第49話

「ネウスは、私のものじゃなくて、私の弟。ね?大切な弟になるの」

 ネウス君がぱっと顔を上げる。

「大切?」

「そう。だから、ネウス君も私のこと大切に思ってくれると嬉しいな?」

 と、ちょっと強引にみんなの輪に入ろうと話を進める。さすがに……昨日今日あった人間を姉認定なんて無理かな。もうちょっと時間をかけるべきか。

「も、もちろん、ユキは大切だ。俺は、ユキのこと、大切にするっ!」

 よかった

「あ、ユキお姉ちゃん、ネウスお兄ちゃん、ここにいたの?あ、精霊様もご飯どうぞ……えーっと」

「お供えいたしますだったよな」

 ミーニャちゃんの後ろからドンタ君が顔を出した。

 こくんと頷いて見せると、ミーニャちゃんたちは剣の前に朝食を置いた。

 子供の量の、しかもとても豊かとはいえな食事とはいえ、6人前……は、さすがに。

 と思ったけれど、ディラは果敢に完食に向けてチャレンジを始めた。

「うぐぐー、この水まずい~。木の皮を煮たのも苦い~固い~蟻が酸っぱい~」

 う。まずいのは仕方がない。木の皮が堅くて苦いのも、我慢できると思う……。

 えーっと、あ、蟻?

 なんか汁にはいった、ゴマみたいな黒いつぶt……。

 うひー、無理、無理、いや、でも、文句ひとつ言わずに子供たちが食べてる。

 この小さい子たちが生きていくために、必死に蟻を捕まえてるんだよね。ぐすん。

 ダメだ。

 嫌だ。

 無理だ……なんて、私が言う権利ある?何も食べる物準備してないんだよ?

 準備してもらって、これは嫌いだから食べないとか、こんなもの食べられないとか言う権利ある?

 有るわけ、ない。

「では、お下がりをいただきます」

 と言うとディラに手を合わせてから食事を始める。

 ……パンを食べさせてあげたいというおばばの言葉を急に思い出した。

 おばばは食べたことがあるのだろう。そうして、食べたことのない子供たちに……パンを一度でも食べさせてあげたいと……。

 眼鏡をはずして、ご飯を食べる。見なきゃいい。黒い粒粒が見えるからダメなんだ。

 木の皮は、そう、ゴボウみたいだ。日本人にはなれた触感。大丈夫。苦みもゴーヤだと思えばなんてことない。

 粒粒の酸っぱさは……ぐっ。こ、これはイチゴの粒。イチゴの酸味……。

 一気に流し込む。それからすぐに木の樹液をごくごくと飲んで口の中から粒を追い出す。

「ご、ごちそうさま……」

 やり切った。頑張った。引きつる笑顔で何とか笑う。

「そんなに勢いよく食べて、お腹すいてるのか?もっと食うか?」

 ネウス君が心配そうに自分の器を差し出してきた。

「う、ううん、大丈夫だよ、あの、片付けは手伝うね!」

 慌てて器を持って立ち上がる。

 子供たちを見ると、器に樹液を入れてくるくると回して飲んでいる。それから残った樹液を飲む。

 ああ、そうか!水がないから、器もああしてきれいにして太陽の光でも当てて使っているんだ。

 洗うなんていうことが贅沢で……。片付けなんて、食事を作る場所に持って行くか太陽が当たるように並べるかくらいしかないんだ。

 目頭が熱くなった。魔力がゼロで役立たずだと言われても、こんな気持ちにならなかった。

 悔しい。情けない。

 私は、今、本当に役立たずだ。

 ううん、違う。違う。役立たずじゃない。彼らの知っていることを私が知らないだけ。逆に、私が知っていることを彼らは知らない。役に立てるように考えよう。

 例えば、水だ。

 川や湖など森の中にないのだろうか。

 飲むだけの水分は樹液で確保している。だけれどまずい。蒸留すれば水になるんじゃないだろうか。

 いや、樹液であることが彼らを生かしている可能性もある。まずいけれど栄養があるとか。……味だけを求めて生活スタイルを変えさせることは危険だ。

 味を求めるまえに、もっと十分な食料が必要だ。

 右を見れば荒野。荒野では、サボテンや砂ネズミがいる。だがどちらも希少のようだ。

 左を見れば森。木が生い茂っている。探せば食べられる植物も生き物もいそうだ。水場があれば魚とかも取れるかもしれない。

 食事が終わり、子供たちがそれぞれ自分のすることをし始めた。

「おばばに聞きたいことがあります」

「なんじゃ?」

「森が危険というのはどういうことですか?」

 おばばの正面に座って尋ねる。私の横にはディラが同じように座っている。

『どんなに危険でも、僕が何とかするよ!……って、ああ、だめだ、今の僕は無力だぁ!!』

 うるさい。ディラには話しかけてない。他の人にはディラの言葉が聞こえないんだから、同時にしゃべられても私が困る。

「見えるところならいいんじゃが、見えないところへ行ってしまえば帰ってこられなくなる」

 ん?遭難ってこと?

 遭難が危険ってこと?

「あの、魔力なしは魔素の影響受けないとか言ってませんでしたか?普通に迷子になるというだけなら、見えない場所でも、毎日道を覚えて少しずつ遠くに行くとか……?」

 魔法的力が働いていて迷いの森とかだと駄目かもしれない。

「わしらは魔力がないからの……。森が生み出す魔素に影響されることは確かにないが、逆に道しるべの魔法も帰還魔法もなにも使えないんじゃ。迷ったら戻ってこられない」

 道しるべの魔法?

『大丈夫だよ。収納鞄に、魔法の地図が入ってるから。通った道が自動で記録されるやつだよ』

 へー、便利なものもあるね。カーナビみたいに使えるのかな。

 って違う!魔法に頼らない!魔法なんてなくたって、方位磁針を使うとか、太陽と時計で方角を見るとか、あ、時計ないな。木の年輪でも方角が分かるし……。

 はぁーっとため息がでる。

 魔法が使えないから、魔法が使えないから、また、それなの?

「迷わなければいいんですよね!だったら、ちょっと行ってきます!何か食料が見つかるかもしれない」

 すくりと立ち上がる。

「待つのじゃ、魔法がわしらは使えないから、危険な獣に出くわしても戦う術がない」

 うっ。それは困る。そりゃ魔法が使えなくても、猟師であれば鉄砲でやっつけたりできたりもするけど、あいにく私は猟師でも格闘家でもない。

『大丈夫だよ、僕がユキを守るから!』

 ドンッと胸を叩くディラ。

 はい。言っていることだけはかっこいいけど、忘れてるよね。いろいろ。

『って、今の僕じゃ無理だったぁ!なんてことだ。ダメだ、ユキ!森へ行かせない。どうしても行くと言うなら、僕を倒してから』

 倒すも何も生きてないけどね。

 ……っていうか、ディラうるさい。……他の人にはディラの声が聞こえないんだから、ディラと言葉がかぶると、私だけが他の人の言葉を聞き逃したりするってさっきも言ったよね!あ、言ってない……けど、ちょっと黙っていてほしいんだけど。

「危険な獣とは、どういったものでしょうか?」

 おばばが首を横に振った。

「分からぬ……。ただ、街の外には獣がいて、魔法がない者は獣に襲われて生きてはいられないと……そう、教えられたんじゃ」

 ……そういう、ことか。

 魔法が使えないからできないの呪縛。

 森の中に入ると危険というのは、魔法が使えないから迷う、魔法が使えないから獣に襲われる……。と。魔法でなんでも解決できてしまうから、魔法が使えないと何もできないということにつながっている。具体的に何がどう危険かという問題ではない。魔法が使えないから危険だと……。

 魔法が使えないものは何もできないという思い込み。呪縛。

 生活に必要な火のおこし方すら分からないのだから……。

 魔法がないのが当たり前の世界に生きてきた私からすれば、魔法が使えないことは、森にあるかもしれない食料や水源確保をあきらめる理由になんてならない。

 ……とはいえ、実際に獣に襲われて殺されるのも困る……。

 熊なら音を鳴らしながら進むといいとか、猪は刺激しなければいいとか、なんらかの対策法がある。

 そう、熊を見たら死んだふりをするとかね。……でも、本当は死んだふりは悪手なのだとか。息の根を止めに襲われるらしい。あー、危険な動物が何かわからないんじゃ危険を回避する方法も何も分からないままか。

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