日常は変わりゆく

 時計が十一時を指そうという時、響は自分の教室で休み時間を謳歌していた。家から持ってきたお茶を飲みつつ、達也この漫画のここが面白いなどと他愛ない会話をする、彼が大切にする日常そのものであった。しかしその日常は簡単に終わりを告げる。

 会話を楽しんでいるなかに突如響のポケットからバイブ音を感じる、すぐに達也に断りを入れてスマホの画面を見る響。画面には椿からのメールが一件受信していることを告げていた、昼食の誘いかなとすぐに内容を見る響だがすぐにその認識を改める。

 メールの内容は家庭科室、助けて、と単語のみで書かれており、また画像が添付されていたため響は中身を確認するが、中身は赤いトカゲのような怪物が家庭科室にいるものだった。

 メールの中身を見た響の表情を真剣なものとなる。


「達也、悪いけどトイレに行ってくる」


「何を言ってるんだ、もうすぐ授業が始まるぞ」


「すまん、先生にはなんとか言っといてくれ」


 響は両手を合わせてお願いのポーズを取ると、すぐに教室を抜け出す。それを見た達也は、急に大便でもしたくなったのかと考えていた。




「はーはーはー、広いんだよこの学校!」


 響は急いで廊下を走り、階段を駆けていた。エレベーターを使うことも考えたが、もうすぐ休み時間が終わろうとしている時間なので利用者が多くなり、目当ての階層に着けるか分からなかった。

 廊下を走れば教師に注意されるが、それでも足を止めることはなかった。走って、走って、走って、ようやく家庭科室のあるフロアにたどり着いた響。息も絶え絶えだがそれでも走り続けてると、生徒達が家庭科室から逃げ出しているのが見えた。

 生徒達は恐慌状態になっており、慌てて逃げ出してる様子だった。一番後には椿と教師が走っており、追うように廊下へ怪物が出てくるのだった。

 怪物を見た響は廊下に備えてあった消火器を手にして、怪物の元に走る。椿達の元に着いた響は、怪物に向けて消火剤をばら撒く。


「椿君、遅くなった。先生を連れて逃げてくれ」


「先輩!」


「君はどうするんだね!」


「いいから早く!」


 響の切羽詰まった声に、教師は従って椿と共に響の後に移動する。響は二人が見えなくなるまで消火剤をばら撒いていくが、すぐに消火剤は切れてしまう。怪物は消火剤を掛けられたことに苛ついたのか、口元から火を出しながら殴りかかる。響は消火器を投げ捨てて身軽になり、身を反らして攻撃を回避する。


『響、こいつは火の精霊サラマンダーだ』


『火の精霊ぃ? まあいいや、校舎のこともあるからレライエはだめだな』


 響は怪物――サラマンダーから大きく距離を取り、ポケットからイヴィルキーを取り出そうとした瞬間、サラマンダーは炎のブレスを吐き出す。炎のブレスは勢い良く廊下から響まで燃え移っていく。


「火ぃ! 熱い熱い熱い」


 まさかの炎のブレスに響は驚くが、それ以上に火がYシャツに移り上半身が火達磨のようになってしまう。上半身を襲う熱に耐えながらもYシャツのボタンを勢いよくちぎり、Yシャツを脱ぎ捨てる響。両腕は少し焼け焦げているが、すぐに脱ぎ捨てたため大きな火傷はなかった。

 怒りに燃える響はポケットからイヴィルキーを取り出し、イヴィルキーを起動スイッチを押す。


〈Demon Gurtel!〉


「やりやがったな、このクソトカゲ!」


〈Kimaris!〉


「憑着!」


〈Corruption!〉


 響の周囲を鎧が宙を舞い、響の体に装着されていく。キマリスイヴィルダーとなった響はサラマンダーに向かって飛び、フライングボディプレスを仕掛ける。サラマンダーも負けじと響を迎撃するが、勢いの乗った体当たりに押し負けてしまう。

 立ち上がった響はすぐにサラマンダーに殴りかかる、サラマンダーも攻撃を防いで響の両腕を掴みとる。しかし響は焦らずにすぐに後に下がりサラマンダーのバランスを崩す、そしてそのまま背中から地面に倒れ込むと、サラマンダーの腹に両足蹴りを叩き込む。腹部への一撃にサラマンダーは両腕のロックを外してしまい、そのまま天井に叩きつけられる。

 響はすぐに立ち上がり落ちてきたサラマンダーを肩に乗せると、体を回転させてサラマンダーの平衡感覚を狂わせ、そのままサラマンダーを頭から地面に叩きつける。


「しゃぁ、オラァ!」


「ガァアアア」


 ガッツポーズする響、対称的にサラマンダーは怒りに叫び声を上げる。サラマンダーは大きく走り出すと、響に向かって組み付き始める。そのままサラマンダーは大きく口を開けると、響の肩に向かって全力で噛みつく。


「ぁぁぁあああ!」


 噛みつかれた響は痛みに叫び声を上げ、サラマンダーを離そうとするが、肩に噛み付いてる力は強く離れようとしない。口に手を突っ込み離そうとしてもびくともせず、さらに噛み付く力は強くなる。対処法に悩む響だが、すぐにサラマンダーの頭を左手でロックして右手で顎を何度も殴る。

 最初はサラマンダーも効いてなかったが、響が何度も顎を殴り続けるうちに噛み付く力が弱くなっていく。響は肩への噛みつきが弱くなったことを感じると、すぐに両手でサラマンダーの体を持ち上げ脳天を地面に叩きつける。


「痛えだろ、このクソトカゲ!」


 響は叩きつけられた衝撃でもがいてるサラマンダーの口の中に足先を突っ込むと、そのまま口内を蹂躙するかのように足を動かす。サラマンダーは痛みで暴れだすが、すぐさま響はもう片方の足でサラマンダーのみぞおちを踏みつける。一分ほど口内への攻撃が続くが、サラマンダーが火を吐き始めたことで終わりを告げる。足先に熱を感じた響はすぐに後に引くが、それでも火を吐き続ける。

 廊下が火の海になると校内に備え付けられていたスプリンクラーが起動し、廊下中に水が撒き散らされて日は消火して、校内中に警報が鳴り響く。このままだと騒ぎが大きくなると判断した響は、サラマンダーの体を抱きかかえると窓を叩き割り、校内を飛び出す。


「階層のこと考えなかったけど、めっちゃ高い!」


『バーカ、響のバーカ!』


 地上に着地するとサラマンダーは暴れだして響から離れだす。逃げられまいと体を掴む響だが、サラマンダーは口から火を吐き距離を取る。

 どうにかしようと考える響の耳に、遠くで避難している生徒の声が届く。このままサラマンダーと生徒が鉢合わせてしまうことを危惧した響は、迅速にサラマンダーを対処することを決断する。

 キマリススラッシャーを手に生成する響、それを見たサラマンダーは飛びかかるが、狙いすましたかのように前に突き出されたキマリススラッシャーに命中しあえなく撃墜する。すぐに響はキマリススラッシャーでの攻撃を開始する、袈裟切り、唐竹、逆風、連続して放たれる攻撃にサラマンダーはなすすべもなく攻撃を受けていく。攻撃の衝撃で後に下がるサラマンダーだが、響は追撃として全力で突きを放つ。

 全身を襲う痛みでこの場から逃げ出そうと背を向けるサラマンダーだが、決意を決めた響から逃げれるはずもなく飛び蹴りがサラマンダーを襲う。響は蹴った衝撃で空中で一回転して後方に着地する、そしてベルトからイヴィルキーを取り出しキマリススラッシャーに装填する。


〈Slash Break!〉


「これで終わりだ!」


「シュルルルルルルルゥ!?」


 サラマンダーに巨大なエネルギーを纏ったキマリススラッシャーが振り下ろされ、爆発する。爆発が晴れた後にはサラマンダーの跡はかけらもなかった。それを確認した響は変身を解こうとするがキマリスに止められる。


『ストップだ響、そのまま変身を解いたら君上半身裸だぞ。それに首の傷もなんとかしないといけないし』


 キマリスの忠言を聞いてどうするか悩む響、そうしてるうちに爆発音を聞いた生徒たちが近づいてくるのを確認した。


『やばいな、とりあえず保険室に逃げ込むか』


 逃げることを決めた響の行動は早かった。校舎の壁を蹴り、その勢いを利用してさらに高い壁を蹴って屋上まで移動するのであった。



「てなわけで、家庭科室に出現したサラマンダーは倒しましたよ」


「お疲れ様、加藤君。これ替えのYシャツ」


 保健室に急行した響は、首の傷と腕の火傷を千恵に見せた所すごい剣幕で怒られた。彼女曰く「もっと体を大事にして」と、そのまま響は泣き顔の千恵に軟膏と消毒液を塗られて、そのまま傷口を隠すように傷パットを貼った。そのまま保健室に置いてあった予備のYシャツを貰い、無事元の格好になった。

 その後響は家庭科室で起こった顛末を報告、千恵も学校側がこの後どういう対応をとるのかを響に教えた。


「学校としては、家庭科室で不審火が起きたこととして処理する事になったわ。とりあえず次の授業は無しでその後は再開よ」


「あーじゃあ無くなった授業の穴埋め、どっかでしないといけないですね」


「それより君、クラスのみんなに顔出した? 避難命令が出てたのよ」


「あーそですね、顔出してきます」


「はい、お大事に」


 保健室を後にする響、それを千恵は少し悲しげに見送っていた。





 教室に戻った響は、クラスメイト全員から心配を掛けられていた。特に担任からは「何処に居たんだ」と怒られるしまつある。


「心配を掛けてすいませんでした!」


 全力で謝った響を見てクラスメイトも一安心したのか離れていく、そんな中達也だけは響のそばに残った。


「でなんで避難の時に居なかったんだ?」


「トイレでしつこい奴をしてて顔を出せなかったって、言ったら信じるか?」


「フン、今回はそれで信じておくよ」


 そう言うと達也は響の元を去っていった。近くに誰も居なくなった席で響がのんびりしていると、スマホに一件のメールが届く。差出人は椿で、内容は「今から中庭に来れますか?」というものだった。授業再開の告知が書かれた黒板を確認すると、次の授業までまだ時間はあったため中庭に赴く響だった。





 中庭に着いた響を見て、椿は嬉しそうに駆け寄ってくる。それを見た響は尻尾があったらブンブン振ってそうと思っていた。


「先輩、大丈夫でしたか?」


「ああ、何とかね」


 サラマンダーとの戦闘で負った傷のことは隠して、笑顔で答える響。それを聞いた椿は申し訳なさそうにポケットからハンカチを取り出す。


「あのこれ授業で作ったんですが、少し壊れてしまって」


 彼女がハンカチを開けると、そこには少し壊れたクッキーがあった。それを見た響は「一枚もらうね」と一枚とって口にする。見た目は悪くとも、味はしっかりしていて、ほのかに甘かった。


「うん、美味しいよ」


「本当ですか! 良かったです」


 響は笑顔の椿を見て、この顔は自分が守れたものなのだと思えた。

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