第63話
『モンスターたちは、ダンジョンの中よりも数倍も強く、数も多かった。冒険者たち、そして各国の精鋭たちが必死にモンスターと戦いはしたけれど、次第に人類は魔王の勢力に押され……。各国が協力してモンスターではなく魔王討伐を計画した』
「ああ、その荒野が最終決戦の場所って言ってたけれど……。300年も草木も生えない不毛の土地になってしまうなんて、よほどすさまじい戦いだったのね……。きっと、多くの犠牲者も出たでしょう」
たくさんの姿も見えない力の弱い霊の存在を感じた。
『ああ。たくさんの仲間が死んだ』
ディラもね。
『魔王が死に、僕があそこに立つようになってから300年。現れるモンスターの数は徐々に減っていったけれど、モンスターたちはダンジョンに戻ったんだね。魔王が現れる前と同じに……元通りになったんだ』
ああ、なるほど。もとに戻ったってそういうことか。魔王が現れる前の状態にってことね。
声なき霊たちも、あなたたちが命懸けで戦ったおかげで、もとに戻ったんだと教えてあげれば成仏していくだろうか。うーん。しかし、荒野は東京ドームいくつ分なんて表現できない、歩いて2日ってレベルで広いし、私の力じゃ無理だよね。せめて草木が生え、人々の笑い声が届くようになれば……。
『なのに、なんで街の防御壁はそのままで、外に出てこないんだろう?』
ディラが首を傾げた。
「あの防御壁って、中から外に出ちゃうと、もう中に戻れないから出てこないんじゃない?」
『じゃぁ、行き来できるように装置を解除すればいいのに。もともと賢者が街にモンスターが入り込まないようにと設置したんだし。モンスターがいなくなったんだから……って、それももしかして知らないのか?』
知らないのかな?
いくら何でも、街の外の様子がどうなっているのか誰かに調べさせたりするんじゃない?
あれ?
そもそも、私、外に捨てられるとき「モンスターの餌にしてやれ」とか「モンスターにせいぜい気をつけろよ、まぁ魔法も使えないんじゃ気を付けようがないかwww」みたいな馬鹿にされ方一度もされてなかったよね?
ひどい言葉を何人からも投げつけられたんだもの。さすがに、一人くらい口にしてもよかったんじゃない?
それを言わなかったってことは、モンスターがいないのを知っている?
それに、おばばは森の中は「獣」が出るから危険だと言っていた。
モンスターがいると知っていれば「モンスター」が出るから危険だと言わないだろうか?
……王都の人間は知ってる。きっと。もう、防御壁の外にモンスターはいないと。街を襲う驚異は去ったのだと。それなのに、防御壁を解除せずに街を覆い続けるのはなぜ?
魔力ゼロを追い出すため……。
な、わけないか。人数とか考えると、そんな数名のためにすべての人の外への出入りを制限する理由はない。
300年もたっちゃったし、単に一般の人は生まれてからずっとどころか、両親も祖父母もそのご先祖様もモンスターなんて見たことのない塀の中で生活してるんだし、モンスターの存在自体忘れちゃっているのかもしれない。……おっと、なんだっけ、防御壁ね。塀の中っていうと、牢屋みたいね。
『教えてあげた方がいいのかな?いや、でも中に入れないから教えられないのか?人は行き来できないけれど、物のやり取りはできたはず。物資の補給やら手紙やら……』
へぇ。物は出入り自由なんだ。じゃぁ、ディラは中に行けるね。剣だし。ああ、でもディラが見える人がいなきゃ意味ないのか。手紙で教える?
……いや、なんで私がそんな親切をしなくちゃいけないの。別に中の人たち、困ってそうじゃなかったから必要ないよね。うん。今のままで幸せそうだし。
どうせ、外から中に入れるようになっても、外の人たちは中に入れてくれないんだろうし。
むしろ、中の人がわざわざ魔力ゼロを笑いに来そうで、いっそずっとこのままの方が……と。
なんだかちょっとマイナス思考だよね、私。……もうちょっと落ち着いてから考えよう。子供たちの生活が安定してから。決して中の人たちに馬鹿にされない状態になったら。中の人たちをうらやましいなんて思わないようになってから。うん、それがいい。無駄に嫌な思いをさせたくはない。
「ほんの数分しか中の様子は見れなかったけれど、立派な建物が建っていて、綺麗な服を着て、豊かに農作物が実って、幸せそうだったし……外に出る必要もないのかも」
と、口にしてから、そうかもと自分も納得した。
わざわざあんな荒野を2日も歩く意味はないよね。森で木の汁すすって蟻を食べる意味もないよね……。
『ああそうか。幸せに暮らしてるんだ。僕たちが救った世界で……よかった』
ディラがふっとほほ笑む。
……まぁ、そうだよね。そりゃ、自分たちが命懸けで救った人たちの子孫が幸せなら嬉しいよね。
けどさ。魔力ゼロに対する差別はひどくない?
あれだけ豊かな生活ができるなら、少し食べ物与えて養うくらいできそうなものじゃない?国が豊かで争いがないなら、福祉を充実させていくべきじゃない?
そりゃ完全に差別はなくならないかもしれないけれど……それでも、今のような「死んだってかまわない」というような扱いはいくら何でもひどい。
と、思ったけれども。
子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。
十分な食事はとれてないけれど、子供たちはみないい子だ。優しい。誰を恨むとか憎むとかもなく、まっすぐに育っている。
外で暮らした方が、差別され続けて、劣等感を受け付けられ、身を縮めて生きていくよりも幸せなのかもしれない。
食べ物が十分手に入るようになれば、何も問題ないよね?
……どうやらダンジョンでスライムを倒せばローポーションは手に入るみたいだし。
まずいけれど、水分と栄養はそれである程度補える。マナナの実でワインもどきができれば、美味しい水分補給もできるようになる。
もちろん、マナナのほかに食べられる実も見つかったし。ヤムヤムとレモだっけ。
レモはすっぱいって言ってたけれどヤムヤムはどうだろう。ドライフルーツにしておけば1年中食べられるよね。どれくらい収穫できるか分からないけれど。
そう、ノームおじいちゃんに近くで生えている場所を教えてもらおう。
今度森の中に入るときはディラも連れて行って、食べられるものを探すのを手伝ってもらおう。ダンジョンまでの道のりでは危険そうな獣も出なかったし。
もし出ても、今ならノームおじいちゃんに助けを求められるよね。
そのあと、危険な獣に関しては、対策を考えればいい。
塀やら堀やら獣の嫌う匂いだとか、なんかあるはずだ。
「ところで、ディラ、収納鞄の中にまずい物入ってる?」
『へ?』
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