第54話

「まさか、ディラ、アル中?」

『何?アル中ってどういうこと?』

「お酒、好き?」

 私の言葉に、ディラが体を固くした。

『うう、うう』

 視線を逸らすディラ。なんだ?本当にアル中?

「好きなら……あげられないな……」

 せっかく300年も断酒してたんなら、このままお酒を断った方がいいに決まっている。

 親切心だよ。だというのに、ディラは泣きそうな顔を私に向けた。

『ユキ……笑わない?』

 は?

『僕……』

 もじもじとし始めるディラ。なんだ?

『男のくせに酒も飲めないのか、とか、酒が飲めてこそ一人前の男だぞとか、ミルクが恋しいガキかとか……言われて……ううう、うう、頑張ってみたけど、お酒飲めかったんだ……』

 両手で顔を覆ってしまったディラ。

 あー。そう、なんだ。

 異世界でも酒ハラとかあったんですねぇ。そうか。

「お供えします。どうぞ」

 苦労したんだね。大変だよね。酒ハラ。思わずもらい泣きしそうになったよ。

 私もお酒は飲めなくはないけれど、飲みたいと思う方じゃなかったから。付き合いの席ってめんどくさいよねぇ。特に、ある年齢のおじさんたちが酔ってからが、とりわけめんどくさい……。

『わーい!やった!魔力回復薬おいしいんだよね。甘いし、それになんか飲むと体がほわわと温かくなって気持ちよくなるんだ』

 いや、軽く酔ってるがな!

 やっぱりアルコール度数低いけれど入ってるのか……。

 うん、でも、ちょうどいいのかな。アルコールであることが大事。

 水でなく、アルコールならば腐らない……。だから水より安全だとワインが水代わりに子供も飲まれていた国があるとか。

 水がないなら、ワインを飲めばいいんじゃない?ってことよね。

 果実そのものから水分を取ることもいいけれど、収穫時期は限られているんだからワインっぽい飲み物にして保存しておいた方がいいかも。

 ちょうど、あの洞窟が気温も一定で日光も遮っていい感じで置いておけるんじゃない?

 ……あ、でも酒樽……。は、まだ収納鞄にいっぱいありそうか。最悪風呂用に使ったものを浄化魔法……。いいの、1回きりは魔法に頼ってもいいんだ。というマイルール。

 あれ、でも駄目かな。

 アルコール度数は発酵が進むと強くなっていくんだよね。発酵を途中でとめるのは火にかければいいらしいけれど、今度はアルコール度数が低すぎると腐りやすくなるとか……。10%を超えると腐らないと聞いたことがあるけれど……今度は子供たちが飲むことができなくなってしまう。……火にかけてアルコールを飛ばしてから飲むことはできる?

 んー?

「ディラ、魔力回復薬って、腐ったり、お酒っぽかったり……酔っ払ったりしないの?」

 ディラが満足げな顔で私を見た。

『お酒っぽい?あの苦い味の魔力回復薬なんて効果がない偽物だよ。偽物なんて誰も持ち歩かないよ。戦闘中に魔力回復するつもりで酔っ払ったら困るでしょ?薬師が間違えてお酒を混ぜることもないよ。ローポーションの入っていた空き瓶にわざわざ酒を入れるなんて無駄もいいところだし。まぁ、貴重というほどではないけれど、モンスターのドロップ品に入れておけば品質が変わらないから、腐らない。だから空瓶は需要があるんだ』

 え、そうなんだ。

 ローポーションの瓶は、中身が劣化しない便利な瓶なんだ。中身だけに価値があるんじゃなくて、瓶にも価値が……。そりゃ売れるわ。捨てなくてよかった。

 ディラの話だと、発酵が進みすぎると”酒”になって魔力回復薬としての効果がなくなるのね。で、高価だって言ってたから、お酒にして売るよりも魔力回復薬として売る方がずっとお金になるから、お酒にする人もいなかった?発酵を止めるには、瓶に入れちゃえばいいってことね。

「誰にでもできそうね……」

 マナナの木を庭にでも植えておけば誰でも作れそうなのに。ワインも、実は簡単に家で作れるんだよね。酒税法の関係で1%より強くすると違法だけれど。ブドウの皮に酵母がくっついてるから味噌とか醤油とかより簡単に誰にでも作れる。

『作るのは難しいんだよ!なんせ、少しでも制作者の魔力が流れ込むと失敗するんだから。無意識に体から放出されている魔力を抑え込みながらの作業は……マナナの実を1つつぶすのがやっと、とても、とても……』

 泣きそうな顔のディラ。

「そう、ディラは自分で作ろうとしたことがあるのね」

『うっ……』

 なんと、分かりやすい幽霊だろうね。おいしかったからいっぱい飲みたいみたいな?

「ああ、でも、全然簡単よね。3歳の子供にだってできるわね」

 抑え込む魔力なんてない、魔力ゼロだから。

 ……あれ?魔力ゼロならば簡単に作れる、高価な薬がある?

「ねぇ、ディラ、魔力ゼロってなんで差別されちゃってるんだろう?」

 おかしいよね?むしろ役に立つ存在で、重宝がられても役立たずだと追い出すような存在じゃないと思うんだけれど。だって、ワインづくりって結構人手を要するんじゃなかった?収穫シーズンに一気につぶして樽に入れるわけだから。

『ん?差別なんてされてないよ?』

「は?でも、あの子たち魔力ゼロだからって追い出されて、ここでこんな貧しい生活してるんだよ?」

 ディラがえっと驚いた顔をする。

 いやいや、知らなかったの?

「私も、魔力ゼロだからって街の外に捨てられ……」

 ん?「魔力ゼロだな捨ててこい」の部分をディラは知らないのか。

 いや、でも、ネウス君やおばばとの会話で気が付かない?あれ?要所要所でディラいなかった?

 なんかいつも一緒にいて話を聞いてるとばかり……。

『魔力ゼロで捨てる?えええ?差別?えええ?聞いたことないよ。ここはスラムみたいなもので親を亡くした子が集まっているんだとばかり……。親が捨てたの?魔力がなかったからって?信じられない……』

 ディラの顔が怒りにゆがむ。

 そうなんだ。昔は魔力ゼロだからって差別されるようなことがなかったんだね。

『魔力がなくたって、体を鍛えて冒険者として立派に活躍している人なんてたくさんいた。僕を鍛えてくれたギルドの先輩も……何が起きたんだ。この300年の間に……』

 ディラがぎりぎりと歯ぎしりしている。

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