第8話

『あなた?ああそうか、僕の名前は、ランディラハード。ディラって呼んでくれ』

「ディラさん?あ、私は花村由紀、えっと、ユキです」

 しまった。幽霊だということを忘れて普通に自己紹介しちゃった。

 名前で何か縛られるみたいなの、ないよね?……というか、ディラさん全然幽霊っぽくないんだよね。

『ユキ、僕の好きな料理はそれだよ。ウサギ肉のシチュー』

 ディラさんの指さした先には、茶色いシチューの入った鍋があった。湯気が立ち上っている。

 なんだろう。鍋は机の上の板みたいな上に置いてあるけれど、冷めないように温める電磁調理器みたいなやつなのかな?

 ウサギ肉のシチューと、わざわざ肉の名前を言うあたり、肉が好きなんだろうとあたりを付けて、鍋から皿に肉を多めにシチューをよそう。

 机の上に置いた後に、2mほど先にある剣を拾い、シチューの前に立てかけた。

『うわ、おいしそうって、食べられないよ、こう見えても、僕、人間じゃないからね?』

 知ってるし。とっくに。

「ディラさんにお供えさせていただきます。どうぞお召し上がりください」

 いろいろな宗教、それに宗派によってお供え物の解釈は様々だ。

 とある宗教では仏さまは湯気を召し上がるので、冷めたものではなく温かいものをお供えするようにという話だし、別のものでは仏さまは喉が渇いているので、水分の多い果物をお供えするとよいというのもある。

 何を信じるかは人それぞれだと思うけれど、とりあえず仏さまに気持を伝えることが一番大事なのかなと思っている。

『は、あれ?何、これ……魔法?』

 ディラさんが目をまん丸にしている。

「魔法じゃないですよ、私、魔力ゼロなんで、魔法は使えないんです」

『魔力ゼロ?いや、だって、僕のこと見えてるというか、いや、それより、今は、なんで、匂いがするの?食べられたりして?』

 ディラさんがシチューの皿に手を伸ばして、さらに目を丸くする。

『すごい、触れる、え?なんで?』

 スプーンを手にシチューを食べ始めた。

 私から見れば、本物のシチューはそのまま、テーブルの上。シチューの魂というの?霊体?半透明になったシチューを半透明のディラさんが食べてるように見える。

『300年ぶりの食事!うまっ!うまっ!』

 あ、泣いた。

 泣きながら食べてる。

「こちらもお供えさせていただきます。お召し上がりください」

 シチューの隣に、プリンのような食べ物を置いた。テーブルの上にはたくさんの料理が用意されている。あれほど嬉しそうに食べているのだから、他の物もどんどんお供えしたい気持ちはあるんだけれど……お供えしたものは……。

『ああ、幸せ、もう死んでもいい!』

 死んでますけどね。

「ではお下がりをいただきます」

 そう、お供えしたものを下げた後は、お下がりとしていただく。捨ててしまわない。……つまり、いっぱいお供えしたいけれど私が食べられる分しかお供えできないのです。捨てるわけにはいかないので……。

「あ、本当ですね、ディラさんのおすすめのシチュー美味しいです。ほろほろに煮込まれたうさぎのお肉。あ、うさぎの肉は初めて食べましたが、臭みもなくて食べやすい」

 もぐもぐ。

 ごくん。

 ん?あれ?お下がりを食べたからなのかな?ちょっと霊力上がってませんか?ディラの姿が、少しだけ濃く見えるようになったような?気のせい?単に食べるもの食べて元気が出ただけかな。滝修行とかもしてないのに簡単に霊力上がるわけないか。

 あ、むしろ、ディラの方が食べて元気になってパワーアップしたからかな?




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1話目にも書いてありますが、宗教的な話や幽霊に関する描写などはすべてフィクションですので、真似しないでください。必要な方はちゃんと調べてくださいね。

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