第4話

『全く動けないのか?』

「んー、立って歩くのは無理そう」

『這いずり回ることは?』

 這いずり回るか。貞子みたいに?

 いや、うつ伏せになるのもつらいなー。体の体制を変えられる気がしない。

『少しだけ、少しだけこっちに近づいてくることはできないか?』

 寂しいのかな。どうせ死ぬなら隣人が近くにいたほうがいいかも?

 ちょっとだけ頑張ってみようか。

「った!」

 言葉にならない痛みが体に走る。

 だけれど、何とか体をうつ伏せにすることができた。それから、ぐっとこらえて本当に少しずつ、匍匐前進よりもひどいナメクジみたいな動きでじりじりと声の主の方に向かって進む。

『ああ、俺が動ければ……だけど、よかった。来てくれてよかった』

 10mほど進んだろうか。先ほどよりも声の主までの距離が縮んだ。

『たぶんその辺、右手をもうちょっと西側に動かして、あ、西が分からないか、えーっと、そっち、そうそう、そっち、その辺ちょっと土を掘ってみて』

 ぐ、全身痛みがひどくて、死にそうになってるのに、頼み事かよっ!

 まぁいい。気がまぎれる。考えたくないことを考えなくて済む。

「ん、なんか手に当たった」

『よかったー。そこらへんに落とした記憶は間違ってなかった。それ、飲んで』

 は?

 手に当たったものを手の感覚だけで掘り出すと、小さな瓶が出てきた。中には液体が入っている。確かに、喉が渇いてきたし、飲み物はほしい。

「これ、えーっと、三百年前の?」

『そう。三百年前の僕の持ち物。この辺に散らばっちゃったやつのうちの一つ。それとっておき』

 とっておきって。大事なやつってことよね……。

 美味しいのかな。瓶は砂まみれ。中の液体の色は……真っ黒。醤油よりも黒い。ソースよりも黒い。墨汁みたい。

 これを飲めと?

『当時世界に4本しかなくて、買うと国の予算が吹っ飛ぶくらいのやつ』

 は?

『僕はドラゴン倒してドロップして手に入れたんだけど、あー、もしかしたら飲むんじゃなくて、なめるだけにして取っておいた方がいいかも。君、見たところ元気そうだし』

 お前の目は節穴か!

 いや、幽霊は目が節穴になってるパターンも多くて、もしかして顔見たらそれ系かもしれないから突っ込まないけど。

 どこが元気そうだ!いや、死んだ人間よりは元気か……って、そんな漫才みたいな話はいらないんだよっ!

「元気の基準が分からない……」

 と、ついつぶやいてしまった。

『あー、手もちぎれてないし、内臓も出てないし、会話できるし』

 待て、待て、元気の基準がおかしい!

 いや、その基準なら確かに私は元気ですが、ですが、このままだと助けもないし、死にそうなんですけどね?

 ……うん?

 そうだ。どうせ死ぬか。この怪しい墨汁みたいな液体。三百年の間に腐って腐敗してカビてやばいの増殖して猛毒になってそうな感じですが……。いや、逆に即死できる猛毒ならば、この痛みから解放されるかも。

 痛みと戦いながら、なんとか小瓶のキャップを開ける。栄養ドリンクのような小さな瓶。ごくごくと飲む勇気もないけど、そもそもごくごく飲める体勢になれないので、指にちょいとつけて舐めてみた。

 うっわぁー、これ、味まで墨汁だ。いや、墨汁は飲んだことないけど、あの習字の匂いが口から鼻に抜けた。絶対、舌が真っ黒になってるよね。そういえば、おはぐろとか言って墨汁で歯を真っ黒にして遊んでたなぁ、隆。……幼馴染の隆。半年後に結婚する隆。

 人の気も知らないで、結婚式の招待状を手渡してきた隆。

 ああ、こんなところで死ぬわけにはいかない。

 日本に戻って結婚式に出席しないと!結婚式でおめでとうって言ってやるんだからっ!

 奥さんになる人……隆はお調子者で、クラスの人気者。目を離すと墨汁どころか泥水も飲んじゃうようなヤツだけど……。霊感少女と噂が広がって皆が私を気味悪がっても、隆だけはずっと変わらず接してくれた。底抜けにいいやつだから。だから、幸せにしてあげてくださいって。

 隆の奥さんになる人の守護霊にお願いしないといけないんだからっ!

 絶対に死ねないっ!

 と、体を起こす。いや、起こせた。

「あれ?痛く、ない……?」

 手に小瓶を持ったまま立ち上がる。どこもいたくないどころか、最近ひどかった肩こりまでも治っている。

『霊薬エリクサーなら、命さえあれば何でも直しちゃうから。そりゃ痛いくらいあっという間に治るさ』

 霊薬エリクサー?

 ファンタジーゲームや小説に出てくるあれ?この真っ黒な墨汁もどきが?

 驚いて声の主に顔を向ける。

 遠くからじゃはっきり姿が見えなかった幽霊の姿。というか、目が節穴になっていたり直視しがたい姿の場合もあるので見ないようにしていた姿を5mほどの距離からばっちり見てしまった。

「う、げ……」


 ――幽霊は、無駄にイケメンだった。

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