屋上での死闘
上之宮学園の校舎の屋上は基本的に施錠されておらず、誰でも出入りする事は可能である。しかし校舎自体が高い建物のために屋上に出入りする生徒は多くはない、いたとしても科学など授業のために使用することぐらいしかなかった、今日この時までは。
「見つけたぜぇ、この芋スナ野郎!」
校舎の壁を走り遂に響は屋上にたどり着く、そして今まで見えなかった射手の姿を捉えることができた。その姿は緑のフードが着いたマントをまとい、弓をもったイヴィルダーが狼狽えていた。
『ふむ、緑の衣に弓か……響こいつの名前はレライエもしくはバルバトスのどちらかだ』
『名前なんて知ったことか、とりあえず殴り倒すだけだ』
『いや、名前が分かれば能力にも想像つくからね響』
「さっきの矢は痛かったぞおらぁ!」
キマリスの忠告を無視して響はイヴィルダーに向けて殴りかかる、今の響は普通の二足歩行ではなく四足歩行のためにイヴィルダーは反応できずに、一発顔面に拳で殴られる。
殴られた衝撃でイヴィルダーは地面を転がるが、横になったまま弓を構え矢を放つ。放たれた無数の矢は風を切り響を襲うが、響は右へ左へ移動して回避する
「危ないことをするな君は! あいつがレライエだったら矢傷から細胞が壊死するかもしれないんだぞ!」
「え?! それ初耳何だけど」
キマリスの忠告を聞かない響に埒が明かなくなったキマリスは、遂に実体化して響の耳元で叫ぶ。それを聞いた響は四足歩行を解除して、床を大きく転がり無数の矢を避け始める。ようやく危機感を持った響を見てキマリスは、大きくため息をつく。
「ようやくあいつの危なさがわかったかね君は、まあ矢が危険なだけでそれに注意すればいいだけさ」
「よっしゃ、サンキューキマリス」
「まったく後は君に任せるよ響」
キマリスはそう言うと、実体を影に潜らせて消え失せる。見送った響は矢に注意しながらも、イヴィルダーに対して構えを取る。互いに見つめ合いながらも間合いを図り続ける、遂にはら埒が明かなくなったのか響は手を動かし来いと挑発し始める。
響の挑発を見てイヴィルダーは頭に血が上り矢を放ち始める、響は距離を詰めずに左右に動くことで矢を回避しながら隙を探し続ける。
「死ね!」
放たれる続ける矢を回避しながらイヴィルダーの動きを観察していた響は、隙を見つけて一気に距離を詰め始める。
「よぉ、始めましてだな」
「くぅうう」
距離を詰めた響はイヴィルダーの矢を持つ右手を左手で掴み、顔面に向けて連続でパンチを放つ。一撃、二撃、三撃、繰り出される攻撃にイヴィルダーはフラフラになるが、攻撃の合間に響の左手を引き寄せて一本背負いの体勢に移る。
「離せ! この下郎め」
「痛ぅ」
地面に叩きつけられた衝撃で響はイヴィルダーの腕へのロックを外してしまう。イヴィルダーは距離を取り自由になった腕を使い、響に向けて矢を放つ。襲いかかる矢に対し響は地面を転がり避けていく、遠距離で攻撃できる手段が無い以上時間が経てばイヴィルダーの方が有利になっていく、そう考えた響は攻め手に出るしか無いと判断する。
「調子こいてるんじゃねぇぞ!」
再びイヴィルダーとの距離を詰めた響は、また矢を撃たせないために今度は弓を持つ左手を狙い始める。手刀、フック、頭部へ目掛けての回し蹴り、響が繰り出す連続攻撃にイヴィルダーは徐々に防戦になっていく。
そして弓を持つ手の力が緩んだ瞬間、響は弓そのものを狙って攻撃を続けた。遂に響の放った右ストレートが弓に直撃して地面に転げ落ちる、イヴィルダーは焦って弓を視線で追うがその隙を逃す響ではなかった。
間合いを詰めた響はイヴィルダーの両脇から両腕を通し、首の部分で両手を握りダブルアーム・スープレックスの体勢になりそのまま後ろにブリッジしてイヴィルダーを投げ飛ばす。
床に叩きつけられたイヴィルダーは弓を取り戻すべく動こうとするが、すぐさま響の追撃が入る。響は間髪を容れずにイヴィルダーの左手を掴み脇固めを掛け始める。
「痛い痛い痛い!」
「うるさい! いきなり生身の人間に矢を撃つやつが言うな」
技を掛けられた痛みでイヴィルダーは悲鳴を上げるが、そんなことなど知ったことではない響はより強く技を決め続ける。ギシ、ギシ、ギシ、とイヴィルダーの脇と肩から軋む音が鳴り響く、イヴィルダーからは苦悶の声が漏れ始めるが一向に技は緩む気配はない。
「そのままいけよやぁぁぁぁああああ!」
叫び勢いを付けてロックを強くする響、このまま永遠とイヴィルダーに技を掛け続けるそう思っていたが、屋上の扉が勢いよく開かれてそちらに視線を向けてしまう。
「先輩大丈夫ですか!」
「椿君!?」
屋上に現れたのは校舎内に逃げたはずの下屋椿だった。椿の姿を見た響は、動揺してイヴィルダーへの技のかけ具合が甘くなる。イヴィルダーは脇固めの拘束が緩んだ一瞬を付き技から抜け出し、立ち上がり椿の元へと駆け出し首を絞めようとする。
「死ねぇ、下屋!」
「何やろうとしてやがる!」
技を抜け出し走り出したイヴィルダーを追い響も追いかけ始める。椿を襲おうとしているイヴィルダーの後ろに追いつき、腰を両手で抱えてバックドロップの体制に移り、そのままバックドロップを仕掛ける。
すぐに響は両手を離してイヴィルダーの前に立ち塞がる。イヴィルダーは一瞬椿へ視線を向けるが、響の決死のブロックに先にコイツを倒さねばと結論に至る。
響は椿を守るように前に立ち、イヴィルダーと向かい合う。両者はジリジリと互いに間合いを取り無音で相手の隙をうかがう、椿には屋上に吹きすさぶ風の音しか聞こえなかった。そして椿のゴクリとつばを飲み込む音が屋上に響いた瞬間、両者は動き出す。
「死ねやぁ! このオスザルめ!」
「手前が死ねよやぁー!」
駆け出す両者、イヴィルダーは首を締めようと両手を突き出すが、響は走り出しすぐにスライディングに移す。高速スライディングを実行した響はイヴィルダーの両足の合間を抜け後方を取る、そのまま飛びかかり両足を肩車のような体勢に移してイヴィルダーの両腕をロックする。
イヴィルダーは倒れ込もうとするが、両腕を足でロックしている響が体を前後に動かして倒れないように制御する。
「がぁぁぁあああ! 離せぇえ」
イヴィルダーは怒りの声を上げるが、響は聞こえる声を無視して両肘を鋭く曲げてエルボーの体勢に移る、そしてイヴィルダーの頭部に向けて肘打ちを連打する。
無言で放たれるエルボーの嵐にイヴィルダーは悲鳴を上げるが、響はそれを聞いても攻撃の手を止めることはなかった。むしろ両腕への拘束を強くしていき、続けられる肘打ちに遂にイヴィルダーの頭部から血が流れ出す。
肘に血が突こうとも響は攻撃をやめない、むしろそのまま血よ流れ出ろと言わんばかりに頭部へ攻撃が続く、そしてイヴィルダーの足元には血溜まりができ始めていた。
椿は目の前の惨劇に口を手で隠しながらも見続けていた。血を流している相手は自分を殺そうとした存在で、攻撃してるのは自分を守ってくれた先輩だからだ。椿は心を強く持ちこの戦いを最後まで見届けると心に誓った。
イヴィルダーの頭部への連続攻撃が続いて二分が経ち、既にイヴィルダーは痛みに耐え切れず膝を付いていた、それでも響は攻撃を止めないでいた。
「調子にぃ! 乗るなぁ」
「……っ何ぃ!?」
雄叫びを上げたイヴィルダーは右手に矢を生成して、響の太ももに勢いよく矢を刺す。太ももに走る鋭い痛みに響は背中から地面に落ちてしまう、太ももに視線を走らせると傷は酷く爛れていた。
イヴィルダーは立ち上がり椿を目標に指を指して、ベルトのイヴィルキーを一度押し込む。
「ハハハァ! 死ねぇ」
〈Unique Arts!〉
「やらせるか、ボケェ!」
狂ったように笑うイヴィルダーの周囲に数え切れないほどの矢が生成され、椿に目掛けて一斉に矢が襲いかかる。太ももの痛みに耐えながらも響は椿を守るために全力で走り出す、間一髪矢が椿に命中する直前に、響は椿の前に仁王立ちして矢を体で受け止める。
全身に襲う耐え難い痛みに口を噛み締めながらも守り続ける響、その光景を見てイヴィルダーは笑い声を上げていた。
「何が、何が可笑しい!」
「可笑しいさ、惨めなお前と怯える下屋を見るのは気持ちがいい」
「お前ぇ!」
嘲るイヴィルダーの言葉に怒りをあらわにする響、キマリススラッシャーを手に生み出しイヴィルダーへと駆け出す。袈裟切り、右薙ぎ、右切り上げ、唐竹、と連続でキマリススラッシャーを怒りを載せて振るう響、繰り出される猛攻にイヴィルダーは反撃もできずに為す術もなく受けるしかなかった。
イヴィルダーは怯えて響から背を向けて逃げようとするが、響はキマリススラッシャーを槍のように投擲するとヒュンと高い音共にキマリススラッシャーがイヴィルダーの背に刺さる。逃亡しようとしたイヴィルダーは痛みに耐えきれず、その場に倒れ込む。
「ぐぁあ」
「何処へ行く?」
低く感情の籠もらない、そして殺気に満ちた声がイヴィルダーの耳に届く。響の声を聞いたイヴィルダーは歯をガチガチと鳴らしながら、許しを請うように両手を合わせる。それを一瞥した響は歩みを止めずイヴィルダーの前に立つ。
「終わりだ」
一言、響はそう告げると、ベルトのイヴィルキーを二度押す。
〈Finish Arts!〉
視認できるほどのエネルギーが響の右足に集中する、空を切る回し蹴りはイヴィルダーの頭部へと命中した。
勢いを乗せた一撃を食らったイヴィルダーはそのまま宙を舞い、屋上に設置されたフェンスに衝突し地面を転がる。うめき声を上げるイヴィルダー、そのまま苦しむと小さく爆発した。
「きゃぁ」
爆発すると思わなかった椿は小さく悲鳴を上げる。そして響の足元には見たことのない紋章が刻印されたイヴィルキーが滑り込んできた。
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