第51話

 そう、迷子にならないための目印だ。

 童話では白い石を集めて目印として落として歩いたというのもあるし。現代日本だって、遭難しないように布を巻きながら進むだとか、木の枝を折りながら進むだとかいろいろな方法が伝わっている。

 瓶にしたのは、目立つからというのもあるけれど、無駄な布などないし、折った枝を見分ける自信がないから。あるもので何とかしようと思ってのこと。

「何?」

 ネウス君が瓶を見て顔を傾げた。

「目印。あっちに向かっていけばいいよっていうね」

 説明しながら進んでいき、瓶が見えなくなる前に次の目印用の空き瓶を木にさす。

「帰り道はこれで分かるでしょう?道しるべ魔法だっけ?魔法が使えないと迷子になって帰れないなんてことはない。魔法がなくても帰ることができるのよ」

 ネウス君が目を輝かせた。

「すごいよ、ユキ。確かにこれなら……そうか、ここまでくると、まだいっぱい使ってない木もあるし食べるものがたくさん見つかる!」

 ネウス君はまだほんの2~30m移動しただけだというのに感動しているようだ。いつもは村から10mほどの範囲で行動していたから新しい世界に出会えた気分なんだろう。

 だけれどね、まだまだだよ。ここまで進んだって、私にとってみれば新しい発見はない。水源もないし、食べられそうな新しい植物も発見できていない。まぁ、幸いにして危険な獣にも出会ってないけれどね。

 念のため、2つの瓶が見える場所に新しい瓶を設置する。これならば一つ見落としても迷子になることはないだろう。

 しばらく目印を置きながら慎重に足を進める。

「ねぇ、ネウス君、あれ」

 木の実を見つけた。初めての木の実だ。赤くて梅の実くらいの大きさの実だ。赤いだけで食べられそうな気持になる。けれど、本当はどうか分からない。

「食べられるかな?食べたことある?」

「初めて見た」

 そうか。初めて見たのか。じゃぁ、食べられるかどうか分からないね。あとでディラに尋ねるか、調べるか……。

「少し取って持って帰ろうか」

 と提案すると、ネウス君がするすると木に登り始めた。

 すごい。だって、手がやっと届くような枝につかまって体を持ち上げて登っていくんだよ。がりがりでも力はあるんだ。

「落としても大丈夫?」

「うん」

 両手を開いて落ちてくる身を待ち構える。

 コツン。

「痛っ」

 ふっ。キャッチ難しいね。頭の上に落ちてきて、思わず両手で頭を押さえる。

「ごめん、ユキ!大丈夫か?」

 ざっと音をたてて、ネウス君が私の目の前に下りてきた。

 飛び降りた?

 ネウス君が私の両頬をつかんで、脳天を自分に向け、顔を寄せてくる。

「ああ、血は出てないな、よかった」

「ちょっとネウス君心配しすぎだよ」

 ネウス君の手が離れると、地面に落ちた赤い実を拾う。

「こんな小さな実がちょっと頭に当たっただけだよ大丈夫」

「あ、ああ、そうだな……でも、ちょっとでも怪我すればすぐに……」

 ネウス君の顔がゆがむ。

 ハッと胸が締め付けられた。そうか。ここの子供たちはちょっとした怪我がもとで命を失う子もいるんだ。……それは、きっと。

「魔法が使えなくても、怪我も病気も治るよ」

 治らないものは治らないけれど、治るものは魔法がなくても治る。

「ちょっとした怪我なら唾をつけておけば治ると、言いたいけれど、ばい菌が入らないようにきれいに洗えば……」

 いや、そのきれいに洗うというのがハードルが高いのか。はやり、水はほしい。

 予防接種がないころは破傷風で多くの人がなくなっていたんだ。破傷風菌は土の中にいる。怪我をしたからと田畑の仕事を休むわけにはいかないという時代の人たちは……。

「それから、しっかり食べて栄養をとって体力を、病気を跳ね返せる体力をつける」

 これもハードルが高い話かもしれない。だけれど、魔法がすべてじゃないのは事実なんだ。

「ユキが言うなら、信じる」

 にこっとネウス君が笑った。

「これも、治るよな……」

 ネウス君がちょっと顔をしかめて足を持ち上げた。

「ちょ、何、これっ!まさか、今っ!馬鹿、何てことするのっ!」

 木から飛び降りた時に突き出ていた何かで足の裏を傷つけたようだ。血が流れている。

 そうか、靴を履いていないんだ。ああ、ネウス君だけじゃない。子供たちはみな裸足だ。裸足で森の中を歩ければ、怪我もする。危険だという言葉……魔法が使えないから危険だと思い込んでいるんだと、勝手に思い込んでいたけれど。

 裸足で森の中を歩き回る危険。怪我をする危険。破傷風などちょっとした怪我が原因で死にいたる危険……。帰ってこられないとか獣に襲われるとかそればかりじゃない危険もある。

 ……魔法が使えないから危険だと思い込んでいるなんてダメだねなんて、ある意味上から目線で考えてた。なんて馬鹿なことを……。

 本当に「危険」なんだ。

 木靴……靴の形でなくていい。下駄でもなんでも、足を守る何かがいる。大型の動物が取れれば皮も利用できるようになるだろうか。

「怪我を直す薬」

 収納鞄に何かないかとアバウトに命じて手を入れたら何か出てきた。

 軟膏のようなものが入った入れ物だ。少し出してネウス君の怪我に塗ると、怪我はあっという間に消えた。

「うわー、これもまた、なんかきっとすごいやつっぽい……」

 収納鞄というよりも、もはや四次元ポケットみたいだなぁ。

「すごい、ユキ……」

「ああ、これ、えーっと、精霊の加護のある薬だから、えーっと」

 こんなすごいものはそうそう存在しないということも教えておかないと。

 魔法じゃないすごいものが普通にいっぱいあると思われても困る。

「そうか、精霊様……お礼を言わないとな」

 はい。お礼を言ってください。

 不思議な力は精霊様のおかげ。魔法じゃないよ、精霊の力……ってことにしておこう。まぁ、事実収納鞄はディラの物だから、ディラのおかげなんだけど。

「靴とか入ってないかな足を怪我しないためにする」

 と、収納鞄に手を入れると、靴が出てきた。

 くるぶしまであるショートブーツのような形の靴。色はこげ茶。皮で作ってあるのかな?靴底の部分は4重になっている。

 そういえば、昔見たアニメで、無人島に漂着しちゃった家族がゴムの木で靴を作ってたなぁ。あの時はゴムの木があるんだとか靴が作れるんだと、そちらに意識が向いたけれど。今なら違う。必要な物の上位だったんだ。靴って。だから、作った。なるほど。為になるアニメだったんだな。

「これはいて、ネウス君。また怪我をするといけないから」

「え?」

 もしかするとずっと裸足で生活していた人にとっては靴は窮屈で不便に思うかもしれない。

「森に入る時は靴を履いて。他の子たちにもそうしてもらわないと」

 子供サイズの靴も収納鞄に入ってるかな。なければあるもので作る工夫をしないと。

 というか、収納鞄からいつまでも出せるわけじゃない。誰にでも作れる方法を見つけて作らないと。ゴムの木なんてあるかどうかも分からない。動物の皮か、わらじみたいに植物から編むか。

「分かった。借りる」

 ネウス君が靴を履いたのを確認して、再び森の中を進んでいく。

「あれ?」

 ネウス君が首を傾げた。

「どうしたの?」

「うん、なんか足が軽く感じる」

 へぇ。もしかして魔法の靴だったり?

「そういえばさっき木に登ったときも、いつもよりも楽に登れたような?」

 と、手の平を見ていた。

 ああ、そうか。見た目、なんかつやつや美少年になってきてるけれど、体力的にもちょっと向上してるのかもね。ローポーションとかポーションとかなんかそういうもののおかげ?

 ネウスが私の顔を見た。目が輝いてる。

「もしかして、これって、精霊様のおかげ?」

 はぁ?

 ディラの?

「お供えしたから、少しだけ加護がもらえたとか」

 にこっと笑っているネウスには悪いけれど、呪われるというか、力を奪われるようなことがあっても、成仏したのち守護霊にでもならない限り、そんな力はディラにはない。

 精霊なんて嘘だからね。ただの幽霊。この世に未練たっぷりの……。

 自分で移動すらできなくて、泣き虫で……。

 ちょっと後ろを振り返る。

 今頃、ディラ泣いてるかな……。

 かわいそうなことをした?でも、森の中を4キロの重りを持って歩き回るのはちょっと……。

 歩くこと30分ほど。その間に、食べられるかどうか分からない木の実を他に2つほど見つけた。

 いくつか取って収納鞄に入れる。

「今日は、これくらいにしようか」

 歩いて30分の距離。見つけた木の実が食べられるものであれば、往復で1時間の距離ならば子供でも取りに来られるだろう。

 まぁ、当分は危険な獣が出ないとも限らないし、私が行くようにしないと。

 水場は見つからなかった。だけれど、見つかるまでとあまり欲張ってはだめ。いくら目印をつけて進んでいると言っても、絶対ではないのだから。

 べ、別にディラが泣いてるかもしれないから早く帰ろうとか思ってるわけじゃない。

 木の根に足を取られてふらつく。

 ほらね、転んで足を痛めるとかそういう可能性だってあるんだから……。

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