06話.[それはできない]
「猫ー」
柏田くんからだって逃げられやしない。
図書委員として活動すると決めている以上、常に居場所は固定だし。
あの子は教室にいるときは来たりしないけど、だからこそ大変なこともある。
それと今日はやけに真夕が絡んでくる日だった。
「猫ってばっ」
「もうやめてよ……」
「しないってっ、知君と仲良くしたいんでしょ?」
「仲良くしたくないから……」
だってそこにあるのは同情とかそういうのじゃん。
いつまで経っても不安定な人間だから一緒にいてくれているだけでしょ?
私はそういう意味でいてほしいわけではない。
悲劇のヒロインぶりたくもないから、正直に言って放っておいてほしかった。
「真夕が仲良くすればいいよ」
「もー、ごめんってば……」
「いや、そうじゃなくてさ、あの子が側にいてくれるのが辛いんだよ」
「なんで? 優しくしてくれてるじゃん」
なんであそこまでしてくれるのかがわからないからだ。
私が柏田くんのためにできたのは最初のあれだけ、それ以外は全部マイナス方向。
そこであの事件だ、寧ろ堂々と反省もせずにいたら嫌われるだろう。
「わかった、じゃあ連れてくるね」
「え、ちょ」
「待ってて、必ず連れてくるから」
友達モードのときはこういうことを平気でする。
これまでも何度も気になる異性というのを連れてきてくれたことがあった。
残念ながら友達にすらなれずに終わってしまったけど、彼女ぐらいの行動力があればなにかが変わるのは事実のようで、誰かを振り向かせたかったら恐れている場合じゃないということを教えられているような気がする。
「どうしましたか?」
数分後、彼は本当に来てしまった。
しかも真夕は空気を読んだつもりなのか、そのまま自分の席へと戻ってしまう。
「あー、今日も来るの?」
「毎日行くという約束なので」
「私は何回も無理しなくていいって言ったけど」
「いいじゃないですか、無理なんかしていないですし」
もうこれは無理だ、だって朝から来てしまっているんだし。
変に抵抗する方が意固地にさせて面倒くさいことになるだけ。
とりあえず午前の授業に集中して、終わったらお昼ご飯を食べる。
「猫先輩」
「うん」
なんかこうして一緒に食べることになっていた。
図書室では食べられないから図書室近くの階段に座って。
床が冷たい……、いや本当にこれは物凄く冷える。
なんで女=スカートという決まりになっているのだろうか、男の子はズボンで暖かそうだ。
「本当はあの日、野良猫を追いかけていたわけじゃないんだ」
「でしょうね、それはすぐにわかりましたよ」
「真夕から違う公園に呼び出されてさ、そこで携帯を投げられちゃって探してたの。でも、きみがそのタイミングで電話をかけてくれたから本当にありがたかった」
あれがなかったら22時を過ぎていたかもしれない。
いや、それどころかその日の内に見つからなかった可能性もある。
夜目は効くとはいっても怖いからね、あと草は結構鋭利だったりするから危ないし。
「いつもきみには支えられてるからなにかしてあげたいんだけど、なにもできてないんだよね」
「気にしなくていいですよ、結局大事なときに動けなかったんですから」
「いや、それじゃあ駄目だよ、だからしてほしいことをなんでも言ってほしい」
できることなんて限られているけど、こうなってしまえば本人に聞いてしまうのが1番だ。
考えたところで出てきてくれないからね、そういう面ではこの脳は上手く働いてくれない。
「……それってひとつだけですか?」
「ううん、いてくれるならできることをしたいと考えてるよ」
廣瀬さんにもお礼をしなければならない。
あの子がいなかったらもっと長引いて、そしてそのまま消滅もありえた。
真夕にだっていつまでもびくびくしながら生活するしかなかったかもしれない。
本当にふたりがいてくれたからこそ、いまの私がいるというわけだし。
午前中はあんな考えだったけどね、いつまでも留まっているわけにもいかないのだ。
「それなら名前で呼んでほしいです」
「知くんって呼べばいいの?」
「はい」
気恥ずかしさから残り全てを速攻で食べ終えて図書室に移動する。
年下の子の名前を呼んだだけでなにをやっているのかという話だろう。
しかもこちらから不意打ち攻撃を仕掛けてスルーされたわけでもないというのに。
「ふぅ」
やっぱりここに座っているのが1番だ。
扉が閉まっているというのもあって廊下よりはひんやりしていない。
「あと、手を握ってほしいです、この前のを上書きする感じで」
「だ、誰も来ないかな?」
「今度は離しません」
手を近づけたら逆に握られてしまった。
廣瀬さんといるからこうなる的なことを考えたけど、あまりに積極的になられても不慣れな自分としては困ってしまうというわけ。
結局、あの涙がどんな理由からだったのかはわかっていない。
「ちょっと向こうに行きませんか?」
「本棚の方に? 別にいいけど」
なにか読みたい本でもあるのかと手を引かれたままでいたら……。
「ちょ……」
「抱きしめてはいないですよ」
「きょ、距離が近い……」
「同情なんかじゃないですから、僕は自分の意思であなたといたいと思っています」
廣瀬さんなら気になった異性がいてもこういうアピールはしないと思う。
いま手以外は物理的接触はしていないものの、こういうのって違うような気がする。
確かにその子が気になっているのなら効果的かもしれない。
でも、クリーンかどうかと問われれば、返事に困ってしまうようなことだった。
「やっほー! あれ?」
「今日はどうしたんですか?」
あっという間に真夕のところに行ってしまう彼、なんだかそれが物凄く複雑だった。
今朝はあんなことを言ったけどさ、やっぱり取られたくないよ。
「おっ、知君! 猫はどこに行っちゃったの?」
「おすすめの本を教えてもらっていたんです」
「中学生のときも図書委員だったからなあ、猫に教えてもらおうとするのは間違いじゃないね」
私は猫のように静かな足取りでふたりのところに向かった。
とはいえ、漫画のキャラクターのように勝手に拗ねて手の甲をつねったりはできない。
そこまで痛い人間になるつもりはないのだ、……たまに猫の真似をして最低になるけどさ。
「それで向こうでなにをしていたのかな?」
「同情で一緒にいるわけではないと言わさせてもらいました」
「そうだよね、なのに猫が勝手に不安がっているからさ」
「能木先輩のせいでもあるんですけどね」
「うぐっ、それを言われると痛いなあ……」
演技ではない気がする。
切るときは躊躇なく切るし、気に入らない存在なら平気で潰そうとする子だけど、一応そういうところはしっかりしている子でもあった。
「なのでっ、こんなのをふたりにあげようと思って」
「動物園の券ですか?」
「うん、貰ったのはいいんだけど行くつもりもないからね、期限が切れて捨てることになるぐらいならふたりに行ってきてほしいなって」
「ありがとうございます」
「うん、どうぞ」
真夕はこちらにウインクをしてから出ていってしまった。
「一緒に、行ってくれますか?」
「うん」
「ありがとうございます」
あの最初のあれで一緒にいてくれているのならちょろすぎだと思う。
私はただ図書委員として行動しただけなのにね、学校を出た後も待っていてくれたりしたし。
「廣瀬さんも一緒でいいかな?」
「え……」
「ほら、今回のことですっごくお世話になったから、あの子がいなかったらきみともこうして一緒にいられていないわけだからさ」
「ふたりきりがいいです、一美へのお礼は今度でもいいじゃないですか」
目がなんでもするって言ったよなと伝えてきている気がする。
単純に恥ずかしいからだと汲み取ってほしいんだけどな。
でも、彼の言う通りでもあるから従っておいたのだった。
行くのはテストが終わってからということに決まったのでテスト勉強に集中する。
流石にテスト期間は図書室を利用する人も多く、お喋りできる余裕はなかった。
普段からこれだけ利用してほしいと考える反面で、知くんとふたりだけでいいなと考える自分もいて複雑な気分に。でも、これこそ図書室を私物化しているのと一緒だから気をつけなければならないと、頑張っているみんなを見ながらそう考えていた。
とにかく、本を借りたりする人は相変わらずいないのでこちらも勉強をしておくことに。
「おぉ、珍しく結構人がいるねー」
「だね、あ、藤原くんも来たんだ」
「うん、真夕に誘われてね」
このふたり、案外いい感じなのかもしれない。
それならそれでさっさと真夕に説明してくれれば良かったのにと思わずにはいられない。
で、彼を誘ったはずの真夕は真横に座ってきて教科書などを広げ始めた。
「ちょっと、藤原くんはいいの?」
「ん? うん、たまには猫といたいから」
「じゃあなんで誘ったの……」
「それは圭佑君ともいたいからだよ」
曰く、こうでもしておかないと複数人の女の子に囲まれてしまうらしい。
なんか空気を読んでここからどけと言われている気がする。
で、でも、私は図書委員で受付係なんだからここにいなければならないんだ!
「それより彼氏さんは?」
「知くんは彼氏じゃありません」
あまりお喋りばかりしていると睨まれてしまうからそこで終わらせておく。
……やっぱりいつものように人が少ない図書室の方が好きだな。
「な、なにっ?」
「別にいいじゃん」
なんで私はぎゅっと手を握られているのか。
だったらあんなことするなよ、すぐにああいう対応をするとからしくないし。
普段なら私に振り向くわけがないとか言って傍観しているところじゃん。
それが事実になって笑うところだったのになにをやっているんだ。
「ごめんね」
「もういいよ……」
「……好き」
「藤原くんに言いなよ……」
他に人がいるというだけでここまでやりにくいなんて。
しかもテスト勉強中だからぺらぺら喋っているわけにもいかない。
だけど、彼女は何回もわざわざ引っ張って見えなくしてまで小声で話しかけてくる。
「猫がいてくれて良かった」
「嘘つき、邪魔者ぐらいにしか考えてないでしょ」
「そんなことないっ」
「わ、わかったから、せめて17時を越えてからにして」
それからも何故か手は握られたままだった。
16時50分ぐらいにはみんなも出ていき、私達だけになる。
というか、誘っておきながら藤原くんを放置ってこの子はもう……。
「片付けて帰ろうよ」
なんにも集中できなかったから帰ってからやらなきゃ。
「知君の奪ってごめん……」
「もう謝ったって変わらないから、いいから帰ろうよ」
今日その知くんは用事があるとかで来られなかった。
それは悲しかったけど用事ならしょうがない。
でも、19時からなら会えるということだったので一緒に勉強をするつもりだ。
ああいう事件があったからこそ深まっていると思えば、……いやかなり複雑なのは変わらないけど悪いことばかりではない気がする。
「猫といたい」
「いてくれればいいから」
「うん……」
ああもう、本当に自分勝手なんだから。
差がありすぎでしょ、裏を知ったら普通は離れていくよ。
私だって顔を見たら固まってしまうぐらいだったんだ、大して知らなければ他は無理だろう。
だからこそ知くんは強かったということになる、流石廣瀬さんの幼馴染という感じで。
私も少しぐらいはその強さが欲しかった。
テストまで残り1日になった。
図書委員として活動を終えた後はすぐに家に帰って勉強開始――となるはずだったんだけど。
「え、お母さん風邪を引いちゃったの?」
「う゛ん……、ごめん……」
「謝らなくていいよ、それじゃあご飯とか作るね」
今朝は平気そうだったのに実は熱が出てしまっていたらしい。
来てくれている知くんには悪いけどひとりでやってもらうことになってしまった。
洗濯物はなんとか干していてくれていたみたいだから取り入れておく。
「手伝いましょうか?」
「大丈夫、ありがとね」
というか、テストが終わったら割とすぐにクリスマスなんだよなあと。
去年の24日は真夕と、25日は家族と過ごしたから今年はどうなるんだろう。
……知くんが誘ってくれたりしないかな?
「猫先輩、沸騰していますよ?」
「あっ、教えてくれてありがとう」
ネットで調べたらお粥は消化が悪いということだったのでたくさんの野菜を切って突っ込んで煮込んでみた、味付けは優しい感じを目指して調節していく。
できたらそれと飲み物を持って母の寝室に向かう。
「ああもう、起きてちゃ駄目じゃん……」
「寝すぎて頭が痛くて……」
「これ、少しずつ食べてよ」
「ありがとう……」
戻ったら父と私と知くんのためのご飯作りを開始。
こっちは無難にカレーとなった、いつ食べても美味しいからいい。
「すみません、いただいてしまって」
「ううん、これぐらいなんてことはないよ」
正直に言えばテストはなにも不安じゃなかった。
普段から真面目にやっているからここまで頑張る必要もないぐらいだ。
それでも、適当にやって駄目な点数を取るわけにもいかないし、なによりも知くんの邪魔をしてはいけないからしている形になる。……個人的には知くんともっといちゃいちゃしていたいんだけどね、図書室でだって一緒にいられなくなっちゃったし。
しかしそれもあと3日間の辛抱だ、どうせみんなはすぐに利用しなくなるから。
「ごちそうさまでした」
「うん」
「そろそろ帰ります、舞子さんの症状が悪化しても問題ですから」
「うん、気をつけてね」
引き止めるなんてできないよ!
だからせめてものという気持ちで外まで見送ることに。
「テスト、頑張ろうね」
「はい、頑張りましょう」
寂しいけどしょうがない、それこそ風邪を引かれても困るから。
しっかり見えなくなるまで見送ってから家の中に戻った。
私もやることをちゃんとやらないとな、年上としてこれ以上情けないところは見せられない。
「お母さん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ」
「それなら良かった」
よし、洗い物をしてお風呂に入ってしまおう。
テストが終わったら自分から誘ってみせるぞ!
やっぱりなんにも不安になることはなく終えることができた。
3日間と違って図書室でもちゃんと17時までいられるのは嬉しい。
あと、ちゃんとみんなは利用してくれなくなってくれた、や、本当なら良くないけど。
「一美ちゃんは大丈夫だった?」
「ええ、あれぐらい余裕よ」
「おぉ、格好いいっ」
「ふふ、猫は慌てていそうよね」
「ところがどっこいっ、私も余裕でできたんですよ!」
……本当になんで知くんは彼女を狙おうとしないんだろう。
はっ! 綺麗すぎるから普通を狙いたくなっちゃったのかな?
「ねえ、この前はありがとね」
「それでどうして手に触れるの?」
「あっ、最近は癖になっちゃってて……」
真夕もすぐに甘えてくるようになったから癖になってる。
「驚いたわ、こっちのことをそういう意味で狙っているのかと思った」
「私が男の子だったら一美ちゃんを狙っていたよ、だって格好良すぎるもん」
「そう、それなら受け入れようかしら」
「あははっ、ノリがいいなあ」
それにしても、なんで知くんは来てくれないんだろう。
「いま知のことを考えているでしょう?」
「あ、うん、なんで来ないの?」
「それは風邪で寝込んでいるからよ」
「えっ!?」
「ふふ、わかりやすいわね、終わったら行ってあげなさい」
彼女は本棚の方に歩いていってしまった。
できればこのまま行きたいところだけどそれはできない。
だからなるべく時間が早く経過してくれるようにとお願いしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます