第11話

 いや、違う、違う。魔力0で追い出されるとか追い出されないとかそんなことはどうでもいい。

 それは街に住む……この世界で生活するための情報だ。

 それよりも私にとって大切なことがあるじゃないか。

「ディラは知ってる?日本に帰る……えっと、異世界から召喚された者が」

 日本に帰る方法。私にとって大切な情報はそっちだ。ないと言われたらどうしよう。ないと言われる覚悟をしながら尋ねても実際に言われたらショックを受けるだろうと思うと、声が小さくなる。

『あ、ユキ、人がいる』

 へ?

 ディラが指をさす方向に、確かに人の姿があった。

 薄汚れた布を頭からすっぽりかぶって街に向かって歩いている。

 布は日よけ替わりなのだろうか。それともファッション?

 どうにも足取りはふらふらしてるように見える。あ、倒れた。

『あー。あれはダメだな。かなり弱ってる』

 ディラがこともなげに非常なことを口にする。

「ディラ、簡単にダメとか言わないでっ!」

『いや、でも、300年の間に、ずいぶん見た。街へ向かう途中で息絶えた者。街から出て行くあてもなく弱って亡くなる者』

 ディラの言葉に、怒った自分が恥ずかしくなる。

 そうか。ディラは冷たいわけじゃない。きっと、私に声をかけたように、皆に声をかけ続けたのだろう。ただ、幽霊の声を聴ける人間がいなかった。

 無駄だと、わかっていても300年間……声をかけ続けた。300年間、手が届く距離……だけれど、声が届かない人たちが亡くなっていくのを見続けた。きっと、エリクサーや収納鞄の埋まっている場所を忘れずに覚えていたのも、いつか誰かを助けるため。

「そうだ!私にはエリクサーがある」

 指につけて舐めるだけでも助かる霊薬。

 慌てて倒れた人に向かって駆けだす。手にはディラの剣。ああ、走りにくい。

 ……。1分1秒でも早く駆け付けたいのに。2リットル入りのペットボトル2本くらい持って走ってるみたいだ。

「ごめん」

 仕方がない。私は体力には大いに自信がない。

 コンサートの最後に丁寧にマイクを置くように、地面に剣を置いて再び走り出す。

『え、ユキー、置いてかないで!僕を捨てないで!ユキー!』

 捨ててない、捨ててない。

 最後は体力がなくて走ってるんだかなんだか分からないスピードになっちゃったけど、およそ500mほどの距離を走り切る。

 はーはー、ぜーぜー。

「大丈夫?」

 よくよく考えれば、相手がどんな人物かもわからない。盗賊だとか悪い人が私をおびき寄せるために倒れたふりをした可能性だってある。と、声をかけてから、ここが日本と違う世界だと思い出す。人の命は日本よりずっと軽い。

 声をかけたけれど、すぐに返事は帰ってこない。

 恐る恐る、上にかぶっている布を取ると、中から現れたのは、20歳前後の男の子だ。いや、そう見えるだけで、実際の年齢はよくわからない。もしかすると20歳超えてる?とにかく細い。がりがりに痩せている。飢餓で何人も死んでいる地域の子供たちの写真を思い出す。

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