第50話

 おばばに話を聞いてから、森の入り口で食料を集めている子供たちの姿を見る。

「それ以上奥へ行っちゃだめだ!」

 と、お互いの姿を確認しながら土を掘り返したり木の葉を集めたりしている。

「それはお腹が痛くなるやつだ」

 という声も聞こえてきた。

「そうか、問題山積だ。未知の植物は毒の可能性も考えないとだめなのか……」

 毒があるか調べる方法もどこかで見た。食べ物の場合は何日もかけて少しずつ反応を見ながら量を増やしていくみたいな感じだ。

 ……そう、方法はあるはずなんだよね。

『大丈夫だよ。解毒剤も収納袋に入っている』

 ディラがニコニコと笑ってる。

 うーん。魔法っぽいことに頼るのはまだ気が引けるけれど……。

「ありがとう、ディラ。食べられる植物かどうか調べるのは解毒剤を使わせてもらうわ」

 これは1回調べれば継続的に必要になる問題じゃない。だから、魔法を使っても問題ない。

 収納鞄に頼り切った生活になるわけじゃないから。うん。使える物は使おう。

 ……ふと、きららのことを思い出す。魔力が高い私は聖女かもしれないわと言っていたけれど、魔力が高いだけで魔法ってすぐに使えるのかな?

 箸で食べることなんか持ち方云々は置いておいて、当たり前に皆がしていることだって、海外の人が日本に来てすぐにできるようになるわけじゃない。スキップや縄跳びなんか、いくら練習してもできないまま大人になる人もいる。魔法はどうなんだろう?

 努力とか練習とか嫌いだものね、きらら。

「私がいつまでたってもできないのは教え方が悪いのよ!先生を変えて!」

 だとか。

「魔力が高い私が聖女なんでしょ?別に、私がなりたくて聖女になるわけじゃないんだから、ちゃんとやる気にさせてくれないあなた方が間違っているのでは?」

 だとか。

「いやぁーん、できなぁい。もう一度教えてくださるぅ?ああ、そうだ、もしできたらご褒美に何してもらえるのかなぁ?」

 (相手がイケメンに限る)だとか……。

 ……大丈夫かな。もし、聖女だとしたら「代わりになるものがいない」わけだから。

 日本にいたときのように「ユキ姉さん、代わりに掃除しといて。私はデートで忙しいから。あ、その後、庭の草むしりも頼まれてたんだ、よろしくねー」とできないんだよ。

 つまり……。聖女の仕事を誰も代われない。のに、仕事をしないどころか魔法が上手く使えないままじゃ……。

 ん、まぁいいか。なんだかんだと取り巻き(この場合ば便利な男という意味でイケメンでなくてもよし)作ってうまく生きてくかなぁ?

 ……そうなんだよね。きららは生きていくのが上手い。

 私は、つい、甘えちゃだめだとか、ずるはいけないとか思い込みすぎて……不器用な損な生き方になっちゃう。もちろん、自分で選んだ生き方なのだから、後悔もしてないし、誇りもある。

 でもね、この世界で、私が生きていくだけのためとは違って、子供達が……いいえ、魔力ゼロの街を追い出されてしまう人たちが皆、この先安心して今よりはもう少し暮らしやすい場所を作るために魔法は一切使わないと意地を張っても仕方がないんだよね。

 ずっと頼り切りにならないものなら使って、魔法なしで生活できる基盤を整えるべきなんだよね。

 ほら、借金はしないと思っても、何か事業を起こすための初めの借金は必要だったりするじゃない?ずっと借り続けるものじゃない必要な借金。

 ってことで。獣対策を魔法や魔法系の道具を使わずに立てるために情報を収集するためには、色々使えるものは使おう。

「ねぇ、ディラ、もし危険な獣に出会った時に何とかする道具はないの?」

 どんな獣に出会うか分からない。もしかしたら、危険な生き物なんていないかもしれない。森に入って見なければ分からないのだ。

 とりあえず危険な生き物が本当にいるのか知りたい。

『んー、もう少し鍛えれば……ネウスを……』

「え?ネウス君を鍛える?いや、そりゃ自分たちでやっつけられる力をつけるのが一番だけれど」

 後々はそうしないと駄目だろう。獲物を確保するにも弓や剣、いろいろ武器を使って戦っていくしかない。魔法が使えなくたって、熊と戦ってきたんだよ。人類は!……たぶん。

「今の私でも何とかできる物は無いの?」

 ディラが悲しそうな顔をする。

『だめ、ユキが危険にさらされるなんて、僕には耐えられないから、教えないっ』

 ……いや、だから、危険を回避する方法を教えてくれと言っているのに。

 教えてくれないと、むしろ私が危険なんだけど……。

「じゃぁ、危険に遭遇したときに対処できなくて死にそうになるかもしれないけれど、仕方がない……エリクサーで何とかしろってことね……」

『ガーン、ユキ、ユキ、駄目だよ、危険に遭遇するような行動取らないで、あ、待って、森の中に入るの、僕も連れてって、あ、ねぇ、ユキっ」

 剣を森の入り口の木に立てかけて、森の中に足を踏み入れる。

 後ろから悲壮な声が聞こえてくる。少し距離を置いて振り返った。

「ディラは、私が危険を回避するための道具のことを教えてくれないんでしょう?そうよね。ディラに頼り切るのは私の我儘だったと反省したの。自分の力で何とかしようと思ったら、まずは重たい剣を持って行くべきではないと思ったの」

 そりゃ魔法の道具を使って生活を改善しようとは思った。

 でも、収納鞄の中身に頼り切りになるのと、いざというときに頼るのでは別の話だと反省。あんまり頼ってばかりだと、魔法の道具が当たり前になってしまう。「魔法の道具がないからできない」と思い始めたら本末転倒だ。

 少なくとも危険な獣とは何か私に説明もできないくらい、獣の姿はここでは見ないのだろう。

 ということは、まぁ、ちょっとくらい進んでもそうそう出会うことはなさそうってことだよね。

 少しずつ探索する距離は伸ばしていけばきっと大丈夫。……霊力のおかげで、危険が迫っていることはある程度虫の知らせで感じることができるし。……ああ、虫の知らせなんじゃなくて、私についてくれている守護霊様とかが教えてくれてるのかな。……残念ながら見えないんだけれど。

 それに、もし怪我したら、エリクサーがある。

 よし。いっちょやりますか!

 がさがさと枯草や落ち葉を踏みしめ、ときどきむにゅんと足が沈んだりしながら森の中を進む。

 足が沈むくらい柔らかい土か。落ち葉が堆積して栄養豊富な土ができてるのかなぁ?

「ユキッ!どこへ行くの!」

 振り返ると、ネウス君がいた。

「森は危険だよっ!」

「うん、おばばに聞いたよ。魔法が使えないと危険だと」

 にこりと笑って答える。

「私が住んでいたところでは誰も魔法は使えなかったけれど、森に入っていた。魔法がなくても森へは入れる」

 魔法が使えなくても火を起こせるを実践して見せたからなのか、ネウス君は私の言葉になんの疑問も持たずに頷いた。

「そうか!じゃあ俺も行くよ!」

 にっこり笑っているけれど、これはダメだ。

「危険がなくなるわけではないのよ?」

 ネウス君の顔が途端に曇る。

「危険なことがあっても回避する方法が魔法以外にもあるというだけ……そうね……例えば」

 収納鞄の中から、空になったローポーションの瓶を取り出す。モンスターを倒すと出てくるドロップ品と言っていたし、飲んだら瓶は消えるのかと思ったら消えなかった。

 ディラが言うには、空瓶は、薬草から作った薬を入れるのに使ったりと一定の需要があったので売れるらしい。

 だから収納鞄にしまっておいたのだ。……まぁ、誰に売るんだ?って話だよね。今の状態だと。でも、価値のあるものは捨てられない貧乏性です。

「ここから、村が見える方向はあっちでしょ?

 瓶のお尻が村の方向に向くように、目線の高さにある木の枝にポーションの瓶を刺す。周りの木は間引いて目立つようにする。

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