第62話

 ああ、もう。嫌になる。計画性がないよね。私。

 なるべく魔法には頼りたくないとか、えらそうなこと言っておきながら……。ここで何か新しいことを始めようとすれば、今まで生きてくためにこの子たちがしていた何かができなくなる。

 ネウス君だって、私について森の中に入って道を作ったりいろいろ手伝ってくれたけれど……。もしかしたらいつもは砂ネズミやサボテンなんかを探しに行っていたのかもしれない。

 食べることを犠牲にしてまですることなのか……。

 いや、違う。この先の投資だと思わないと。魔法に頼りたくないという私のこだわりはちょっと横に置いておこう。

 この子たちがこの先、生活を改善するためにちょっとだけ助けてもらおう。

 贅沢に慣れない程度に。楽なことに流されない程度に。

 ……収納鞄の中の食べ物を使わせてもらおう。

 何が入ってるのかな?

「じゃぁ、あと頼んだね」

 ざっくりと食べ物と取り出すことはできると思うけれど、何が出てくるのか分からなすぎるのも困るので、ディラに確認してみよう。

「ディラ~」

 ディラはどこへ行ったのかしら?

 いや、剣をどこに置いたのかな?

「森の中に入ろうとして、えーっと、ネウス君が剣を抜けなくて、ああ、そうだ。古くなって抜けないだけだろうに、ネウス君に力がないだのダメ出ししたから頭に来て……」

 森の入り口の木に立てかけたんだ。

 剣が見えた。

「ディラっ!」

 え?

 うそ……。

 剣は見えてるのに、ディラの姿が見えない。

 じょ……成仏した?

「なんで?冷たくされて、成仏なんて……」

 え、え……む?

「こんなことなら、もっと優しくしてあげれば……よかった……」

 ん?

 優しくする?なんで?

 優しくしたら成仏できなかったから、えーっと……あれ?

 とりあえずディラの形見の剣を皆の元へ持って行こうと近づく。

『うわぁっ!踏まれるかと思ったぁ!』

 急にディラが姿を現した。

「失礼ね、立てかけてあったんだから、剣を踏んだりしないわよ、って、ディラ?あれ?なんで?」

『ああ、ユキだぁ、ユキぃー!よかった。いつ帰ってきたの?全然戻ってこないから、心配で、何とか移動しようとしたんだけれど、このあたりにいるの小さな生き物ばかりで剣を運べなかった』

 は?

 まさか、子供たちになんとか剣を運ばせようとしたってこと?

 それとも……。

 足元を見ると、蟻がいる。

 うっ、食卓に上るやつかな……あはは……。蟻に運ばせようとした?

『蟻じゃ無理だった。っていうか、よかったユキ……って、あれ?それ、精霊の指輪?』

 ディラが私の左手の薬指にはまっている指輪を指さした。

「ああ、これ……。見ただけで精霊の指輪ってわかるの?有名なの?」

『精霊の指輪は有名だけれど、見ただけでわかる人はそんなにいないと思うよ。僕は実物を見たことがあるから。一緒に行動してたシーマが火の精霊と契約していたからね』

 なんだ。ノームさん大げさに言ってたけれど、実は精霊と契約してる人ってそれなりにいるんじゃない?だって、知り合いにあの人も持ってたって話が出るくらいだもん。……いや、でも、300年前と今じゃちょっと違うのかな?

『っていうか、ユキ、精霊と契約したの?ねぇ、その色は土の精霊?ノーム?いいなぁ。僕、一度も精霊見たことないんだよね。シーマの精霊も見ることができなかった。死ぬまでに一度でいいから精霊を見たいなぁ』

 ああ、その願いはもうかなわないですけどね。すでに死んでるし。

 しかし、ディラの本気でうらやましがっている様子を見ると、精霊と契約したがっている人は大勢いたというのは本当のことのようだ。

「こんな、見た目も茶色い石で薄汚れた銀色の指輪……おしゃれのかけらもない、しかも盗聴機能付きの指輪、ほしいかな?」

 しかも、何の断りもなく左手の薬指だよっ!ああ、一生、他の人に左手の薬指に指輪をはめてもらえないってことじゃない?いくら喪女でも、結婚をあきらめたわけじゃないんだから……。

 はぁー。

 小さくため息が漏れる。日本に帰ることができたら、結婚相談所に登録して、おしゃれを勉強して、それから……。

 この、指輪、まさか日本に戻ってもこのままってことないよね?

『ユキ、森の中はどうだった?危なくなかった?モンスターとか出たりしなかった?』

 モンスター?

「ああそうだ、ディラ、ディラの言ってたスライムみたいなの、洞窟で出たよ。ほら、ローポーション」

 洞窟で取ったローポーションを収納鞄から取り出す。

「なんかポンポン体当たりしてきて、勝手に消滅して、時々これ出してた。水まんじゅうみたいな……えーっと、これくらいの大きさの透き通ったやつ、あれがスライムだよね?」

 ディラの目が大きく開かれた。

『もとに、戻ったんだ……』

「もとに?」

 ディラが小さく頷いた。

『僕が生まれる前は、ダンジョンにはモンスターがいて、冒険者と呼ばれる者たちがダンジョンに入ってモンスターを倒してはポーションや収納鞄などのお宝をダンジョンから持ち帰っていた』

 ゲームみたいな話だね。

 いや、魔法がある世界だし、そういうのが普通なのかな?

『僕が生まれる少し前にころに魔王が現れ、ダンジョンからモンスターが消えた』

「モンスターがいなくなると、何か困るの?」

 人が襲われなくなっていいような気もするけれど。

『ダンジョンからモンスターが消え、ダンジョンの外にモンスターが現れるようになったんだ』

「え?」

『それまでは、ダンジョンに入らなければモンスターに襲われる危険はなかった。ダンジョンに入る者はそれなりに腕の立つ者、覚悟のある者だったのに……人々が無差別に襲われるようになった』

 モンスターがダンジョンから出て……?あれ、でもゲームとかだと、そういう世界もあるよね。

 この世界の人たちはほぼ魔法が使えるんだから何とかなりそうなものだけれど……?

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