08話.[私達は恋人同士]
「なるほどね、知はこの子のことを言っていたの」
「うん、シロクロウって名前なんだ」
体毛が白と黒だからと母がつけた名前。
んな安直なと考えていた自分だったけど、事実その通りだったから仕方がない。
「でも、猫としては不満なんじゃない?」
「シロクロウが不満?」
「違うわ、シロクロウにばかりかまけて自分の相手をしてくれなくなるんじゃない?」
あ……、シロクロウに嫉妬したことがあるから違うとも言えない。
でも、可愛いからしょうがない、猫が近づいて来たら誰だって触りたくなるものだ。
しかも自分の意思で足の上に乗ってきたりなんかしたら、それはもう拒むことなんてできないわけよ。よほど忙しいときでもなければもーとか言いつつそのままにしそう。
動物のすごい点は普段はかたっ苦しい人間であっても雰囲気を緩めてしまうこと。
「ま、紛らわしいなあもう!」
「ふふ、嫉妬しても言えなくて我慢するしかできないあなたが容易に想像できるわ」
うん、それはすっごくわかる。
ここのところ、家に来てもシロクロウにしか意識をやらないし。
部屋に行こうと誘っても、シロクロウさんが足の上で寝ていますからとだけ。
「それに今日だって知に来てほしかったでしょう?」
「ううん、一美ちゃんともいたいから、あ、お礼がしたいんだけどさ、なにしてほしい?」
「そうねえ、変な遠慮をせずに知を振り向かせるために頑張ってほしいわ」
それなら現在進行系でやっている。好きだとはクリスマスに言う予定だから伝えられてないけど、一緒にいたいとは何度もぶつけているから。あとはあれ、きみがいてくれて良かったって会う度に言っているぐらいかな。
「本当にいいの? 一美ちゃんから取っちゃって」
「私達は幼馴染というだけよ」
「私、頑張るからっ」
「ええ、頑張りなさい」
最強のライバルは彼女の足の上で寝ているシロクロウだ。
家に連れて来なければいいんだけど、すぐにシロクロウに会いたいと言うからそれは無理。
しかも家に帰ったぐらいの時間から活発的になるから寝ているところを狙うのも無理と。
「真夕みたいに大きな胸があればなあ」
「そういうやり方は駄目よ、上の人間が現れたら終わりじゃない」
「うっ、そうでなくても上の存在に負けそうになっているんだけど……」
くっそぅ、一美ちゃんが美人だからってすぐに懐きおってっ。
男の子だからしょうがないか、まあそれは知くんにも同じなんだから違和感もないけどさ。
「焦らなくても大丈夫よ、自分からクリスマスに一緒に過ごそうと誘えたのは立派じゃない」
「よく考えたらかなり怖いことじゃない? ある程度の仲だったから良かったけどさ」
「あなただって相手なら受け入れてくれるというレベルで信用できるまで言わないわよ、今回はあなたの中で知はそういう風になっていたから口にしただけ」
確かにそれはそうだ、そもそも信用できていなかったら一緒に過ごしたいとは思えないし。
でも、真夕や彼女と関わっていると自分が如何に危ない橋を渡ろうとしたのかがよくわかる。
「受け入れてくれたから良かったけどさ、人によっては恐怖だったかもしれないよ?」
「それはそうね、全く知らない人間から誘われたら驚くわ」
彼女はシロクロウを撫でながら「それでも今回は違うでしょう」と口にした。
いいか、一緒にいたいとぶつけて受け入れてもらえたのだから当日を楽しみに待っていれば。
「動物園に行ったときね、本当はすっごく襲いたかったんだ」
「一方的なのは駄目ね」
「うん、だから我慢した、あ、あんまり我慢できていなかったんだけど……」
あの後は珍しく拗ねた知くんを見られたりして楽しかった。
一応少しは動物園も見たし、なにより券を無駄にしなくて済んだのだからいいだろう。
……個人的には知くんの方からがばっときてほしいんだけどね。
その後もキスとか別にしてくれていいからって、いつも肉食系脳が妄想してしまっている。
クリスマスの日ぐらいはもっと大胆なところを見せてくれるだろうか?
「とにかく、あなた達が元気になって良かったわ」
「一美ちゃんのおかげだよ、ありがとう」
「どういたしまして、そろそろ帰るわ」
「あ、じゃあ送るよ、ひとりじゃ危ないし」
「そう? それならお願いしようかしら」
よく考えたら夜なんてまーったく怖くなんかない。
余裕だ余裕、だって他の人よりも鮮明に見えているのだから。
ちょっと後ろを歩いて合法的に彼女を盗み見ていた。
いつ見ても綺麗な子だ、自分が知くんの立場だったらまず間違いなく狙っているぐらいには。
面食いというわけではなくても、彼女は内面も素晴らしいから絶対にそうだと言えた。
「っと、いきなり止まってどうしたの?」
彼女はそのまま無言のまま顔を近づけてきた。
こっちは固まるしかできない。
「見すぎよ、視線は案外わかるものだから」
「あ、ごめん……」
綺麗な子だからこそそういうのに敏感なのだろうか?
そういう面を考えると綺麗なのも一概にいいとは言えないのが現実で。
「行きましょうか」
「うん」
けど、やはり少し羨ましかった。
この見た目であれば知くんももっと意識してくれたかもしれないから。
「終業式の日もやるの?」
「うん、今日は15時までだけど」
ついにこの日がきてしまった。
図書室で過ごすのが好きだったけど、冬休みならしょうがない。
「猫と離れたくないー」
「真夕、藤原くん相手に言いなよ」
「それとこれとは別、猫のこと好きだから」
「じゃあなんで好きな相手にあんなことしたの」
「ごめん……」
律儀に誰も来ない図書室で付き合ってくれている自体がありがたいことだからいい。
何気に12時頃から15時頃まで時間をつぶすのも大変だし。
クリスマスのときにインパクトを上げるために知くんとは会わないようにしているし。
「知君と付き合っても相手をしてよ?」
「どうせ真夕が来るでしょ、それにそんなことしないよ」
「うん、それならいい」
クリスマスに一緒に過ごせばなにかが進むと考えている自分だけど、現実はそこまで上手くいくことは滅多にないからあまり期待しないでいようと決めている。
それでも一美ちゃんが言ってくれたように自分から誘えたのはいいことだと思うから、そこまで不安がらないでいつもの私らしくいたいと考えていた。
「好き」
「私も好きだよー」
「嘘つき」
なんだかんだ一緒にいる時点でわかってほしい。
優しいところもあるってわかっていたから冷たくはできなかった。
そういうバランスの良さに騙されているだけなのかもしれないけど、いまは無害だし大丈夫。
「ちょっとくっつきすぎじゃない?」
「だって今年は一緒に過ごしてくれないじゃん」
「お昼にでも来てくれれば24日は過ごせるけど」
出会ってからは毎年そうやって過ごしていたから相手をしてあげないと。
単純に私が一緒にいたいというのもある、なんか最近は甘えん坊で可愛いから。
「じゃあ行く」
「藤原くんとは?」
「25日の夜に会う約束してる……」
「良かったじゃんっ、楽しんでねっ」
「うん……」
ん? どうしてもっと嬉しそうな顔をしないんだ。
15時になったから鍵をしっかり閉め、職員室に返してから帰路に就く。
その間も真夕はなんか中途半端な感じだった。
「泊まりたい」
「家に? それなら着替えを持ってきなよ」
「うん」
待っている間、携帯をチェック。
特に誰からも送られてきているというわけでもなかったからすぐにしまった。
多分、今日のあの様子だと相手をしてあげておかないとすぐ怒りそうだ。
「お待たせ」
「荷物持つよ」
明るい内の自分は最強になる。
いや、寧ろ夜は弱体化しているだけなのかもしれないけど。
「……携帯投げたのごめん」
「いいから、早く帰ろうよ」
今日はどうやらずっとこの調子なのかもしれない。
ま、少し大人しい方が可愛いから別にいいけどね。
「じゃ、行ってくるね」
「うん、行ってらっしゃい」
25日。
私達はあの公園で別れてそれぞれの相手の家へと向かうことになった。
もう18時を越えている、これは勝手に私達が決めたことだ。
インターホンを鳴らすのは違うため、知くんの家の外で電話をかけた。
「も、もしもしっ?」
「はは、落ち着きなよ、外にいるから来て?」
「ふぅ、わかりましたっ」
久しぶりに聞いた彼の声は特に変わっていないまま。
当たり前だけどね、1週間ぐらいしか経過していないんだから。
「お待たせしました」
「うん、久しぶり」
「お久しぶりです」
25日に会おうと約束しただけでどこに行くとは決めていない。
私達のことだからどうせ家に行くぐらいにしかならないと思う。
なのにどちらも動かず、柏田家の前で棒立ちとなっていた。
「……寂しかったです」
「私は真夕がずっと家にいたからそうでもなかったかな」
どうしようかと情けなく聞こうとしたらまさかのいきなりがばっとこられて困惑。
ま、まだ盛り上がるのは早いぞ、そういうのは後でゆっくりやればいいのに。
「……寂しかったって言ってください」
「あー、知くんに会えなくて寂しかったよ」
こんな言わされてる感がすごいのに満足できるのだろうか。
とにかくクリスマスの雰囲気が彼をもどかしくさせているということだろうか?
「守ってくれてありがと」
「毎日会いたかったです」
「うん、でもこうすれば今日楽しめるんじゃないかと思って」
私的にはぶわっと溢れると思っていたんだけどな。
彼を見たらとにかく安心しかしない、抱きしめられても尚だ。
「くしゅっ、……そろそろどこかに行こうか」
「ファミレスにでも行きますか? ケーキも食べれますし」
「んー、それはコンビニとかで買って家でいいかな」
正直に言って、このまま直帰してしまえば無駄にお金を使わなくて済む。
あまりお財布の中には必要な物が入っていないからなるべくね。
「猫……先輩、もう家に行ってもいいですか?」
「ん? うん、それならコンビニでご飯とかを買っていこうか」
数品購入しておけば満足できるから飲食店に行くよりは――逆に高いかな?
でも、彼が行きたいって言っているんだからこの方がいい。
今日なんて特に混んでいるだろうから尚更ね、あ、ケーキも忘れずに買ってね。
「え、今日ご両親はいないんですか?」
「うん、旅行に行ってるよ」
だから地味に真夕がいてくれて助かった。
誰かがいてくれないとぼうっとしていることしかできなくなるから。
しかもあれ、せっかく我慢しているのに彼と会いたくなってしまっていたから。
「温めてもらってあるから食べよっか」
「そ、そうですね」
何気に唐揚げも買ってきてあるからクリスマスチキン、みたいな。
こういうときでもないとコンビニのお弁当とか食べないからいいかもなあ。
途中で忘れずにお風呂も溜めておいてあくまで効率良く過ごしていく。
「ぷはぁ、美味しかったね」
「そうですね、美味しかったです」
ごみ箱に捨てれば終わりというのもいいかも。
ああ、こたつに入っているということもあって眠たくなってきた。
シロクロウは彼の横で丸まって寝ているから見ているだけで落ち着けるし……。
「あ、すみません、結局プレゼントは……」
「いいよ、私もあれだけど買ってないし」
それがなくたって一緒にいられるだけで十分。
彼はわかっていないのかもしれない、いま自分がどれだけいいことをしているのかを。
「それより着替え、持ってきたよね?」
「はい、持ってきました」
「それなら先にお風呂に入ってきて」
「わ、わかりました」
彼はこちらにシロクロウを渡してリビングから消えた。
こっちは男の子のお腹に顔を埋めて眠気に任せることに。
って、まだ19時ぐらいだぞ私!
「むぎゅーっ」
「な~」
「ごめんごめん」
嫌だと感じているときだけは鳴いてくれるからわかりやすい。
お風呂に入ったら眠気も覚めるタイプなので早く出てきてほしかった。
待って、なんで着替えを持ってきているの?
「ま、まさか知くん……」
自分で聞いておきながらあれだけど、まさか朝までこの家で過ごすつもりなの!?
さ、流石にいきなりそれは過激過ぎでしょうよ。
なにもなくてもクリスマスの夜に異性の家で朝までって……。
もしかしたら同じベッドに寝るかもしれないよ!?
……なんて、会わなかったことで膨れ上がった変態脳が大働きしていた。
「あ、ありがとうございました」
「う、うん、入ってくるね」
それにふたりきりって不味くない!?
なんでこのタイミングで旅行に行ってしまうのか。
とにかく、なにかがあってもいいように体を清潔にしておく。
あとはあれだ、歯もちゃんと磨いて戻らないとな。
「ふぅ……」
お、落ちつけ、がっついたら帰られてしまうぞ。
待たせないために早く帰りすぎてもそれもまた微妙だ。
だからといって、つかりすぎてもそれはそれで問題だった。
なので大体の中間の時間を狙ってお風呂場から出る。
「こ、これを着けるのか」
今日のために注文しておいた下着達。
所謂、私流に言うと勝負下着というやつ。
ま、ただのシンプルなお揃いの下着なんだけどね。
予定通り歯も磨いて洗面所をあとにした、あ、服もシンプルなやつね。
「ただいま~」
「お……かえりなさい」
「落ち着いて、ただの私だよ」
なんの変哲もないいつも通りの私だよ。
くぅ、一美ちゃんみたいな美貌であればこの時点でどきどきさせられるのに。
「隣、いいかな?」
「は、はい」
でも、ちょっとは年上としていい感じにできているのでは?
そのままさり気なく手を握って、しっかり顔を見ながらにこりと微笑む。
できているのかどうかはわからない、だって自力で顔を確認できないから。
ただ、なんとなく感覚でしっかり笑えているような気がした。
間近でこうすれば初な少年はどきどき! となるはずだったんだけど……。
「あれ……?」
私は彼を見上げる羽目になったという流れ。
待って、これはなんか違うんじゃない?
あまりに大胆すぎるというか、抱きしめてくるだけでもキャパオーバーというか。
それなのにだってこれは押し倒されたってことだよね? 痛くなかったけどさ。
「と、知……くん?」
「猫先輩が悪いんですよ」
お風呂後にしたから? 彼の中のなにかをくすぐってしまったのだろうか?
「どれだけ我慢していたのかわかってないんですよ」
「いや、そんなことはないと思うけど」
同じく我慢してきたのは自分もそうなんだから。
それでも誰かがいてくれれば気が紛れるということもわかった。
私と会っていない間も一美ちゃんとは会っていただろうから大丈夫な気がしたけど。
「好きです、あなたのことが本当に」
「ありがとう、私も好きだよ」
これを言った後であれば雰囲気も最強だったのに。
電気もオレンジ色にしてその後はもう両者止まらずにという感じで。
「バス内で我慢していたのは僕もそうですから」
「いやそれは嘘でしょ、知くんは別のことで拗ねてたじゃん」
「はぁ……」
ため息をつかれても困る、だって事実だし。
私が他の子にもしているんじゃないかってありもしないことを口にした。
彼限定で痛い人間なのだ、他の子に晒せるわけがないじゃん?
彼は猫モードみたいに痛い状態で来られても拒絶したりはしなかった。
私のせいでファーストを奪われても、まだ私といたいと言ってくれた。
あの朝、家に来てくれたときは実は助かっていたのだ。
手を握ってくれたことで学校に堂々と行けたから。
でも、彼は私のどこを好きになってくれたんだろう。
痛いところ? それならこれからもいっぱい見せてあげるけどさ。
「すぐにお風呂に入らせたのはそういうことじゃないんですか?」
「お風呂に入っちゃえば後が楽になるからだよ」
確かにそうだよ、クリスマスなら少なくともキスぐらいしたい。
だから家に行きたいと言ってくれたとき、すっごく助かっていた。
「知くんってたまにすっごく大胆だよね」
「今日は絶対に言うって決めていたんです」
「押し倒したのも計算の内?」
「……入浴後に急に隣に来て、急に好きな人に微笑まれたらこうなりますよ」
逆で考えれば確かにそうかもしれない。
けど、男の子を押し倒そうとする勇気はなかったなあ。
「一美ちゃんはいいの?」
「一美は関係ないです」
「私が好きなんだもんね」
なにも言わずに目を閉じる。
なにを勘違いしたのかシロクロウがお腹の上に乗ってきたけど気にしない。
目を閉じているのにわかる理由はあれ、ごろごろ音が聞こえるから。
そして彼はシロクロウをどけてからしてきた、ごめんよ……。
「……部屋に行きたいです」
「……うん、いいよ」
一応、餌や水があるから確認してから2階に上がることに。
部屋に入ったら一切気にせずにベッドに寝転んで布団にこもる。
「猫……先輩」
「ふふ、呼び捨てでいいよ」
布団から顔と腕だけを出して頭を撫でた。
入浴後だからか少ししっとりしている彼の髪。
「……本当は僕から誘うつもりだったんです、クリスマス」
「どっちが誘ったとか重要じゃないよ、私はきみと確かにこうしている、それだけで十分だよ」
「そう……ですね、嬉しい返事も貰えましたし」
あ、当たり前のようにこちらもなにもプレゼントを用意してない!
はぁ、年上として本当に情けないな、もっとしっかりしないと。
「猫、……またいいですか?」
「はは、きみも男の子なんだね」
彼はそのタイミングでベッドに座ってこちらを見てきた。
あ、なんか男の子って感じの顔をしている。
私でこう、むらむらあ! ってなってくれたのかな?
「いいよ、あ、私からは勇気が出ないので自分からするならだ――」
初めてではないのはわかっているけど経験値が高そうだった。
実は裏では一美ちゃんといっぱい、なんて想像をしてすぐにやめる。
「っはぁ……、す、すみません」
「はぁ……、別に謝らなくていいよ、私達は恋人同士なんだから」
今度はこちらから抱きしめておいた。
そうしたら彼の心拍音が凄く伝わってきてくすりと笑ったのだった。
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