第64話

「やっと、実を半分つぶせたよ」

 すっかり日が傾いたころ、ネウスが空になった樽を指さす。

「あっちはまだ手つかずだ」

 樽2つに実があったから、半分なわけだ。

 つぶしたものを入れた樽はちょこっと量が減って7割くらい樽の中が埋まっている。

「さぁ、ご飯にしましょう。続きは明日」

 私の言葉に、ミーニャちゃんがはっとする。

「今日は、まだ食料を集めていません」

「大丈夫。食べる物ならあるからね。みんなが頑張って実をつぶしてくれている間に、準備したから」

 準備といっても、収納鞄から出してちょっと火であぶっただけ。

「え?ユキお姉ちゃんが一人で準備したの?」

「わー、ナニコレ?」

 ……説明、したくないけれど、仕方がない。

「剣の、えーっと、精霊様の好物なの」

『ちょ、なんでそうなるの?僕好きじゃないよ!ユキがまずい物ないかっていうから教えたやつだよ、まずいんだよ、好きじゃないんだよっ!』

 ディラが必死に訴えている。

「あまりおいしくはないんだけれど、なんかのしっぽの干したやつらしくて……」

 見た目はネズミのしっぽだよね。長くて蛇みたいでもある。ぶっちゃけ、気持ち悪くて本当は何なのか確認するのも怖くてディラに詳細は聞いていない。

 ウナギ、ウナギ、これはウナギ、と、必死に自分をだましているところだ。……でもウナギはおいしいんだけどな。

「わー、すごい!しっぽってことは、お肉なんだよね?」

 マーシャちゃんの目が輝いた。

「あー」

 ちらりとディラの顔を見る。

 海洋生物……魚介類なら肉じゃないけど、あ、魚肉っていう単語もあるから、肉は肉でいいのか?

「たーだきま」

 モモちゃんが待ちきれずに口に運ぼうとする。

「だめだよ、お供えだろ」

 あわててドンタ君が止めた。

「しょーだよ。精霊しゃま、お供えいたちます」

 みんなで仲良くディラの剣の前に謎尻尾肉を供えた。

「おしゃがりをいただきましゅ」

 そうして、初めてしっぽを口に入れた。

 ……子供たちの表情を見るに……。

「あれ?ディラ、まずいって言ってなかった?子供たちあんまり嫌そうな顔してないけれど?」

 どんな味なんだろう?

 私も供えてからおさがりのしっぽをかじった。

「かっ」

 硬い……。なんじゃこりゃ。鰹節か!って硬さだ。

 噛んでもまったく歯が立たない。

『だから、言ったのにぃ。まずいって。干し肉よりも硬くて10分くらいちょっとずつ噛んで柔らかくしないと食べられないんだから。なんかだんだん木の棒かじってるみたいな気持ちになるんだよ』

 ディラは文句を言いつつも、お供えされた数本の謎尻尾肉を食べようとしている。

「おいしいね」

「うん、おいしい」

 ディラが子供たちの言葉にハッとする。

 いつも食べている葉っぱや根っこにくらべれば、苦くもないし、えぐくもない。肉の生臭さもさほど感じないし、噛んでいるうちにうま味が口の中に広がっていく。

 ……これ、鰹節みたいに、薄くそいだら美味しく食べられるんじゃない?出汁にもなったりして。

 よし。謎尻尾肉改め、鰹節もどき。……うん、そう考えたらおいしそうに見えてくるから不思議だ。

「スライサーとかカンナとかなんか薄くスライスできるもの」

 と、ざっくりと収納鞄に言って手を入れる。

 ……何も、出てこない。

「えー、何、どうして……薄く切るやつ」

 と言うとナイフが出てきた。

 ナイフ……で、切れるかな、鰹節みたいに……無理そうだよ。ささがきみたいな感じにはできるかもしれないけれど……って、できるのかな。めちゃくちゃ堅そうだし……。

『そういえばそんなナイフあったね。役に立たないよ』

 ディラが私が収納鞄から取り出したナイフを見て首を横に振った。

「え?どういうこと?」

『それ、何の呪いがかかってるのか、いや、もしかしたら魔法をかけるのに失敗したのか、もしくは誤って人を傷つけないためなのか、なんなのか知らないけれど』

 呪い?

 魔法に失敗?

 でも、人を傷つけない?

『切れないんだよ。切れない上に刺さらない。なんか、薄皮1枚しか切れない。モンスターも獣も倒すことはできないし、倒した獣の皮をはぐこともできない』

「薄皮一枚だけ切れる?え?」

 なんか、よく人質の顔や首元にナイフを当てて、すっと少しだけ切れて血が出るのを想像してしまった。

 人質を殺さず、脅しをかけるためだけに開発されたナイフだったりして……。

 そんなはずないか。とりあえず、ナイフを使っていて誤って自分が傷つかないならチャレンジあるのみ。

 鰹節もどきにナイフの刃をあてて前後に動かす。

『ほら、薄皮一枚だろ?向こうが透けて見えるくらい薄くしか切れない』

「サイコーだわ!」

 鰹節ナイフと名付けよう。

「ほら、モモちゃん、これ、これ食べてごらん?」

 薄くそいだ鰹節もどきの花かつおもどきを、モモちゃんの口の中に入れる。

「おいち」

「俺も食べたい!」

 モモちゃんが一生懸命花かつおもどきを口にするのを見て、ドンタ君がうらやましそうに声を上げた。

「もちろん、待ってね、皆の分も削っちゃうから」

 と、謎尻尾肉改め鰹節もどきをどんどんと花かつおもどきにしていく。

『あ、いいな、それ、いいなぁ、それ、いいなぁ、いいなぁっ!』

 皆でもぐもぐ食べていると、後ろでキャンディーのように鰹節もどきをぺろぺろ舐めていたディラがうらやましそうに眺めている。

 ……そういえば、おさがりを花かつおもどきにしたんだっけ。お供えしたのはその前。

 ……しかし、そうして、硬い鰹節もどきをなめたり噛んだりしてる姿……。

 犬が骨型のおやつをがじがじ噛んでいる姿を想像しちゃって……。

 ふ、ふふふ。

「ディラ、かわいい」

『へ?え?ユキに褒められた?いや、子ども扱い?え?いや、ユキ、どういう意味?』

 きょとんと眼を丸くするディラ。



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謎ナイフを作った人の名前を知ってるかい?


察しのいい人は知っているよね?('◇')ゞ

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