04話.[いいことはない]

 藤原くんとのそれはなんともなく終わった。

 どうすれば上手く歌えるのかと聞かれたので自分はこうしていると説明しておいた。

 でも、私にとって問題だったのは寧ろその後。


「え、いまから来いって?」


 真夕からそんなメッセージが送られてきてそこそこ遅くに出ることに。

 敢えて遅い時間を選択したことからもそれは簡単に想像することができる。

 危惧していたことが実際に起ころうとしているということだ。

 相手が例え長く付き合っていた存在だろうと不満があったらぶつける人間だから行かないと。


「お、ひとりで来れたんだね、偉い偉い」

「馬鹿にしないで、怖いわけがないじゃん」


 さて、これからなにを言われるのか。

 家ではなくこんな不気味な公園を選択した理由はなんだ?


「最近さ、やけに圭佑君に構われているよね」

「私は図書委員としてあそこにいるだけなんだけどね」


 それに私的には柏田くんにどうアピールしていけばいいのかを考えているだけ。

 そこに勝手に藤原くんがやって来て、勝手に周りの子に恨まれるというのは辛い。

 藤原くんもね、せめて休日とかに来てくれればいいのに。

 学校で変に近づいたりしたらそりゃ不満も出るでしょうよ。


「長年一緒にいる猫なら私の言いたいこと、わかるよね?」

「私は自分から近づいたりしてないよ、その証拠に教室では席でじっとしてるじゃん」


 仮に仲良くなれてもそういう面で問題になりやすい彼は無理。

 彼もまたこちらのことをそういう意味で意識することはないだろうから考えるだけ無駄だ。


「もしかして図書室でひとりでいるのってそういうつもりなのかなーって」

「そんなことないよ、そんなに疑うなら真夕だって来たらいいじゃん」


 絶対ひとりがいいだなんて言っていない。

 あそこにいれば彼が来るということなら図書委員としてあそこにいればいい。

 そうすればいまよりもっと自然に近づけるだろう。

 もっとも、そういう風に待ち構えると来ないのが人間というものなんだけど。

 物欲センサーみたいなものだ、あまりにがっつきすぎると理想とは全く別の流れになる。


「私は柏田くんを振り向かせようとしているんだから」

「かしわだ? 誰それ?」

「真夕が空気読めないって言った子だよ」

「本当? あんな子を狙ってんの?」


 あんな子って真夕はなにも知らないでしょ。

 私がいくら醜態を晒そうが一緒にいてくれる子だ、すっごくいい子なんだから。


「ふぅん、でも猫がそういう風に動く前に終わってきたの忘れたの?」

「わかってるよ、だからこそ今回は積極的に動こうと決めたの」


 柏田くんが一緒にいたいと言ってくれているのだから全て我慢させているというわけでもないはず。

 それならいくら情けないところを晒そうと頑張っていくしかない、初めてそのチャンスを貰えたんだから。

 アピールを続けて無理そうなら迷惑になるからやめると決めているし。


「なるほどねー」

「藤原くんとは本当になにもないから勘違いしないで」

「そうだね、猫は嘘をついたりしないもんね、だから携帯貸して」

「え、うん」


 あ……そういえば今日交換したんだった。

 また頼むかもしれないからということだったけど、真夕からしたら理由なんかどうでもいいよね。


「あれ、なんで圭佑君の連絡先が登録してあるの?」

「今日、カラオケに行って……」

「なにもないって言えるのそれ」


 こっちにとっては必要ないことだったけど交換してしまったのは事実。

 彼女にとっては面白くないことの連続か、冷たくなるのも無理はないのかも。


「嘘ついたんだ」


 嘘をついたというか申告しなかっただけというか。

 内で言い訳をしている最中に真夕は携帯を草が生い茂っている方に投げてしまった。

 そしてそのまま歩いて行ってしまう。

 割とすぐにはっとなったけど……すぐに見つかる感じもしない。


「あ、着信音が……」


 ナイスタイミング、そのおかげですぐに見つけることができた。


「もしもし?」

「あれ、いま外にいるんですか?」

「うん、ちょっとね」


 ありがたい、柏田くんのおかげで長時間ここに留まることにならずに済んだ。

 一方的にお礼を言って家へと向かって歩いていく。


「なんでこんな時間に……」

「野良猫を見つけてさ、追ってたら遅くなっちゃって……」


 携帯を捨てなくても連絡先を消すだけで良くない?

 しかも長年一緒にいるなら私如きが選ばれるわけがないってわかるでしょ。


「声、震えていませんか?」

「外は寒いからね」


 声が震えているのだとしたら単純に怖いからだ。

 切り捨てることを簡単にする真夕とはいつかこうして衝突するとわかっていたから大丈夫。


「どこにいるんですか? 行きますよいまから」 

「大丈夫、心配してくれてありがとね、それじゃ」


 彼は本当にいいことをしてくれた。

 ただそれだけで十分、というか普段から支えられすぎでしょ私は。

 年上としてできていることってなにもないな、単純に人としてだってそう。

 不安だからと彼はいてくれているけど、もっとしっかりしたら離れてしまうのだろうか?

 ちゃらんぽらんな自分でいればずっといてくれるのかな?


「ただいま」

「遅い!」

「ごめん、お風呂に入ってくるね」


 敢えてそうしなくても自分はずっとそのままか。


「ふぅ」


 温かいお湯が冷えた体を暖めてくれる。

 明日からは上手くやり過ごしていこう。




 お昼休みと放課後はここにいなければならない以上逃げるのは困難だ。

 真夕や他の子がいくらその気になろうと藤原くんの行動を縛ることはできないから。


「小島先輩、少しいいですか?」

「うん、どうしたの?」


 いきなりやって来たと思ったら茶化すことができないような雰囲気。


「これから夜遅くに出るときは必ず自分を呼んでください」

「いや、流石にそこまではできないよ」


 帰りだって一緒に帰ると言えばあれだけど、本当のところは送ってもらっているんだから。

 それに夜に外に出るとかしないし、あ、なにもなければだけど。


「そもそも小島先輩は女の子なんですから夜に出るべきではないです」

「男の子だろうと女だろうと関係ないよ、柏田くんだって出るべきじゃない」


 彼は私を女の子扱いしてくれるから嬉しい。

 だからってわざと外に出たりなんかしないけども。


「もしかしてなにかあったと思っているの? 本当に野良猫を追いかけていただけだよ」

「シロクロウさんがいるじゃないですか」

「うっ、もっともだね」


 実際にそんなことをしたらシロクロウはすぐに怒るというか暫く相手をしてくれなくなる。

 匂いとかでわかるんだろうな、動物の嗅覚って人間よりすごいみたいだし。


「大丈夫、それ以外では出たりしないから」

「大体、家に帰ってから出るって不自然じゃないですか?」

「まだお風呂にも入っていなかったからお散歩……」

「本当のことを言ってください」


 困っていますアピールをするのは違うだろう。

 それに心配してもらいたいのではなく私は普通に仲良くしたいんだ。


「心配してくれてありがとう、けど、昨日も言ったように大丈夫だから」


 助けてもらいたくて一緒にいるわけじゃない。

 別に無駄なプライドを優先しているわけでもなくこの程度なら自分で対処できるから。

 邪魔になったら躊躇なく切る、真夕とはそういう人間だから勝手にそうさせておけばいい。


「ほら座って、立ったままだと疲れちゃうでしょ」

「……わかりました」


 ちなみに、連絡先は当然のように消されていた。

 こちらから送るつもりなんてなかったのに過剰に反応し過ぎだと思う。

 何気に柏田くんのも消されていたのがいま1番困っていることだ。

 電話番号は昨日かけてきてくれやつを登録させてもらっているけどね。


「お昼休みは暖房をつけれないから寒いねー」

「そうですね、寒いのはあまり得意じゃないので大変です」

「教室にいたらいいのに、それこそ暖房なんてつけられないけど人がいるだけで違うよ」


 反対側の校舎というだけで冷えるからわざわざ来るべきじゃない。

 不安になるから一緒にいてくれるというのもなんだか微妙だし。

 どうせなら私と純粋にいたいからと一緒にいてほしいなって。


「……またしてくれないんですか?」

「へ? なにを?」

「ほ、ほら、シロクロウさんにするとってあれですよ」

「ああ! ふふ、してほしいの?」


 それはまたなんとも物好きというかマニアックというか。

 呼んだら来てくれたのでそのまま手を握らせてもらう。

 本当に昨日は助かったんだ、これぐらいならいくらでもしよう。


「ありがとね、本当に柏田くんにはしてもらってばっかり」

「なにもできていないですよ、いきなり声をかけたせいであんな結果になったりしましたし」

「あはは、あれは私が悪いから」


 な、なんか悪くない雰囲気じゃない?

 少しずつ仲を深めていけば私にだって人を振り向かせることもできるかもしれない。

 行き過ぎたら駄目だけど、あまり迷惑をかけるようなことはしていないしさ。


「柏田く――」

「お、知君久しぶりー」


 まーた嫌なタイミングで仕掛けてきたものだ。

 行動をするまでが早いのが真夕らしいとも言えるけど。

 とにかく彼女は彼にべたべたと触れ始めた。

 私ではどうしようもないから見ているだけしかできない。


「あれ、なんで顔を背けようとしているの?」

「いえ……、それより距離が近くないですか?」

「そうかな? 私からしたら普通の距離だけど?」


 事実、真夕にとってあの距離は普通だ。

 気に入った男の子であればあのように積極的にアピールしていく。

 あれで影響を受けてしまう男の子は多かった、巨乳というのも大きい。


「ちょ、可愛いな~」

「やめてください」

「なんで? いま猫にも触れられていたけど拒んでなかったじゃん」

「あなたと小島先輩では違うので」

「ふぅん」


 知らない彼ではしょうがないけどそういうのが1番悪手だった。

 明らかに雰囲気が変わっている。

 彼女は彼の両頬を無理やり掴むと、無理やり唇を重ねてしまった。

 そのときになって初めて彼はばっと彼女を押し、そのまま図書室から出ていってしまう。


「あんなに慌てることないのにね」

「趣味悪いね」

「キスぐらいこの歳なら何回もするでしょ」


 どこの次元の人間の話だろうか、やるだけやって満足そうに出ていくしさ。


「最悪……」


 今回のこれは私がいたから起きたことだ。

 下手をすれば来てくれなくなる可能性がある。

 というか、巻き込まないためにも自分から避けることが必要なのだろうか?

 それは自分の理想とは真逆の行為だ、仲良くなりたいところなのにそんなことしたくない。

 にしても、仮にやり慣れているのだとしてもよくするなあって。

 まだお昼休みなのに、これからまだ授業だって受けなければならないのにさ。

 とりあえず図書室の鍵を閉めて教室に戻って。

 呑気に「おかー」なんて言ってきたから普通に返した。

 ここで露骨な反応を見せるとますます助長させるだけ。

 ただ、これもまた失敗だったのかもしれない。


「あれっ?」


 授業を終えて図書室へ行こうとしたら鍵がなかった。

 失くしたりしないよう鞄にちゃんと入れていたはずなのに。

 

「真夕っ、鍵をどこにやったの!」

「知らないよ、ちゃんと管理しておかなければ駄目でしょ?」


 試しに他の子に聞いてみてもわからないと言われるだけ。

 根回ししているというわけではなく、単純に知らないんだろう。

 鍵を失くすのは不味い、信用してくれているから持ったままでも許可してくれているのに。

 ごみ箱だろうがなんだろうがチェックして、だけど見つからなかった。

 鞄をもう1度念入りに見てみてもそう。

 ……仕方がないから先生に謝ることにした。

 変に怒られなかったことが気になるというか……。

 今日のところは先生に任せて探すことだけに専念する。


「あっ」


 たまたまトイレ内を探していたときのこと。

 便器内に浮いているのを発見して拾い上げる。

 ……最悪なことになんか水が汚れていたけどしょうがない。


「うぅ……汚い」

「あ、見つけたんだ」

「真夕……」


 手を洗うことぐらい許してくれてもいいのにね。

 なるべく被害が出ないように鍵はなるべく遠ざけておいた。


「知君にも近づくのやめたらやめてあげるよ」

「あの子は自分の意思で来てくれているんだよ」

「それなら来ないでって言って」


 彼女はポケットから携帯を取り出して渡してきた。

 敢えて汚れている手の方で触ってやろうとしたけどやめて耳に当てる。


「……もしもし?」

「柏田くん?」

「え……なんで」


 なんでって私が言いたい。

 藤原くんとちょーっと関わったぐらいでこれなんだから。


「聞いて、もう来ないでほしいの」


 返そうとしたら口パクで迷惑と言えと……。


「迷惑だから来てほしくない、それじゃあね」


 今度こそ叩き返してまずは手を洗った、次は鍵もしっかり忘れずに。

 真夕は「約束だからもうしないであげる」と残して鼻歌交じりでどこかに行った。

 ……こちらは鍵を先生に返すことにした。

 職員室に勝手に返っていたらあれなので直接手渡すことに。

 ただ水洗いをするのではなくハンドソープをつけて洗ってあるから大丈夫。


「本当にすみませんでした」


 これからはしっかりと返そうと思う。

 その方が安全だし、それで信用されなくなってもあれだから。

 今日は途中で変わったりせず帰らせてもらうことにした。


「はぁ……」


 帰ったらすぐにお風呂に入ろう。

 何故友達として続いていたのかがわからない。

 これまではそういう対象として排除されていなかったというだけなのかな。


「ただいま……」


 母は専業主婦なのに家に必ずいるというわけではない。

 お風呂の栓をして温かいお湯を溜めて。


「迷惑とか向こうがそう思うよね」


 結局、自分可愛さで自分を守るために行動してしまった。

 その事実だけは変わらない、例え脅されていたのだとしてもだ。

 悪目立ちしない生き方をしていこうと思う。

 ただそれだけが自分のできる精一杯のことだった。




「え、圭佑君っていま流行りの映画見たの?」

「姉に無理やり連れて行かれてね、だから知らなかったんだけど面白くて驚いたよ」


 媚び媚びの甘い声。

 聞こうとしていなくてもどうしても聞こえてしまう。

 ボディとかは女子高生らしからぬ感じだけど中身は子どもだ。

 自分の理想通りの展開にならなければどんな手段を使っても相手を潰すだなんて。


「小島先輩、少しいいですか?」

「え、廣瀬さん?」


 廊下に出て話すことに。

 敬語はいらないと言ったらすぐに変えてくれた。


「昨日から知の様子が変なのよ」

「それ、私のせいだ……」

「説明して」


 放課後になったらすると約束をして教室に戻る。


「ねえ、いまの誰?」

「……柏田くんの幼馴染だよ」

「へえ、なんか面白そう」


 あまりに調子に乗っていると酷い目に遭うぞ。

 もっとも、彼女の場合はそうなっても自業自得なのかもしれないけど。

 なんというか、廣瀬さんを怒らせたら大変なことになりそうなんだよなあ。

 雰囲気がそう感じさせるのかな? 少なくとも保身に走った自分とは絶対に違う。

 廣瀬さんが仮に強いのだとしても、それでなにかが変わるとしても変わらないことがある。

 もうアピールしたりなんかはできないという事実。

 やっぱり人気者に関わるといいことはないと教えられたような一件だった。

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