第7話

『蓋開けて、手を入れて、サイルードゥ王国歓迎会で出された食事と言ってみて』

 言われるままに缶の蓋を開けて手を入れる。

 って、え?

 あれ?

 2センチしか深さがないのに、手がするりと奥まで入る。

 うわー、魔法だ、魔法だ。本当に魔法の鞄だ。

 てか、これ、直径10センチしかないのに手が大きいと入らないんじゃない?いや、魔法だから関係ない?

「サイルードゥ王国歓迎会で出された食事」

 と、言われたままに言葉を発すると、目の前にごちそうが現れた。

「想像していたのと違う……」

 10人は席に付けそうな長テーブルに、美しいレースで縁取られた白い布がかぶせられ、その上に所狭しと皿に盛られた料理が。

『ごめん、気に入らなかった?』

 ショックを受けて首をかしげて悲しそうな顔をするイケメン幽霊。

「あ、いえ、その、嬉しいです。お腹が空いていたから……いただきます」

 飲み物もある。アルコールだとまずいので、とりあえずほんの少し。ああ、オレンジジュースみたいな味だ。果実水ってやつかな。いや、果汁かな?飲みやすいように少し水で薄めてある?どっちだろう。

 それから、串にささった肉とサンドイッチのようなもの。綺麗に盛り付けられたカットフルーツ。取り皿に取る。

「あ、おいしい」

 もぐもぐと食べる姿を、嬉しそうに見てるイケメン幽霊。

「あの、ありがとうございます」

 改めてお礼を言う。お腹が膨れたことで、少しだけ気持ちが落ち着いた。

 いきなり異世界に召喚されて。

 いきなり魔力0だから捨てられて。

 いきなりふっ飛ばされて怪我を負わされて。

 本当にあのままじゃ死んでいた。

 幽霊がじーっと、私を見ている。

『かわいいなぁ。そうして物を食べる姿もかわいい』

 は?

「あ、あの、全然私、かわいくないですよっ!」

 300年間ほぼ人との接触がなくておかしくなってるのかな。

 日本にいるときも、10歳を過ぎてからは親にすらかわいいなんて言われた記憶はない。髪の毛を後ろで一本結び。前髪は目にちょっとかかるくらい長くて。おしゃれとはかけ離れた無粋な眼鏡。化粧は分からなくてしたことない。

 おしゃれもどうしたらいいのか分からなくて、今だってなんだかよくわからない英字がプリントされた薄緑のトレーナーに、黒ジーンズのズボンに黒のスニーカー。

 かわいい要素なんてどこにも見当たらないのに。

『あ、ぴかぴか桃色の光が飛び出した』

 は?

 え?

 何の話?

 慌てて自分の体を見るけれど、桃色の光なんて見えない。

 あれ?もしかして、幽霊って、人間の目とは違うものが見えてる?

 例えば、入れ物じゃなくて中身。人間の魂が見えてるとか?

 魂か……。そうすると、私の魂はかわいいのか?

 ……精神年齢が反映してるとしたら、うん、小学生のまま成長してない自信あるわ。小学生女子に見えてるなら、まぁ、かわいいという形容詞が当てはまらないこともないか?小柄だったしな。いや、今も大柄ではないけれど。クラスで前から2番目が定位置だった。

『かわいい』

 やめて。イケメンに見つめられるなんて、苦行ですよ、苦行。

 恥ずかしさと、いたたまれなさとで、いくら相手が幽霊でも憤死しそう。

 あ、そうだ。

「あの、あなたが好きな料理はどれですか?」

 他に意識を反らさせよう。




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この世界はメシマズじゃないです。

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