焦げているものの、五体満足であった。


「もう一度言ってくれ、誰が何だって?」


『キマリス、あいつは?』


『僕たちと同じベルト、炎を操る、そして赤い鳥、それらの特徴から見るとあいつはフェネクスだ!』


 指を指して挑発する響、その精神世界ではキマリスと怪物の正体――フェネクスイヴィルダーへの当たりをつけていた。挑発されたフェネクスイヴィルダーは頭に血が上ったのか、炎を纏って上空から響に向かって突撃する。


「ホホホ、同族ですが愚かですね。では死になさい!」


「は、言ってろやクソ鳥! わざわざ今日に暴れやがってよ」


 響は突撃してくるフェネクスイヴィルダーを迎撃しようとするが、高速で飛来するフェネクスイヴィルダーは速く、みぞおちに一撃を貰ってしまう。再び上空に戻ったフェネクスイヴィルダーは旋回すると再び響目掛けて突撃する。

 響も一度見た技を何度も食らう程のバカではないので、近づいてくるフェネクスイヴィルダーにタイミングを合わせて、頭部へ飛び膝蹴りを放つ。フェネクスイヴィルダーの頭からガッと鈍い音が鳴る、頭部にダメージを受けたフェネクスイヴィルダーは地面に墜落し、頭を抑え悶え苦しむ。


「どんなもんよ、俺の蹴りの味は」


「あああ痛い、よくもよくもやってくれたな下等な生物の分際でぇ!」


「ああ? そんな変わらないだろ、俺もお前も悪魔の力を使って変身する、そこに下等も上等もねえだろうが!」


 響は倒れているフェネクスイヴィルダーを仰向けにして、背中に乗る響。そのままフェネクスイヴィルダーの両肩を膝の上に乗せ、首から顎を両腕で掴んで海老反り状になるように引き上げる。


「ほーら、キャメルクラッチだ!」


「がああああ」


 海老反りになっていくフェネクスイヴィルダーの体からメリメリと骨が軋む音が鳴り響く。背骨や首などを重点的に責めるキャメルクラッチを受けてフェネクスイヴィルダーはうめき声を上げていく。

 このまま技を決めつつ、必殺技で終わらせると考えていた響の頭に衝撃が走る。なんだと思い衝撃が来た方向を見ると、パトカーが周囲を囲んでおり警察官が銃を向けていたのであった。衝撃は拳銃の弾が響に当たったことで起きたのである。


「A班からD班までは鎧の怪物を撃て! 残りは鳥の怪物だ!」


 警察官達は響とフェネクスイヴィルダーに向けて銃を撃つ。無論イヴィルダーに銃はあまり効果は無いが、警察官に撃たれるというショックからか響は両手で頭を守ってしまう。


「ホーホホホホホホ、やはり愚かですね」


 フェネクスイヴィルダーの声を聞いて響は、技のロックが甘くなったことに気づく。フェネクスイヴィルダーは響の下から抜け出すと、上空で旋回し響の体を抱き抱える。


「何をする!?」


「ホホホ、お前にも空の素晴らしさを教えてやりましょう」


 フェネクスイヴィルダーはそう言うと空高く飛んでいく、響も逃れるように殴りかかるが、体勢が不安定のため有効打にならない。上空五百mまで上昇したフェネクスイヴィルダーはそのまま凄まじい速さで垂直に急降下していく、そして地上十mで響を離して地上に落下させる。


「ぐううう」


「ほほほ、痛いでしょう。それがお前の罰なのよ」


「うるせえぞ、このクソ鳥」


 高所から叩きつけられた痛みに立ち上がることすらできない響、それを見てあざ笑うかのよう見下すフェネクスイヴィルダー。そして周囲の警察官達は見守りながらも二人を狙っていた。

 周囲の警察官達を見てフェネクスイヴィルダーは高く飛び上がる、逃げ出し始めた怪物を逃さないように警察官は銃を撃つが、縦横無尽に空を飛ぶフェネクスイヴィルダーに弾は当たらない。


「ほほほ、今回はこれぐらいにしてあげましょう。お前はそいつらに撃たれて死ぬのよ」


「ま、待ちやがれ!」


「ホーホホホホホホ」


 痛みで体を動かせない響は、残った力を振り絞って手をのばすがフェネクスイヴィルダーはその場を去っていく。その場に残ったのは倒れ伏した響と、包囲している警察官のみとなった。全ての銃口が響に向けられる、響は立ち上がろうとするが、動き出した瞬間銃声が響く。


「撃て!」


「痛くないんだ、だけど辛いな」


『馬鹿なこと言ってないで、逃げたまえ響』


『ああ、そうするぜ』


 数え切れない程の弾丸が響に命中するが、イヴィルダーの体に貫通することなく外皮で止まる。さすがにこのまま撃たれ続けるのはまずいと考えたのか、響は強靭な脚力でその場を後にする。





 騒ぎの中心から逃げ出した響は、誰も居ないことを確認すると変身を解除した。そしてすぐさまポケットからスマホを取り出し桜木千恵に電話を掛ける。


「はい桜木です。加藤君どうかしたの?」


「すいません先生、上之宮駅近くでイヴィルダーが暴れてました。しかも逃してしまいました」


「え! 加藤君は大丈夫なの?」


「ま、まあ大丈夫ですよ」


 心配する桜木の声に響は平穏を装うが、すぐさま「声が辛そうよ」と返されてしまう。さすがに隠せないと思った響は、先程の戦闘で起きたことを桜木に話した。


「ごめんなさい。私達の通達した情報が警察全体に届いていなかったみたいね」


「いや先生が謝ることじゃないですよ、それより暴れてるイヴィルダーはフェネクスですから気をつけてください」


「ええわかったわ、こちらの手の者を出発させるわ」


 電話を切り琴乃の元へ急ぐ響、その場を去る瞬間「ちょっとキツかったな」と一人ぼやくのであった。

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