第81話

 ひゅんっと風を切るような音。

 目の前に、私をかばうように両腕を広げて立つディラの姿が見える。

 そうして……。さらに、その前に立つネウス君。

「ぐぅっ」

 小さな唸り声をあげて、ネウス君が後ろに倒れてきた……私の手の中に。

「ネウス君っ」

 口から一筋の血が流れ落ちる。

「ユキ、逃げて……」

 私の眼鏡を飛ばしてほほを傷つけたのは「風の針」だと言っていた。今度は「風の槍」。魔法の風の槍でネウス君は……。

 顔を近づける。大丈夫だ、息はしてる。

「エリクサー」

 収納鞄から取り出し、指にエリクサーを垂らしてネウス君の口に触れるのと、ネウス君の舌が私の指をなめるのとはほぼ同時だった。

 意識を失っていたと思ったけれど、意識があった?

「許さない」

 ネウス君はすぐに立ち上がると、ディラの剣を鞘から抜き取り、地面を蹴った。

「僕のユキを傷つけた、再び傷つけようとしたお前は、絶対に許さないっ!」

 え?ネウス君が自分のことを僕って言った?今の言葉はまるでディラみたいだよ?

 ネウス君が剣を振り上げて振り下ろす。

「馬鹿が、剣など届くかよっ」

 おっさんが、2mほど後退する。剣が届かない位置。そうだ。外から入れない限り、剣が届かない位置の人間に攻撃を加えることはできない。

 魔法が使えない私やネウス君は手も足も出ない。

「馬鹿はそっちだ!僕を誰だと思っている!」

 え?

 今の言葉、誰?ネウス君だよね?ディラじゃないよね?誰?

 振り下ろした剣の軌道に沿って、壁が崩れ落ちた。おっさんの服もスパンと切れている。薄くなりかけていた髪の毛が飛び散り、体だけは何らかのガードをしたのか切れてはいない。が、後ろに吹き飛んでみっともなくしりもちをついた。

「もう一発行くぞ!はぁーーーっ」

 ネウス君が剣を構えて壁に向かって振り上げた。

「今のは何の音だ?」

「これはどうしたことだ」

「敵襲か?外民が攻めてきたのか?」

 壁の向こうに騒ぎを聞きつけて兵たちがやってきた。

「そ、そうだ、あいつらが突然襲ってきた」

 おっさんがしりもちをついたままこちらを指さした。

「違うわ!私が売りに来た魔力回復薬を、取り上げて、私たちを追い払おうとしたのよっ!」

「何だって?魔力回復薬?」

 兵の一人が、しりもちをついたおっさんが手に持っていた小瓶に気が付いた。

「それは……本物なのか?」

「まさか……」

 袋から魔力回復薬をもう一本取り出して、壁の中に投げ入れる。

「本物よっ!そいつが飲んで確かめたんだもの。本物だと知ったとたんに、私たちを攻撃し始めた。嘘だと思うなら、今入れたものを試してみればいいわ!」

 兵の一人が瓶を拾い上げてほんの1滴手に垂らしてなめた。

「ほ……」

「どうした?」

「本物だ!しかも、噂で聞いているもの以上だと思う。1滴しかなめていないが、魔力が全回復した……」

「陛下にご報告を」

 ざわざわと兵たちがざわめき、何か合図のようなものを打ち上げる。

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