03話.[行動しないとな]

「小島さん、ちょっといいかな?」

「あ、私はこれから図書室に行かなければならないから」

「それなら俺も行こうかな」


 図書室で過ごすことは私的には楽しい時間となる。

 なんというか反対側の校舎ということで静かでいい。

 人もあまり利用しないから無理な敬語を引き出そうとする必要もないし。

 お昼休みから放課後にかけては先生が信用してくれているので鍵を持っていてもいいと言ってくれるぐらい。

 やっぱり普段から小さいことでも積み重ねておくといいことがあるということのような気がした。


「へえ、毎日ここにいるんだ?」

「うん、お弁当を食べた後のちょっとの時間と、放課後は17時までだけどね」


 なにも褒められるようなことはしていない。

 ここでやることと言えばお喋りだから私物化していると言われてもおかしくないし。

 だから相手には絶対に言わせない、偉いねなんて言われても困る、別に言ってきてないけど。


「小島先輩、こんにちは」

「うん、こんにちは」


 やはり藤原くんといるよりは柏田くんといる方が落ち着く。

 見たことがないだけだけど、藤原くんみたいに大人気というわけでもないだろうし。

 それにあれだ、真夕に狙っているとか勘違いされたら困るから。

 そういうのは廣瀬さんだけで間に合っているんですよ。


「あ、この前の……」

「1年の柏田知です、よろしくお願いします」

「俺は藤原圭佑けいすけ、よろしく」


 なんかここで「なにか用があったの?」とは聞きづらい。

 柏田くんがいるからだろうか? って、別に意識されているわけでもないのにね。


「そうだ、この前は無理やり誘ってごめん」

「え?」

「真夕に頼んだんだよ、小島さんを誘ってほしいって」


 おいおい、それって真夕からしたら面白くないじゃん。

 あれか、教室で関わっていない女子はもう私だけなんだろうな。


「でも、来てくれて嬉しかった」

「あくまで真夕に誘われたと思っていたから」

「それでも一緒にカラオケ店に行けて良かった」


 あーやだやだ、なんでこういうことを言えてしまうのか。

 私がめちゃくちゃ単純な女だったら勘違いしてしまうというのに。


「あの後はどうしたの?」

「飲食店に行ってご飯を食べたかな、その後は自然と解散になったけど」

「いきなり抜けてごめんね、あまりにもおまけだったからさ」


 あのとき柏田くんが来てくれて良かった。

 ああいう抜け方をしておかないと気を使わせてしまうから。


「名前で変に盛り上がったからでしょ? ごめん」

「違う違う、そんなこと気にしてないから」

「じゃあ、呼んでいい?」


 え……どうする小島猫っ。

 ここで変に許可を出してしまったら柏田くん的には面白くないのでは?

 だって仲良くなってからでないと的なことを言ったんだから。


「冗談だよ、話はそれだけだから」

「そ、そっか」

「うん、じゃあ俺は戻っているから」

「わかった」


 なんかどっと疲れた……。

 誰も来ないのをいいことに突っ伏していたら急に足音が聞こえてきて驚く。


「僕のこと完全に忘れていましたよね」

「ご、ごめん」


 そっか、普通にいたんだった。

 藤原くんは話しやすくもあるからつい長く……良くないね。


「仲がいいんですね」

「そんなわけないよ、まともに話したのは土曜日が初めてだし」


 藤原くんが踏み込んでいくと言うよりも、相手をしている私達が心を許して距離が近いように見えるんだと思う。変にガードを固めていたってしょうがないからしているだけで、そういう風な仲になれるとは一切考えていないけれども。


「約束、ちゃんと守りましたよ」

「廣瀬さんはなにも言っていなかった?」

「はい、今度小島先輩とお話ししたいとは言っていましたが」


 1番駄目なやつだった。

 まあでも、そこで現実というやつを突きつけてくれたら乙女脳も落ち着くかもしれない。

 ちょっと優しかったりしたら恋愛対象として見始めてしまうのは不味いから。

 ただ、そんなにちょろくはないと自負していた。

 ……実際は動く前に勘違いできないぐらい相手の関係性が変わってしまうということだけど。


「小島先輩のおすすめを教えてくれませんか?」

「ごめん、図書委員だけど本は全然読まないんだよ」

「え、じゃあ受付に座っているだけですか?」

「うん、本に触れるのは掃除をしたりするときだけかな」


 それでも図書委員としての活動をしっかりやっておけば怒られることもない。

 しかも一緒にやる相手は真夕だし、なんならひとりでもやらせてもらえるから気が楽だ。

 変に先輩とやらされたり後輩とやらされたりする委員会もあるらしいので、その点は凄く良かった。

 

「役に立てなくてごめんね、きみの前では悪いところばかりしか見せられてないや」

「謝らないでください、それでも真面目にやっているのは格好いいことですから」

「ごめん、なんか無理やり言わせたみたいになっちゃった」


 心がそんなことないよと言ってくれるのを望んでいる。

 情けないね本当に、廣瀬さんがいなくてもこれはなにも変わらないね。


「柏田くんはさ、学校楽しい?」

「楽しいですよ、もう12月である程度慣れましたからね」

「良かったね、私もここにいるときは幸せだよ」


 気を使わなくていいのは大きい。

 ま、教室でそうしているかと問われれば返事に困るけど。

 勝手にそうなるのではなく自分の意思でひとりでいるのがいい。


「……もしかしたら迷惑でした?」

「ううん、柏田くん達が来てくれるのも嬉しいよ」


 話すのはそこそこ好きな方だから、図書室はお喋りするところじゃないんだけどね。


「それに柏田くんは優しいから、一緒に帰ってくれるし」

「不安になるので」

「ありがたいよ、暗いのが苦手なのは変わらないからね」


 ヒロイン属性はあるんだけど残念ながら縁がない。

 きゃーって抱きついても私では効果も薄いだろうし……。

 それにそんな露骨なやつをやらなくてもわっ! とか急に大声を出されれば走り去るから。


「でも、それなら図書委員の仕事はせずに帰ったらどうですか?」

「それとこれとは話が別だよ、それに放課後にここでぼうっとしているのが1番だから」


 先に帰りたいなら帰ってもいいよと言っておく。

 苦手なだけだから家にぐらいは普通に帰れるからだ。

 

「暖房が暖かい……」

「それはわかります」


 なんとなく彼の手の上に手を置いてみた。

 彼が猫だったらどういう品種になるのだろうか。

 シロクロウはマンチカンだから足が短いけど私に似ていていい、足が短い……。


「あ、あの……」

「家には猫がいるんだけどさ、こんな感じで足の上に手を置くと面白いんだ」


 よくあるのがそのまま頭突きをしてくるパターン。

 ある程度の勢いがあるから倒れそうになることがあるぐらい。

 けど、リビングで寝転がっているとすぐにお腹の上に乗ってくるから可愛くていい。


「見てみたいです」

「それなら今日来る? 一緒に帰ってもらっているからいいよ?」

「行きたいです」

「うん、わかった」


 残念ながら不意にスキンシップ作戦は失敗に終わった。

 彼の方から手を引っこ抜いて距離を作られてしまう。

 ごめんなさい、こういうやり方しか思い浮かばなくてごめんなさい。

 嫌なら言葉で伝えてくれた方が良かったなまだ……。

 ある程度のところで鍵を閉めて戻ることに。

 授業で使うときなんかには先生から教えてもらえるので持ったままでも問題はない。

 心はかなり冷えていたけど興味もない人間に触れられればみんなあんな感じだろうし。


「おかー」

「ただいま」


 真夕といるのが1番落ち着くかな。

 でも、もっと仲を深められたら異性とだってそうなれるかもしれない。

 もしそうなれたら嬉しいなってなんとなく思ったのだった。




「シロクロウー」


 やけにのっそりとした感じでソファの上からやって来てくれた。

 初対面である柏田くんには警戒しているらしく、私の後ろに隠れるようにしている。


「大きいですね」

「だね。でも、足は私と一緒で短くて可愛いでしょ?」

「は、反応に困ります」


 そこはその通りと笑ってくれればいいものを。

 そうじゃないと即答できるレベルではないとわかっているんだからさ。

 その足の主である自分が1番わかっている、自虐していないとやっていられないのだ。


「シロクロウ」


 持ち上げて彼に近づけてみる。

 やはりちょっと怖いようで暴れてどこかに行ってしまった。

 それでも興味はあるのか割とすぐに戻ってきてなんとも言えない距離感を保っているシロクロウ。


「こればかりは何回も来て信用してもらうしかないね」

「何回も来ていいんですか?」

「うん、柏田くんは酷いことしないでしょ?」


 少し一緒にいればわかる、彼はいい子だって。

 廣瀬さんが側にいるのだからその効果も大きいはず。

 なにか間違ったことをしたらすぐに止めそうだ、察知する能力も高そうだから。


「あの、あんまり信用しない方がいいと思います」

「なんで? きみは優しいでしょ?」

「やっぱり不安になります」


 私の生き方は不安になるらしい。

 別にわざと敵対してたくさんの人に嫌われているというわけでもないのに。

 それどころかある程度のコミュ力があるのもあって、無難な立ち位置にいられている気がしているのに。


「ま、まあまあ、気にせずにいてよ」


 近づいて来たシロクロウを撫でて心を落ち着かせる。

 漠然と不安になると言われても困ってしまう。


「あ、ほら、シロクロウが行ってくれてるよ」

「さ、触ってもいいんですかね?」

「大丈夫、なるべくゆっくりね」


 いきなり異性を家に連れ込んだりすることも良くないということか。

 真夕基準で考えるとそれはなんにもおかしいことじゃないからあれなんだけど。

 私程度の人間がするな、なんてことは彼は考えないだろうし。

 

「お、おぉ、猫なんて滅多に触れないので嬉しいです」

「え、今日触ったじゃん」

「あ、そうですね、シロクロウさんを触らせてもらっていますもんね」

「違うよ、今日のお昼に触ったでしょ?」


 ボケているんだからツッコんでほしい!

 勝手に触った身としてかなり恥ずかしいことを言っているんだから。


「え? あ……」

「ね、猫だから」

「す、すみません、察しが悪くて」


 くっ、謝るなっ、謝ってくれるな柏田くん!

 痛い、心がすっごく痛い、あとは暖房も効いているのに寒いよ……。


「うざ絡みをしてごめん……」

「い、いえ……」


 もう無理だよっ、こんな空気の中いられない!

 なので外に飛び出すことにした、私の心情とは裏腹に冷静に冷やしてくれる外気。


「あ、お母さんおかえり」

「ただいまー――ん? 暗いのが苦手なのになにやっているの?」

「それはちょっとね」


 家に居づらい理由がある。

 その原因を作ったのは自分だから馬鹿としか言いようがない。


「小島先輩! あ、そこにいたんですね」


 嫌なタイミングで彼が出てきてしまった。


「ん? きみは誰かな?」

「あ、柏田知です! 小島先輩には良くしてもらっていて!」

「そうなんだ? あ、なるほどね、猫ちゃんが言っていたのはきみのことだったのか」


 彼のことを話したのはあのどろどろ事件のときだけ。

 だって変に異性のことを話すとすぐに邪推してくるからだ。

 すーぐ恋愛脳になってしまうところは親子で似ている感じもするけども。


「でも、そろそろ帰らないとね、あんまり異性の家に長居するのも良くないから」

「はい、これで失礼します」

「猫ちゃんはそういうところの考えが足りないから見ていてあげてね」

「わかりました、僕に任せてください」


 彼はどこか大胆な部分がある。

 普通は任せてくれなんて言えないと思う。

 しかも相手は大して関わりのない人間の親、思っていても口には出せずが普通だろう。


「送るよ」

「大丈夫ですよ、それに怖いですよね?」

「怖くないもん、苦手なだけなんだから」


 彼は「僕的には同じですよ」と残して歩いていってしまった。

 なんか下に見られている気がしたので、どうすれば年上として扱ってくれるのかをたくさん考えた。

 結果、無理したところでから回って余計に恥ずかしいところを見せるだけだと考えてやめたのだった。




「にゃ~」

「あの……小島先輩?」

「にゃっ」


 今日もうざ絡みをしていた。

 かなり痛いけど一層のこと猫になってしまった方が名前負けしないかもしれないと判断して。


「ちょっ」

「ごろごろ~」


 ちなみにこれは全部、ちゃんと自分が発音している。

 あの猫特有のごろごろ音は難しかったから思いきり言葉をなぞっているだけだけど。


「あの……やめた方がいいかと」

「きしゃー!」

「無理しているのが丸わかりですよ、顔色も悪いですし」


 彼の明らかに困ったような顔が心に突き刺さる。


「うぅ……」


 なんでこんなに残酷なことができるの。

 せめて名前に相応しい人間になれるようにと頑張っていたのに。


「ごめん」

「いえ、謝らなくていいですよ」

「いやごめん」


 恥を捨てきることができなかった。

 そもそもの話、相手の選択を間違えたことになる。

 関わった時間が長くない彼にやったらそりゃこうなるよ。

 ぱんっと叩かれて逃げられなかっただけ感謝するしかない。


「シロクロウが見たかったらいつでも来てね」

「慣れてくれたら嬉しいです」

「大丈夫だよ、シロクロウも柏田くんも優しいんだから」


 そういうのを本能で感じ取ってくれると思う。

 私が連れてきているということで警戒しないようになるかもしれない。

 真夕にだったら呼ばなくても勝手に足の上に乗るぐらいだからね、本人には嫌がられているけど。

 何故なら季節によっては毛が凄くつくから、すぐには落ちないし気持ちは少しわかる。


「藤原先輩にはしたんですか?」

「ま、まさかっ、そんなことしたら精神が死んじゃうよっ」

「それなら僕にはどうしてですか?」


 どうしてと言われても……馬鹿にしてこないという願望があったから?

 先輩という立場を上手く利用していることになる。

 真面目な子であればあるほど、なにか不安を感じていても口にすることはできないから。

 だってうざいなんて言えないでしょ? 言われたらそれこそ精神が死ぬけどさ。


「信用しているからだよ」

「それって僕がちょっと優しくしたからですか?」

「え、だって、きみは悪く言ったりはしないでしょ?」

「まだそう判断するには時期尚早ですよ」

「きみは悪く言わないから」


 なんでこんなに自己評価が低いんだろう。

 それとも万が一のときのために私みたいに保険をかけているだけなの?


「私はきみのことを信用するから」


 こちらの自由だ、相手に邪魔する権利はない。

 明らかに悪い人間であれば信用なんてできないから大丈夫。

 流石に私もそれぐらいの能力はあった、偽っていたら真夕といることでわかるようになったし。


「それは嬉しいですけどね」

「でしょ? だから信用させてよ。あ、だからって嫌なら来なくていいからね?」


 縛りたいわけじゃない。

 それにちょっと違うところに意識を向ければ廣瀬さんがいてくれるんだから。

 こっちに時間を使っている方がもったいないから指摘してあげないとね。


「良かった、まだここにいたんだ」

「ん? あ、藤原くん、なにか用があったの?」

「いまから一緒に来てくれないかな、この前みたいに人はいっぱいいないからさ」

「あー、17時までここにいなければならないから」

「わかった、それなら待ってるよ」


 待って、それじゃあ行くしかなくなるじゃん。


「柏田くんも連れて行っていい?」

「うん、大丈夫」

「柏田くんもいいかな?」

「大丈夫ですよ」

「じゃあ、そういうことで」


 これだとまず間違いなく真夕もいる。

 できるだけ空気を読んで行動しないとなあ。

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