02話.[潰してくるはず]

「あ、小島です、よろしく」


 語彙がないからあれだけどめっちゃ綺麗じゃん!

 そもそも同じところに立てていない、だから圧をかけるなんてしなくていいのに。


「廣瀬さんは柏田くんの幼馴染なんでしょ?」

「はい、知の幼馴染です」


 敢えて名前呼びで圧をかけているわけではないんだろうな。

 いやこれは近づかない方がいいかもしれない。


「廣瀬さんから柏田くんがここに来ないように言ってくれないかな?」

「なんでですか? 知が自分の意思で行っているのならいいと思いますが」

「いやほら、廣瀬さんがさ……」

「私がどうしましたか?」


 毎回来られると困ってしまうのだ。

 そういうつもりはなくても相手によってはそういう風に見えるかもしれないし。


「あ、予鈴だっ、閉めるから出て!」

「「わかりました」」


 恋は争いだけど巻き込まれるのはごめんだった。

 午後の授業を乗り越えて、図書委員として17時まで残って、終わったら家に帰る。

 12月だからすぐに暗くなるけど17時ぐらいならまだあまり怖くもないから問題はない。

 それどころか廣瀬さんに見られることの方が怖いから柏田くんには来てほしくなかった。

 もう忘れよう、元々私には釣り合わない相手だったのだ。

 でも、いつもこうなんだよなあ。

 自分が気になった人間は毎回誰か他の子と上手くいって駄目になる。

 告白することもできずに、大して仲良くもできずに終わってしまうという流れ。

 だからこそ余計に恋に興味を持って、その度に現実を突きつけられることになると。


「あ、おかえり」

「うん」


 真夕は付き合っても長続きしないタイプだった。

 けれどなにもできずに取られて終わるよりもいいのではないだろうか。


「猫はさ、今週の土曜日って暇?」

「はぁ、暇だから名前で呼ばないで」

「じゃ、駅前に集合ね、あ、正午に!」


 まだなにもアピールすらできていないまま終わりだなんて。

 できたのは年上として情けないところを見せただけ。

 

「小島さん、土曜日によろしくね」

「え……」

「あれ、真夕から聞いてなかった?」


 おいおいおい! いきなり慣れない人と遊びに行くのはあれだぞ……。

 しかも相手はあの藤原くんとか、絶対に金魚のフン状態になるじゃん。

 ちゃっかり名前で呼ばれている親友真夕さん、私のことは忘れておくれよ。


「あ、よ、よろしく」

「うん、よろしく」


 嬉しいはずなのに嬉しくない。

 だってどう考えてもおまけ以上にはなれないから。

 こっちのことなんて全く考えずに誘ってきてしまうところは駄目かなあ……。




 土曜日。

 それでも約束だからちゃんと集合場所にやって来た、しかもちゃんと集合時間の15分前に。 

 早すぎたのか他には誰もいない、知らない人と一緒にいてもあれだからいいけどね。


「おーい!」


 え゛、まさか藤原くんが来るなんて。

 こういうの本当に勘弁していただきたい。

 遅れていくのは人としてありえないから早く来たのに、まるで期待していたみたいじゃん。

 おまけが勘違いすると雰囲気をぶち壊すので本当に良くない、うん良くない。


「ごめんっ、遅れちゃったかなっ?」

「遅れてないよ、時間通りだから大丈夫」


 こういうやり取りをしているとまるでこれからデートをする男女みたい。

 でもわかっている、後ろからは真夕達が来ているのが見えているからそうじゃないと。


「猫ー、お待たせー」


 無視だ無視、猫なんてここにいないから。

 これならまだ家でシロクロウを愛でていた方がマシだったな。

 すぐにわかったけどさ、この真夕以外全然知らない人達とカラオケとか自殺行為でしょ。

 ただ私は空気を読める人間、名前が猫である以外で恥ずかしいことはあんまりない。

 だから順番が回ってきたら遠慮なく歌ってまったりとしていた。

 ここで変に恥ずかしがって歌わない方が空気を壊すことになるからね。

 あ、ジュース注いでこよ。


「んー」


 変に口内がべたつくのもあれだからお茶を飲むのもいいかもしれない。

 ここで敢えて飲み物だけではなくアイスを持って戻るのもいいかもしれない。


「小島さんもアイス食べるの?」

「えっ? ああ、そうしようかなって」


 静かに近づくのはやめておくれよ……。

 夜じゃなくても背後から声をかけられるのは軽く飛び上がれる。


「そういえば歌うの上手だったね」

「うーん、個人的にはあんまりかなあ」


 真夕とだけのカラオケならもっと大胆にできた。

 何回も来たことがあるから緊張もしないものだと考えていたんだけどね。

 やっぱり相手が全く知らない人ばかりだとどうしようもなくなるというか。


「俺なんて最高で80点ぐらいしか取れないからさ」

「楽しくできればそれでいいんだよ」


 上を目指そうとしたって上には上がいるという現実を知るだけなんだから。

 他のお客さんも来たのでぱぱっとアイスをカップに注いで部屋に戻る。

 いまから真夕が歌うところだったらしく、マイクを独特な持ち方をしてわざわざ立ち上がっていた。

 ところで、なんで私はここに誘われたの?

 真夕は相手が知らない人間であったとしても緊張するようなタイプではない。

 相手が仮に先輩であっても言いたいことを言う人間だからそれで誘うような人間ではないと。

 

「ふぅ、歌ったー」


 はっ、お前はあくまでおまけなんだと現実を見せるために!?

 ……ないない、それならそうではっきり言う子だから大丈夫。


「猫、ちょっとちょうだい」

「はぁ……、はい」

「あむ――おぉ、美味いっ」


 誰かが拾ってしまう前に終わらせてしまいたい。

 アイスを食べさせれば黙ってくれるということなら問題もないだろう。


「そういえばさっきからなんで猫って?」


 聞いてきたのは藤原くんじゃない男の子。


「ああ、小島さんの名前が猫だからだよ」


 と、答えてくれたのが藤原くん、なんでなんだあ……。


「えっ、そ、そうなんだ……」

「私は可愛いって言ってるんだけどねー」

「でも、自分の名前が猫だったら名乗りづらいな……」


 おいおい、人の名前で盛り上がっていないで歌を歌って盛り上がろうよ。

 もうあまり時間も余裕がない、数曲しか歌っていなくても同じ値段を取られるんだから。


「俺も可愛いと思うけどね」

「でしょ? なのに猫はずっとこの調子だからね」


 とりあえずは誰かに歌うように言って端で縮こまっておく。

 だから嫌なんだよな、名前を知られているのは同じクラスだからしょうがないけどさ。

 これが終わったら帰ろう、多少は付き合ったんだから問題もないでしょ。

 これからは真夕に誘われても了承するのはきちんと聞いてからにする。


「ひとり何円だっけ?」

「750円だね」

「あ、700円しかない……」


 あれはそういう作戦だ、出させるためのもの。

「それなら俺が出すよ」と藤原くんは簡単に引っかかってしまう。


「藤原くんいいよ、はい、800円ね」

「わ、わかった」


 よし、お金も渡したことだからなにか理由を作って帰ることにしなければ。


「みんな、私は用事――」

「あれ、小島先輩じゃないですか」


 何故か柏田くんと遭遇。

 そのまま腕を掴んで彼と約束していたからと利用させてもらうことにした。

 私は悪女だ、彼には廣瀬さんという完璧な幼馴染がいるのに。


「あそこの角まで行こう」

「わかりました」


 みんなと離れてしまえばこっちのもの。

 そこまで行ったら手を離して頭を下げる。


「ごめん、利用しちゃって」

「いえ、それは構いませんよ」


 頭を上げて愛想笑いを浮かべておく。

 アピールしたいとかそういうのではなかった。

 しかも大して知らない人間に急に距離を詰められても怖いだけだろう。


「どこかに行こうとしていたの?」

「あ、本を買って帰るところだったんです、小島先輩こそどこかに行っていたんですか?」

「うん、ちょっとカラオケにね」


 お礼もしっかり言っておいた。

 約束の重ねがけは最低としか言えないけど、あそこに私は必要ないんだから問題もないだろう。

 私は図書室の受付に座ってぼうっとしておくのがいいのだ。


「あの、喫茶店にでも行きませんか?」

「え、いいの? 本が読みたいんじゃ……」

「小島先輩といたいので」

「そっか、それなら行こうか」


 このまま帰るよりはすっきりできるかもしれない。

 今回は彼から誘ってくれたから良かった。

 だって年上の女が年下の出会ったばかりの子にがつがつしていたら気持ち悪いだろうし。


「あ、あのっ、さっきのはちょっと違うと言いますか……」


 頼んだ物が運ばれてきた後、いきなり慌て始めてつい笑ってしまった。

 いちいち可愛いんだよなあ、それでも年上だからしっかり対応してあげないと。


「その、最近は一美もいたことでゆっくりできていなかったので……」

「あー、確かにそうだね」


 月曜日から毎日ふたりで突撃してきて困っていた。

 柏田くんを止めてくれと言ったのに寧ろ進んで来るとかね……。


「廣瀬さんも不安なんだよ、きみを取られたくないんだよ」

「僕と一美はそういう関係じゃないですよ」

「きみの中ではね」


 そうでもなければお昼休みと放課後にわざわざ来たりはしない。

 彼が図書室に行っているとわかっても、そうなんだぐらいにしか思わない。

 けれど彼女は違って、それどころか目の前で楽しそうに会話をしてくれる。

 別にそれはいいのだ、だって過ごした年数が違うんだから当たり前のことだし。

 でも、本音を言わさせてもらえば、あそこ以外でやってほしいと思う。

 そんなに不安がらなくても大丈夫だ、鏡を見てほしい、明らかにレベルが違うでしょうって。


「別にきみのことを狙っているわけじゃないのにね」

「小島先輩……」

「ごめん、寧ろきみ的に私がなしだよね」


 まだ知ったばかりで良かった、そうすれば傷つくことだって少ない。


「そんなことないですよ!」

「しーっ」


 彼ならこう言うと思っていた。

 相手が誰であっても藤原くんみたいに対応するんだ。

 けど、私みたいな人間にとっては逆効果というか、ありもしない嘘をつかれても困るんだよなと。


「あっ、……小島先輩は優しくしてくれたじゃないですか」

「あんなの優しさとは言わないよ、図書委員として当たり前のことでしょ」


 必死になっている辺りが怪しいんだよなあ。

 ある程度の勢いがないと厳しいのはわかるんだけどさ。


「その後も、明らかに僕が悪いのに怒らないでいてくれたじゃないですか」

「どろどろ事件? だって自分が情けないところを見せただけなのに逆ギレなんてできないでしょ」


 冷めつつあるコーヒーを飲んですっきりさせる。

 適度な苦味がいまの私には本当に良かった。


「この話はもうお終いね」

「わかりました」


 せっかくふたりきりでいられるのなら楽しくいたい。

 そういう意味では進展はしないけど、あくまで友達同士として仲を深めて……待って。


「柏田くん、友達になってくれない?」


 まずは友達にならないと仲も深められない。

 チンケなプライドなんて捨ててしまった方がいいのだ。


「え、僕で良ければ」

「いや、きみだからこそいいんだよ」


 他の子に頼もうとすることよりリスクも少ない。

 それに彼が楽しそうにしてくれていると安心できるし。


「ちなみにメリットはね、特にありません」

「連絡先を交換してくれませんか?」

「え、あ、うん、別にいいけど」


 い、意外とぐいぐいくるから驚くときがある。

 知られても不都合はないから交換したんだけど、相手が誰であってもこう対応していそうだなあと。


「あ、やっぱり名前は猫、なんですね」

「うぅ、呼ばないでぇ……」


 なんで人名に使えてしまうのか。

 まだ音心とかだったら人って感じがしていていいのに。


「小島先輩が嫌なら呼びませんよ」

「……学校以外であればいいんだけどね」

「そうなんですか? あ、仲のいい相手からならということですよね?」

「まあうん、そんな感じかな」


 やっぱり相手がある程度仲のいい人の方がいいな。

 名前を呼ばれるというだけで軽く穴を掘って埋まりたいぐらいだから余計に。

 でも、仲がいい相手であればこの名前も好きになれるかもしれない。


「それで柏田くんはどうして言うことを聞いてくれないの?」

「えっ、なにか不味いことをしていましたかっ?」

「ほら、図書室に無理して来なくていいと言っているのに来てるじゃん」


 彼だけならともかく、廣瀬さんが来ると怖いからやめてほしかった。

 メンタルが強くないのだ、廣瀬さんの対応をして冷えた後に夜道を歩いて冷えるのは嫌だし。


「それは小島先輩と会いたいからです」

「なにをそんなに気に入ってくれているの?」

「不安になるんです、頑張りすぎて疲れていそうじゃないですか」


 あそこに座っているだけなのに頑張っていると言われても……。


「あと、家まで送りたくて、だって怖いんですよね?」

「うん、暗くなると怖いよ。でも、誰かに送ってもらうほどではないというか」


 学校から自宅に帰るだけならそこまでではない。

 17時は真っ暗闇というわけでもないし、人だっていてくれているから問題もない。

 問題は急に真夕が来たときなんかに起きる、必ず20時ぐらいに送らせるから。

 遅くなればなるほど駄目なんだ、暗さで言えばそこまで変わるわけでもないのにね。


「行くのを我慢して不安になるぐらいなら一緒にいる方がいいじゃないですか」

「あのさ、廣瀬さんも来るとちょっとね……」


 相手が「この女が自分の大切な人間を狙っている」と判断すれば終わりのようなもの。

 彼はそうでなくても真面目そうな子だから悪い女に騙されないようにとチェックしているんだろう。

 それはもう手段を選ばずに潰してくるはずだ、もう間近に迫ったことなのかもしれない。


「1対1ならいいんですか?」

「え? あ、柏田くんといるのは緊張しないから」

「わかりました、一美にはしっかり言っておきます」


 余計なことしないでぇ……そんなことしたら対象にされるの確定じゃん。

 だって私のせいで彼といられる時間が減るということ、なかなか納得できることじゃない。


「僕は優しくしてくれたあなたといたいです」

「そ、そっか」


 あれだけでこの対応は過剰過ぎやしないだろうか。

 でも、何度言ってもこの態度なので口にしたりはしなかった。

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