第3話

 地面に寝ころんだまま空を見上げる。いいや、正確にいえば、背中の痛みで動けない。かろうじて動かせるのは、足首から下と肘から先と顔。

 熱も出るかもしれない。

 これ、動けるようになるのにどれくらいかかるんだろう。死ぬんじゃないかなぁ……。

 日本に帰りたいって思う前に、死にたくないって思わなくちゃだめな状態なんだろうなぁ。

 でも、やっぱり……一番心に上がってくる感情は日本に帰りたいだ。

 従妹のきららは、すごく嬉しそうだった。男がいれば平気なのかな。

 私は嫌だ。

 家族や友人すべてを捨てて一人の男性を選ぶなんて絶対できない。家族と縁を切れというような男は好きになれない……って考えたところで、「やだぁ、男の人から願い下げでしょう。誰も由紀姉さんのこと好きになるわけないじゃない。そりゃ、家族や友達は大切よね、くすくす」と、きららの幻聴が聞こえる。

『おーーーーい』

 ん?

 人の、声?

 すごく小さいけれど、人の声が聞こえる。

 助けてもらえる?

 いや、待って、低級民を助ける人がこの世界にいる?むしろもっとひどい目に合わされる可能性……。

 声は男のものだ。

 私は三十路だし、ノーメイクで眉の手入れもしてない身なり構わない系だけれど……女は女だ。

 もう動けない女でも使い道はある。……最悪な状況を想像して絶望的な気持ちになった。

『おーーーーい、おーーーいってば、やっぱりむりかぁ……』

 声の主はまるっきり近づいてこない。声のしたほうに、目を向ける。

「ああ、なんだ。こっちの世界でも、私の能力は健在かぁ……」

 ふっと笑いが漏れる。

 目に移ったのは人ならざる者。

 いや、かつて人だったモノ。

「呼びましたかー」

 私、花村由紀30歳。

 昔は霊感少女と呼ばれた今は霊感喪女です。

 幽霊見えちゃう体質です。

 関わるとろくなことがないため、見ても完全に無視して生きてきたけれど。

『お?え?あ?』

 遠くに見える半透明の男がきょろきょろとあたりを見回す。

「ちょっとー、おーいって呼んでたの、あなたじゃないんですか?」

 たぶん、もうすぐ死ぬんだ。一人で死ぬよりも、幽霊といえど誰かがいたほうがマシなのかもと、会話することにした。

『え?いや、呼んだ、呼んだけど、聞こえるのか?』

 距離にして、20メートルくらいだろうか。ちょっと遠いので、姿はよく見えない。だけれど、声は張り上げなくても会話ができるみたいだ。ありがたい。今は大きな声を出すだけでも体が悲鳴を上げる。

「聞こえないと思って呼んだんですか?で、何の用ですか?」

『あ、いや、用というわけではなくて、人がいたら話しかけたくなるよね?』

 ……。いや、見ず知らずの人にいきなり話しかけたくはならないけど。

『まぁ、話しかけても、相手には聞こえないし僕の姿も見えないみたいだから、返事はかえって来ないんだけれど……。独り言でも、誰かに向けてしゃべっているというだけで、少しだけ寂しさが薄らぐというか……まぁそもそもこのあたりに人がいることなんてめったにはないんだけれど』

 ああ、そうか。

 今の私がそうだね。たとえ相手が幽霊だとしても、一人よりは寂しくない。

『あ、あれ?もう聞こえてない?』

 ずっと黙っていたら、悲しそうな声が聞こえてきた。

 寂しいと言いつつ、近づいてこないのは地縛霊だからかな。……あそこで死んだ?あの人も、捨てられたんだろうか。私と同じように。

「どれくらいそこにいるんですか?」

 私も死んだら、ここで地縛霊になっちゃうかもしれない。そうすると、死んだあとあの人が唯一の隣人になる可能性もある。

『あ、ああ、えーっと、かれこれ、2、3………百年?』

 ぶほっ。300年も成仏できずに……。あ、きっかけがなければ成仏も出来ないのか。

 こんな何もない荒野できっかけを得るのは難しいか。人っ子一人見当たらないし。

「さ、三百年?」

『んー、たぶんそれくらいだったはず。あー、まぁ、長い間だ、そう、長い間』

 指を折り曲げて数えているようなそぶりと、言いよどむ言葉。うん、まったくあてにならない数字だということは伝わった。

『そ、それより、君はどうしてそんなところで寝ているんだい』

 ごまかすように話題を変えたな。

 幽霊といっても、人間とかわらないね。恨みつらみでおかしくなってるタイプではないようだ。

「……寝てるんじゃなくて、倒れてるんです」

『倒れてる?なんで?そんなとこで倒れてたら、死ぬぞ!』

 ああやっぱり死ぬのか。

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