07話.[肉体でアピール]

「え、風邪じゃないですよ? というか、今日は行けないと連絡もしっかりしましたけど」


 玄関先で彼にそう言われて慌てて確認した結果、確かに行けないとメッセージがきていた。

 私は膝から崩れ落ちて両手で顔を覆う、彼は慌てていたようだったけど恥ずかし死しそうだった。


「今日は家族の荷物がくるかもしれないので家にいてくれと言われたんです」

「風邪じゃないなら良かった、それなら帰るよ」

「上がってください、最近はゆっくりもできていなかったですから」


 誘ってくれたのならと内で言い訳をして中に入らせてもらうことに。

 彼の家に入るのは初めてというわけではないからそう緊張もしない、そう家に入るのはね。


「お疲れさまでした」

「うん、知くんもね」


 あれからというもの、物理的な距離が近いんだ。

 離れようとしたら無理して追ってくるわけじゃないけど、あからさまにがっかりしたような顔になって精神的にも攻撃を仕掛けてくる、どうやれば効率良くできるのかをよく把握しているようでなかなかに大変だった。


「明日、動物園に行きましょうか、そうしないと切れてしまいますからね」

「そうだね、せっかく貰ったんだから行かないとね」


 言わなければならない、彼にリードしてもらってばかりじゃ駄目なのだ。

 年上としてのプライドがある、散々情けないところを見せてきたけどそれとこれとは話が別。

 待っているだけではなにも変わらないということは他の人間より私がよく知っていることだから。


「知くん、クリスマスって予定とかある?」

「クリスマスですか? イブは家族と過ごすので難しいですね」

「え、あ、逆にクリスマス本番が……空いてるの?」

「はい、毎年そうですね、柏田家はイブの方がメインみたいなものなので」


 これってラッキーと言えるのだろうか。


「じゃあさ、クリスマスは私と……過ごしてくれないかな」

「猫先輩とですか? それはいいですけど」

「うん、それならよろしくね」


 なんか頼まれたから行くみたいだな。

 やっぱりそういうつもりでいたくなかったとか?

 いや、勝手に邪推して消極的になってはならない!


「って、クリスマス!?」

「わひゃ!? な、なに急にっ?」

「い、いまっ、クリスマスに一緒に過ごそうと僕を誘ったんですよね!?」

「そ、そうだね、いきなりどうしたの?」


 そんなに大声を出して驚くようなことだろうか。

 困惑しているこちらを他所に「だ、だって……、クリスマス、ですよ?」と彼は重ねてくる。

 べ、別に変なことをしようとしているわけではないんだからそこまで驚かなくていいのに。


「私達は健全なことしかしないから大丈夫、嫌なら断ってくれればいいから」


 それがなくても動物園には一緒に行けるんだから問題はない。

 あまりに慌てられると緊張してくるから勘弁してほしかった。

 そんなことよりも普段している手を握っての「僕は猫先輩といたいです」口撃の方が大胆だよ。


「嫌じゃありませんよ」

「そっかっ、それならよろしくねっ」


 それならこちらもメインは24日にしてもらおう。

 両親ともゆっくり過ごしたいし、そのためには変えてもらわなければならない。


「あの、明日は手をずっと繋いだままでいいですか?」

「え? うん、別に初めてというわけでもないしね」


 ある程度の余裕を見せておかないとやられてしまう。

 しかも相手が知くんなら緊張する必要もないだろう。

 なんならいまだって手なんか繋いじゃっているんだから。

 荷物を代わりに受け取るために家にいるのにこんなことをしてね。


「猫先輩」

「ん?」

「なにか欲しい物とかってありますか? プレゼントとして用意したいんですけど」

「欲しい物かあ」


 欲しい物……と急に言われても困ってしまう。

 プレゼントということはクリスマスのこと、それできーみとか言ったら引かれてしまいそうだ。

 普段から家事をすっごくやるとかでもないし、本などに興味があるわけでもないと。

 ゲームもそれに当てはまる、そもそもとしてソフトとか本体は高いから無理だろうし。


「きみかなー」

「僕ですか?」

「真顔で問い返されると消えたくなるからやめて」


 あまり冗談が通じない子なのかもしれない。

 だからあのときも真に受けて……、いやでも相手から迷惑と言われたら行けないよね。

 私だって直接そんなことを言われたら無理だ、学校に通うだけが唯一できることだったと思う。


「自分の方で考えておきますね」

「あ、はい……」


 それよりそろそろ帰らないと。

 彼のご両親だって直に帰ってきてしまうだろうし、遭遇だけは避けたい。

 あくまでまだ友達なんだけどね、メンタルが弱いからどうしようもないというか。

 それでも動物園だったりクリスマスに過ごしたりしてなにかが変わってくれればいいなと思う。

 彼は基本的に余裕があるからどうしてもこっちが情けないところを見せることになるんだろうけども。


「そろそろ帰るよ」

「それなら送り――あ、できないですね」

「大丈夫、それじゃあね」


 異性としてもっと見てもらうにはどうしたらいいだろうか。

 すっごくお洒落な格好で行くとか? ファッションに興味がなくて満足に服もないけどね。




「動物園はそんなに高くなくていいですよね」

「そうだね、券も貰っているからそれすらただだし」


 あの約束通り、私達は手を繋いだまま見て回ることになった。


「おぉ、入って割とすぐにライオンが見えるというのもいいよねー」

「真夕、あんまり先に行かないでって」

「ん? 別にはぐれたりしないよー」


 ……何故か真夕&藤原くんもいるけど気にすることはしない。

 でも、休日にこうして出かけることができるということはやはりそういうことなのだろう。

 彼はどちらかと言えば複数人といることが多い人なので、何度見ても意外に感じる。


「あ、あそこにいるカップルの真似をしようと」

「手を繋ぎたいの?」

「いちいち言わせない、早くっ」


 なんかかなり複雑なので別行動をしておくことにする。

 〇〇時に集合だと言っておけば帰りに混乱することもないだろうから。


「結構人がいるね」

「そうですね」


 あんまり会話が続かない。

 これはこちらが緊張しているのではなくて知くんの方がぎこちないからだ。

 いまさらなにを緊張しているんだろう、こっちがたじたじのときは積極的モードなのに。


「知くんこっちっ」

「はいっ」


 敢えて人があまりいない方から見ていくことに。

 別に動物だって好き好んで見てもらいたいわけではないだろうけども。

 私があの檻の向こうにいる動物側だったら不貞腐れて隠れてそう。


「もしかして体調が悪いの?」

「いえ、そんなことないですよ」

「それじゃあどうして?」

「……だって能木先輩達がいるじゃないですか」


 真夕達がいたってなにも変わらない。

 あのふたりの前でだって約束を守っているじゃないか。

 完璧にふたりきりで過ごすのは無理だ、それにそれは焦る必要はない。

 だってクリスマスに約束をしているんだから、だからいまは余裕を見せてあげようと説得する。


「今日は晴れて良かった」

「そうですね」

「それは知くんとこうしていられるからだよ?」


 ぐっ……、なかなかどうして言った後の反動がすごいというか。

 相手にその気がないならかなり痛く恥ずかしい発言だから。

 あと、段々と動物のことなんて目に入らなくなっていく。

 飼い主を見上げるわんちゃんのようにずっと知くんの顔ばかりを見ていた。


「椅子に座りますか?」

「うん、そうだね」


 ちょっとほっとした。

 椅子に座っていればあまり接近しなくて済む。

 いまさっきの雰囲気のままもっと人気のないところに行っていたらやばかった。

 むらっとしたわけじゃないけど、勢いでキスをしてしまいそうだったから。


「どうぞ」

「ありがとう」


 買ってきてくれた飲み物を飲んで初めて喉が乾いていたことに気づいた。

 お金をこの場で返すのもなんか違うように感じてお財布を出すことはしないままで。

 あ、もちろん後できちんと返すつもりだ、それぐらいの常識は自分にもある。


「この後って大丈夫ですか?」

「うん、なにもないよ」


 午前は動物園、午後は○○になんてそんな過密スケジュールじゃない。

 どうせ家に帰ってもベッドに転んでゆっくりするだけだ。

 なんなら動物さん達には悪いけどここで帰ってもいいぐらいだった。

 いまはただ知くんとふたりでいたい、私の中の気持ちがどんどん強くなるだけ。

 だってあれだけの醜態を晒しても変わらずいてくれたんだよ? ……こんなの意識しちゃうよ。


「ね、もう帰らない?」

「来たばっかりですけど……」

「券は使用できたから無駄にはならなかったでしょ?」

「……それなら僕から能木先輩に連絡しておきます」


 で、実際にこちらだけ帰ることになった。

 バス停でバスを待って、来たら1番後ろが空いていたから乗って。

 当たり前のように手を繋いで、なんならそれだけじゃなくて腕と腕が触れるぐらい近かった。

 正直に言えばやばい、ある程度の余裕を見せなければならないのに襲いたくなるぐらいで。


「向こうに着いたらどうしますか?」


 向こうに着いたらどうするか、そんなの私が聞きたいぐらいだった。

 いや、寧ろ彼が決めてくれないと確実に暴走する、そうしたら健全ではなくなってしまう。

 ……普通は逆なんじゃないだろうか、実は自分は肉食系女子だったのか?


「猫先輩?」

「……抱きしめていい?」


 許可が出る前にそのまま側面からがばっといってしまった。

 当然、知くんは慌てていたけど、バス内だよとお前言うなという発言をして黙らせる。

 1番後ろが空いていたのも大きい、それに仮に見られていてもこれぐらいの接触は仲が良ければする。


「きょ、今日はどうしたんですか?」

「寧ろこの状況で我慢できるきみがすごいよ、それとも一方通行なの?」

「いや……、だって僕がいきなりこんなことしたら問題になるじゃないですか」

「ならないよ、あ、そりゃあんまり仲良くない子にしたら通報されるかもしれないけど、私にはいいんだよ」


 もしこれで好意がなにもないのだとしたら聖人過ぎてやばいでしょ。

 でも、すぐに手を繋ぎたがるのは彼だ、彼の中にもそういう欲はあるとわかっている。

 だからそれを敢えて引き出すというか、くすぐってあげれば決壊して的な……。


「嫌なら嫌って言ってくれればやめるよ」

「嫌じゃないですよ」

「それならこのままにさせて、着いたらもちろん離れるから」


 こうしていれば自分の中のそれを抑えることができる。

 残念ながらすぐにそうしていられる時間は終わってしまったものの、降りた後はすっきりしていた。


「よし、知くんはどこに行きたい?」

「…………」

「ん? そんな顔をしてどうしたの?」


 私ばかりが満足してばかりなのも微妙だから聞いてみたんだけど……。


「……なにひとりですっきりしているんですか」

「えっ、あー、だから知くんの行きたいところに付き合うよ?」


 これが彼なりの不満顔というやつなんだろうか。

 どの顔を見ても可愛いからずるい、慌てたときなんかそうでなくても最強だし。


「もういいですよっ、それじゃあこれで!」

「おいおーい!」

「……冗談です」


 拗ねたところも可愛いってどうしてなの?

 申し訳ないから近くで販売していたポテトフライを買って食べてもらうことにした。

 それを私はただ見ているだけ、小さい口で少しずつ食べるところもいいっ。


「猫先輩は誰にでもああしそうで不安になりますっ」

「しないよ、そんな人を軽い女みたいに言わないで」

「本当に僕以外にはしないんですか?」

「しないってっ! というか、知くんとぐらいしか異性とは関わってないよっ」


 私が大して仲良くもない男の子にしたら引かれるよ。

 いや、引かれるだけで済むのならまだいいぐらいという感じ、下手をすれば警察さんにお世話になるかも。


「嫉妬しているの? なんか嬉しいー」

「……なんか変わりましたよね、猫先輩は」

「それはきみと関われているからだよ、大胆にいかないと取られちゃうでしょ?」


 でも、こういうやり方で相手の気を引くというのは卑怯な気がする。

 もっとこう巧みな話術でというか、普段の行いで好きになってもらいたいのだ。

 残念ながら胸もないし、特別可愛いとか美人とかでもないからしょうがないのかもしれないけど。

 だってどうすれば好きになってくれるのかなんてわからないから。

 本来であれば恥ずかしいところばかり見られて呆れられているところなのにね。


「それに、猫って呼ばれても気にしなくなりましたよね」

「あ、そういえばそうかも、これからも付き合っていかなければならない名前だからね」


 病院でなんかは恥ずかしい思いをするかもしれないけど、親しい相手に呼ばれて嫌だと感じる方がおかしい。

 恥ずかしがれば恥ずかしがるほど余計に気になると思うのだ、ある程度はだからなにって言えるぐらいの余裕を持っていたかった。そしていまならそれができる気がする。


「猫」

「顔が無理してるよ?」

「……はい、呼び捨てなんてするべきではないですよね」

「いや、別にそれはいいけどね」


 仲がいいのであれば構わない。

 それどころか猫先輩と呼ばれるよりもいい気がした。

 ここで大事なのは、敢えて敬語のまま呼び捨てにさせること。

 なんか特別感が出ていいでしょ? それともこう感じるのは自分だけ?


「知くん、さっきは襲いたかったけど我慢したんだよ? だから褒めて?」

「褒めてと言われても……」

「もういい、帰る」

「え、偉いです偉いですっ、我慢できてすごいですねー」

「へへっ、ありがとう!」


 今度からなにかがあったら抱きしめて心を落ち着かせようと思う。

 好きな子を抱きしめていれば物凄く安心できるということに気づけたから。

 そういう意味でも真夕には感謝しなければならない、あのときのことはまだあんまりだけどね。


「シロクロウ見に来る?」

「行きたいです、やっと慣れてきてくれているところなので」


 母がいるのかいないのか、それがいまは重要だ。

 自然と速歩きになっていた、知くんは私がシロクロウに会いたすぎると勘違いしていた。

 いや、確かにそうだ、シロクロウのあののんびりとした感じを見ると癒やされるから。

 だけど頼むから母にはいてほしかった、単純にご飯を食べたいのもあったし。


「ただいま!」

「おかえりー」

「お母さん大好き!」

「ん? 私も猫のことは大好きだよ?」


 残念な点はスルメイカを食べていたこと。

 なんかおばさん臭いよと言ったら「美味しいよ?」と知っていることを返されてしまった。

 ご飯作りを任せて、私達はその間にシロクロウを愛でる。


「おぉ、足の上に乗ってくれてるね」

「はいっ、すっごく嬉しいですっ」


 おぉ、本当に凄く嬉しそうだ。

 ……シロクロウに彼を取られたみたいで嫌だけど。

 虚しくなるだけなので母の手伝いを開始する。

 よく考えてみたら食べてもらったのはカレーとか市販のものだからと。


「なんでこんなに早く帰ってきたの?」

「あー、襲いたくなって……」

「はははっ、猫には私の遺伝子がしっかり遺伝しているね」


 似たような状況ではぶちゅうといったらしい、流石にそこまではできなかった。

 しかも最初から肉体でアピールしていくとか大胆過ぎでしょうよ。

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