明かされしtruth

 足元に転がってきたイヴィルキーを拾い、変身を解除してイヴィルダーだったモノをにらみつける響。そんな響の少し離れたところまで椿は近づく、そして爆炎が晴れた時に、イヴィルダーの正体が見え始める。


「嘘……」


「あんたは……」


 煙が晴れて二人は露わになった顔を見て驚く、たしかにその顔には見覚えがあったのだ。響は昨日、椿は何度も見たその人物は大学部から指導に来ていた大学生だった。


「ぅぅうう」


 大学生はうめき声を上げながら立ち上がると、響の手の中にあるイヴィルキーを見て響の足元に縋り付き、何でもするかのように頭を垂れる。


「返せ、返してよ! 私のイヴィルキーィィイ!」


 錯乱し泣きわめく大学生の姿を見て響は後に引く、なりふり構わないその姿勢は椿すらも何も言えなかった。


「何でそんなにイヴィルキーを欲しがるんだ? それになんで椿君を狙ったんだ?」


「決まってるでしょ! それがあればどんなに遠い的でも射る事ができる。私にはそれが必要なのよぉ!」


 彼女は数週間前にまでは弓道の成績は平凡以下だった、しかしイヴィルキーを拾ってから全てが変わった。どれほど遠い的も彼女は当てるようになった、世界が変わったと言っても良かった。だがそれも一人の高校生を見て一変する、下屋椿はそれほど弓道の才覚があったのだ。


「わかる!? 私が契約して手に入れた物を下屋は最初から持っていた、私が血を滲ませて努力しても手に入れなかったものを、コイツは十五歳から持っていた!」


 血涙を流しそうな表情で大学生は語る、悪魔と契約して手に入れた力は椿の才能に、輝きに負けたのだ。


「だから椿君を襲ったと?」


「そうよ、わかる私の気持ちが!」


 持たざる者が欲しい物を手に入れて何が悪いと彼女は語る、持っている者を妬んで何が悪いと雄弁に物語る。だが嫉妬し、憎悪し、怒り、栄光を貪欲に求めるその口は、響の無言の拳によって沈黙させられる。


「わかんねえよ。俺は妬んだり、欲しがったりするけど、人を傷つけてまで欲しいと思ったことはない!」


 口から血を流して倒れた女子大生はフラフラと立ち上がり、血走った目で響を睨みつけると首を絞めんと走り出す。


「うるさい! お前なんかに何がわかる、さっさとキーを寄越せ!」


「いや、お前との契約はここまでだ」


 いきなり聞こえた第三者の声に全員辺りを見回す、いつの間にか響と女子大生との間に一人の女性が立っていた。緑のミリタリーウェアを羽織り、男の視線を集め惹きつける容姿、腰まで届きそうなブロンドヘア、そして豊満な胸を持つ女性だった。


「レライエ! お願い私に力を頂戴、どんな力にも負けない力を!」


「何度も言わせないでもらえるかな、お前との契約はここで切れる」


 女子大生はレライエと呼んだ女性の足に縋り付き、頭を下げる。しかしレライエは女子大生を突き飛ばすと、響の近くまで移動しイヴィルキーを指差す。


「キマリスの契約者、すまないがイヴィルキーを少し借りてもいいかな?」


「お、おう」


「ありがとう、これで契約は終わる」


 響から手渡されたイヴィルキーを見てレライエは微笑む、そして女子大生の前まで移動してイヴィルキーを見せつける。

 女子大生は力を貰えるのだと思ったのだろう、先程までの表情とは一転して口角が釣り上がるほどの笑みを見せた。


「お前は狩人として失格だ」


「え……!?」


 レライエは女子大生の左手にイヴィルキーを近づけると、左手に浮かんだ紋章が粒子となって消えていき、イヴィルキーに吸収されていく。


「何で!? どうしてなのレライエ!」


「仕方ないから教えてやるさ。一つ目、お前は本来彼の最後の一撃で契約は破壊されていた、だがお前の執念は契約を守ってしまった」


「契約があるなら力をくれてもいいじゃない!」


「二つ目はね、お前は獲物を嬲ることしか考えていなかった。狩人と獲物は狩り狩られ合う関係なんだ、それを忘れたお前は嫌いだ」


「最後が重要なんだが、嫉妬も、憎しみも、怒りも、強欲も、狩人としては悪くない感情だ。しかしお前の身に余る感情は狩人として相応しくない、だから契約は破棄だ」


 レライエから告げられた言葉を聞いて、女子大生は絶望のどん底に落とされる。そんな女子大生を尻目にレライエは響に近づく。


「えっと……キマリスは君を響と呼んでいたね、人並みの感情と欲望そして殴れば殴られるという考え。私は君のことは嫌いじゃない」


 ニコニコと笑いながらイヴィルキーを響の手の上まで移動させるレライエ、そして何も考えずイヴィルキーを受け取ろうとする響。


「ああだから、今後ともよろしく響」


「え?」


「響、キーを受け取るな!」


 レライエの意図を察したキマリスは影から叫ぶが、時すでに遅し響の手にイヴィルキーが渡ってしまう。それと同時にイヴィルキーに刻印されていたレライエの紋章が響の手に描かれた。


「な!?」


「あちゃー、遅かったか」


 キマリスは顔を手で覆いながら呟く、響とレライエの間に契約は成立した事実は覆すことはできないのだ。


「何でお前がぁ、契約を奪うんだぁ!」


 女子大生は一連の出来事を見て狂乱し叫びだす。そのまま響に向かって襲いかかろうとした瞬間、女子大生の周りに砂が降りかかる。そのまま女子大生は眠くなった赤子のように目をつむり、そのまま横になって寝てしまう。


「ザントマンの砂の効果は抜群のようですね」

 

 響でも、キマリスでも、椿でもなく、レライエでもない声に全員声が聞こえた方角に視線を移す。視線の先には金髪の白衣を着た女性が立っていた。

 響と椿は女性の顔を見てすぐに誰かがわかった、彼女の名は桜木千恵、数週間前に保健医としてこの学校に来た女性だった。


「貴方は……」


「確か保健の」


「響、君知ってるのかい?」


「ああキマリス、保健医の桜木さくらぎ千恵ちえ先生だ」


 だが響は気を緩めずに桜木千恵を睨む。なぜ保健医が屋上にいるのか、そして女子大生に何をしたのか、何もわかっていないのだ。


「そう気負わないでください二人共、それより別の場所で話しませんか。お昼休憩もそろそろ終わってしまいす」


 桜木千恵は笑顔を見せて響と椿に語りかける、響は椿の顔を見ると、知ってしまった真実のせいか表情は優れなかった。椿の状態も鑑みて響は「わかりました」と移動することに同意した。


「では男の子は、そちらの寝ている子を運んでくださいね」


「うす……」


 桜木千恵、椿、そして最後に女子大生をおぶった響の順で屋上を後にしていった。





 桜木千恵に案内されたのは高等部の保健室だった、響は備え付けのベットに女子大生を寝かせて椅子に座る、椿も響の横に座る。


「えっと何から話そうかしら、私実はイギリスの大学に……」


「先生は何者なんですか?」


 いきなり自分の学歴を話し始めた桜木千恵の言葉を遮るように響は問う。それを聞いて桜木千恵は真剣な表情になり、「そうね」と一つ間を置いて話だす。


「端的に言うと、私は魔術師です。最近ばらまかれたイヴィルキーの回収任務を負いました」


「えーと先生?」


「椿君、なに言ってんだコイツみたいな顔をしない。イヴィルキーのことを俺達は言ってないから本当だと思うよ」


「ありがとうございます~、キマリスの契約者君」


 自分の本当の身分を明かした桜木千恵を胡散臭そうな目で見る椿、流石に可哀想と思ったのか響はフォローを入れる。

 そんな桜木千恵は響の名前を知らないために、響を契約者呼びをしてしまう。


「私は高等部一年の下屋椿です。疑ってすいません先生」


「あ、俺は高等二年の加藤響です。あの、イヴィルキーについて教えて下さい」


「いえ、私も説明せずにざっくり言ってしまいましたし、気にしてませんよ。それよりイヴィルキーの説明をしますね」


 そう言うと桜木千恵は語りだす。一年前イスラエルより発掘された七十二個のイヴィルキー、ソロモン王が使用していたとされるそれは適合さえ合えば素人でも深淵界アビス の力を扱うことができてしまう。

 発掘後すぐにイギリスの魔術学院に輸送されたイヴィルキーは、様々な実験や研究がされたがわかったのはイヴィルキーは深淵界アビス の住人に常に接続していることと、何らかの力を与えてやれば起動することのみ。


「でもね、魔術学院の人間には誰もイヴィルキーを適合できなかった。だから他の地域の人間なら起動できると思って、アメリカやアフリカ、ヨーロッパの各地に移送される予定だったのでも最初の日本で……」


「「日本で……」」


「何者かに奪われた挙げ句に魔力で無理やり起動させてばら撒かれたの、この周辺に」


 声を揃えて反復した二人は桜木千恵の話した事実に沈黙する。それを見て桜木千恵は二人を元気づけようとする。


「でもね、ばら撒かれたイヴィルキーを回収するために私達がいるのよ。だから安心して!」


「えっと……あの怪物は倒せるのですか?」


「うう、ごめんなさいそれは無理です」


「すいません、あの大学生はどうなるんですか?」


 椿の疑問に涙を流す真似をしながら桜木千恵は答える、話しが進まないと思い響は一つ疑問を上げる。


「良い質問ね加藤君、彼女は記憶処理してイヴィルキーのことは忘れてもらうわ」


「え……」


 桜木千恵の言葉に絶句する椿、彼女は記憶を消去するという言葉に良いイメージを持てなかった。


「ごめんなさいね、下屋さん。加藤君はともかく暴走する契約者なんて居ても問題しかないの」


「わかりました、桜木先生お願いします」


「ありがとうね、下屋さん」


 桜木が礼を言うと同時に昼休憩の終わりを告げるチャイムが鳴り響く、それを聞いた桜木は急いで教師向けに遅延証明書を二枚書き始める。


「いけない、下屋さんはこれを持って授業を受けに行って、加藤君は悪いけど少し残ってね」


「わかりました。先輩、先に失礼しますね」


 椿が去った保健室二人の表情は真剣そのものであった。


「ねえ、加藤君あなたは他のイヴィルダーと戦えるかしら?」


「戦いますよ、家族の無事と日常を守るために」


「ごめんなさい、そしてありがとう」


 響表情を見て桜木は本気と判断して頭を下げる、響は教師に頭を下げられてしまいどうすればいいか焦ってしまう。


「さあ、こんな所でゆっくりしてないで授業に行きなさい」


「はい!」


 桜木は「あっ」とした表情で急いでメモに何かを書き出し、響に渡す。


「あ、ごめんなさい。これを渡し忘れたらいけないわ」


「なんです、この番号?」


「私達魔術学院の関係者に繋がる電話番号よ、イヴィルダー関係があればこの番号に掛けなさい。それと下屋さんにも教えといてね」


「わかりました」


 響はメモを受け取ると保健室を後にしていく。


「悲しいものね、子供に戦わせて私達はサポートしかできないなんて」


 桜木と女子大生のみになった保健室で、桜木の言葉は虚しく消えていった。






 放課後、全ての授業が終わり学校を出ようとした響は校門近くに立っている椿を見つける。


「あ、先輩一緒に帰りませんか?」


「ああいいぜ。あの椿君今日嫌なことあったろ、何かカフェで奢るよ」


「いいんですか! ちょっと高いケーキでも頼んでも!?」


「いいぜそれくらいなら」


 椿は奢ると聞いて嬉しそうに笑う、そんな椿を見て響は今日彼女の笑顔を守れたのだと思うのであった。


「あの先輩……私戦えないですけど、何でもしますから先輩のお手伝いさせてください」


 響は椿の言葉を聞いてギョッとした表情になる、しかし椿の真剣な表情を見て止めれないと思い「ありがとう」と答えてしまう、ポケットに入った電話番号の書かれたメモを握りしめながら。

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