変わりゆく日常

 上之宮学園、小中高一貫校であり地上十三階の巨大な校舎を敷地内に持つ私立校である。また希望者は隣接する同じく地上十三階の校舎がある大学に進学することが可能であるため、入学を希望する生徒も多い。

 響の教室がある十二階の教室で響は眠そうな顔をしながら席に座っていた。眠そうにしている理由は簡単である、キマリスと契約した日の夜に夢の中で戦闘した直後、彼は真夜中に目が覚めてしまいその後二時間ほど眠れなかったのだ。

 欠伸を手で隠しながら窓の外を眺める響は視線を感じて周囲を見回す、見ると一人の男子生徒が近づいてきて、その後ろ姿を見ている女子生徒たちがいた。

 男子生徒は眠そうな響を夜ふかしをしたと考え、笑いながら話しかける。


「よっ、随分眠そうじゃないか」


「ふぁー、達也か昨日眠れなかったんだよ」


「それは悪いな、だが授業中に寝るんじゃないぞ」


 男子生徒の名前は立花たちばな達也たつや。響とは中等部一年からの仲で現在高等部生徒会に所属しており、響に時々手伝いを依頼することもある。響自身も内申が良くなることを狙っているために、何度も手伝いをしている。


「それで悪いが今日の放課後空いてるか?」


「あー空いてるけど、生徒会の手伝いか?」


「そうだ、詳しくは放課後に話す」


「了解ー」


 達也は「また放課後で」と言い残し去っていく、そんな彼を響は眠そうにまぶたを擦りながら見送った。





 放課後夕日が差し込む教室で眠気の抜けた響は、「準備をしてくる」と言って教室を去った達也を待っていた。

 数分待つと顔が隠れるほどの書類を、両手で持っている達也が教室に入ってくる。入ってきた達也を軽くにらみつつ響は文句を言う。


「遅いじゃないか」


「すまない、だがこれだけの量の書類を見れば遅くなるのも当然だろ」


 書類を見せつけるように軽く持ち上げた達也は響の席に書類を置き、前の席に座る。


「頼み事なんだが、この部員の詳細な書類の一部を部活動しているところに持っていって欲しい」


「俺の対応する部活はどれだよ?」


「剣道、弓道、テニス、アイススケート、バスケットボール、水泳、チアリーディング、レスリングにラクロスだ」


「全部外周りじゃないか!」


 達也の挙げた部活に響は大声を上げる。前述された部活は、全て校舎の外にそれぞれ男子・女子別に専用の部活動ができる場所を与えられている部活のため、一つ一つ回るだけでもかなり時間がかかる。また部活の規模も大きく、多くの生徒が所属しているので書類の量も多いことが確定している。


「俺の担当する分と入れ替えるか? 部活は各音楽系の部活に英語・ドイツ語・フランス語の言語研究会、囲碁将棋、文芸、書道、演劇、茶道、華道、能楽、さらに各研究会に各同好会を全て回るが」


「外回りやらせていただきます」


 達也の担当する部活を聞いて響は頭を全力で下げる。彼の担当する部活は全て校舎内に存在する部活であるが、校舎の各階層に散在しており一階から十三階までを全て回らなければならない。

 響は書類を持って校舎の外を回るか、校舎の中を回るか数秒ほど全力で悩み前者を選んだ。

 響の返答を聞いて達也は軽く微笑み、書類を半分に分けて響に手渡す。


「ああ、流石に一人で全部回るのはキツイからな、手伝ってくれてありがとう」


「これ元々一人でやるつもりだったのか?」


「いや会長に頼まれた時に、誰か一人ぐらい用意しろと言われたからな」


「それで俺かよ」


「まあそう言うな。外の部活なら大学の人も来てるかもしれないし、コスチュームを着ている可能性もあるから約得だろ」


「うーんそうか? そうかもしれないな」


 達也は響に校舎外の部活を回るメリットを提示して、行動を促すように指示する。

 響も女子大生の競泳水着、テニス、アイススケートなどのウェアが見れる可能性を考えて、表情は変えなくとも約得にワクワクしながら両手で書類を持ち教室を後にした。

 書類を持って教室を出ていった響を達也は見送る、響は表情に出していなかったが美人大学生が汗に濡れた姿を想像しているのを達也は長年の付き合いからわかっていた。


「行ったか」


 一人になった教室で達也はポツリと呟く。彼は物憂うな表情になるとポケットからゆっくりキーを取り出す、キーにはキマリスのものとは違う紋章が描かれていた。


「誰だか知らないが、俺の日常を壊す奴は許さない」


 達也はギリギリと音がなる程にキーを握りしめて呟く、その表情は大事なものを壊す者に対しての怒りだった。

 元より達也は正義感が強い人間ではないが、彼が大事とするのは友との日常や学校での生活である、そんな彼は大切な今を守るために力を使うのである。


「さて俺も書類を届けるか」


 残った書類を持ち教室を後にする達也、誰もいなくなった教室は去っていく彼に声を掛ける存在などいなかった。





 響が教室を出て校舎の外を周り、各部活に書類を届けて初めて二時間ほど経過した。すでに弓道部以外の部活には書類を届け終わったが、何もサービスシーンも約得もなかった響の表情は校内を駆け回ったことと合わせて疲れ気味であった。

 校内を歩く響の影からキマリスが頭を出して興味深そうに響に話しかける。


「わざわざ全部届けようなんて君も律儀だねぇ、途中でやめればいいのに」


「達也とはまあまあの仲だしな、最後まで手伝ってやるさ」


「へー男の友情ってやつだね」


 響の返答を聞いてキマリスはどうでも良さそうに呟きながら、そのまま影の中に戻る。響も興味を無くしたのか、そのままキマリスに話しかけずに弓道場に向かって行った。


「すいません生徒会の……」


「なんだその射形は!」


 弓道場に入った響を出迎えたのは、弓道場全体に響き渡る怒号であった。響は聞こえた声の大きさにびっくりして、弓道場の入り口に戻り隠れてしまう。

 弓道場を覗き込んだ響が見たものは、目をそらす多くの弓道部員達と怒鳴り散らす女性、そして叱られている長髪の女子生徒だった。怒鳴り散らす女性の胸元を見ると大学の方から来た証である学生証の入った入館書が首から掛けられていて、大学から指導に来たことがわかる。

 そして女子生徒に向けて叫んでいた女性だが腹を立てたのか遂に両手で突き飛ばす、それを見ていた弓道部員達は何も見なかったように再び目をそらすのであった。


『うわ何あれ、イジメって奴かい? 酷いもんだね』


『見てられねえ』


 頭の中に響くキマリスの言葉に呼応するかのように弓道場に足を踏み入れる響、わざと大きく足音を出し全員の視線を集める。


「すいませ~ん! 生徒会の方から来ました、書類を受け取って貰えないでしょうか!」


「あ、はい受け取ります」


 弓道場全体に響くようにわざと生徒会の方から来た、を強調して大声を出す響、すぐに弓道部部長と思わしき女子生徒が駆け寄って来たため受け渡す。そのまま倒れ伏してる女子生徒を指差ししてわざと笑顔を見せ、大学生に視線を向けてに語りかける。


「すいませんこの子に用事があるので借りてもいいですか?」


「ええ……、どうぞ」


 響を生徒会の人間と誤解した大学生は少し焦り気味に返事を響に返す。返事を受けた響は弓道場をずかずかと歩き、倒れてる少女に手を差し出す。少女は困惑しながらも差し出された手を取り、立ち上がる。


「歩けるか?」


「は、はい大丈夫です」


「じゃあ少し外で話そうか」


 響はそう言うと外に向けてゆっくりと歩き出す、少女も少し間を置いて付いていく。弓道場の外へ歩いていく二人を誰も止めることはできなかった、

 大学生は生徒会に所属してると思わしき響の行動を静止をするには状況が悪く、周りの他の生徒たちは少女への過激な指導とシゴキにうんざりしていて誰も止める気はなかった。






 弓道場を出た二人は中庭のベンチに腰掛けるが、何も喋らずにいた。響からすると良心から連れ出したはいいが、名前も学年も知らない少女にどう話しかければいいかわからなかった。


「「あの……」」


 同時に話しかけてしまい気まずくなって言い淀んでしまう二人。おかしかったのかほんの少し間を置いて最初はわずかに笑みを浮かべ、少しずつ笑みは増えいつしか二人共笑顔になっていた。


「俺は響、高等部二年の加藤響だ。君の名前は?」


「私は高等部一年の下屋しもや椿つばきといいます。あの……先程はありがとうございました」


「お礼なんていいさ、あのとき俺はやりたいことをしただけだから」


「それでも嬉しかったんです。助けてもらって」


 そうして二人は少しずつお互いのことを話始める。響は妹も学園に通っていて普段どんなふうに触れ合うのか、こんなところが可愛いと椿に話をして。椿も自分がいつ弓道を始めたのか、同級生にはこんな友達がいることを響に話す。

 二人が話をして十分ほどすると椿はベンチから立ち上がり頭を下げる。


「先輩ありがとうございました。もう戻らないと他の人達が心配しちゃいます」


「そっかもうお別れだな」


「あの先輩……もし私が困っていて、助けてって言ったら助けてくれますか?」


「もちろん。俺は君の先輩だろ助けるさ」


 別れるのを名残惜しそうな表情で椿は寂しそうにお礼を告げる。だが響の答えを聞いて、満足そうに肩にかかるほどの髪をかきあげて笑顔のまま響に背を向けて歩いていく。響は弓道場に向かう彼女の背中を見ていることしかできなかった。

 椿が完全に去ったのを確認して、キマリスは響の影から出てきてジト目で響の顔を見つめる。


「行っちゃったね彼女」


「ああ、行ったな」


「一つ質問だけど、彼女僕とは違うタイプの美少女じゃないか。だから助けたのかい?」


「いや、違う助けたと思うよ、多分」


 キマリスの鋭い質問に頭を掻きながら答える響。書類を全て配り終わった彼は帰路につきながらもポケットからスマホを取り出し、一件のメールを作成していた。キマリスが横からスマホの画面を覗くと宛先には立花達也と映し出されていた。


「何をするのさ、響」


「何あんなの見せられて黙ってるほど大人じゃないわけよ俺も」


 響はそう言うとにっかりと笑うのであった。

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