第2話
魔法だ、魔法、すごい!
男が呆れた表情で私を見下ろした。
あれ?魔法じゃない?板でできた隙間の狭いすのこみたいな感じに見えるだけの物だけど、実はリニアモーターカーみたいに磁石の力で浮かんでる最新機器?
「くっ。低級民は、俺が使うような下級魔法すらうらやましいか。そりゃそうか、魔力ゼロだもんな、ゼロ。ありえねぇわ。俺なら恥ずかしくてその年まで生きてられねぇな」
馬鹿にしたような目で見てくる。
下級魔法って言った?やっぱり魔法なんだ。空飛ぶ絨毯ならぬ、空飛ぶすのこ!すごいよ、1mくらいしか浮いてないから、空を飛ぶと言えるかは微妙だけど。
と、つい本物の魔法に興奮してしまったけれど、そんな場合ではない。
すのこの上に座りなおすと、周りを見渡す。目から入る情報は大切だ。
振り返れば召喚された場所である城が高くそびえている。
陛下のいる城ということは王国の中心王都なのだろう。
街には、石造りの2階建ての建物が並ぶ。武骨な石ではない。表面が磨かれた石だ。大理石を思わせる美しい石で作られた高そうな家。
色とりどりのワンピースを身に着けた女性たち。働くには動きにくそうなフリルが袖口についていたり、ふわふわと風に揺れる長い髪には花の飾りをつけていたりと、豊かさが見て取れる。男性たちもあくせくと働いているようには見えない。汚れがなく形がしっかりした服を身に着け、あるものは女性に声をかけながら、またある者は友人と酒を酌み交わしながら過ごしている。
全体的に「剣と魔法の中世ヨーロッパ風ゲームの世界」のように見える。
城から離れていくにしたがって、街の様子も変わる。次第に労働階級の住む場所へと向かうのはどこの世界も同じようなものなのか。その外側はスラムと呼ばれる場所だろうか。スラムに私は捨てられるのかな。
と、ぼんやりと考える。
しかし、予想は裏切られた。街の端へ向かうと、より高級な住宅と思われるものが立ち並ぶ場所だ。2階建ての建物などという表現ではない、お屋敷という呼び方がふさわしい建物が姿を現す。広い庭には花々が咲き乱れ美しく整えられている。
さらに外側に向かうと、今度は畑が現れた。
整然と並ぶ作物。
ふと、プランテーションという言葉が思い浮かぶ。あれはたしか奴隷を使って大規模農業をすることを示す言葉だっただろうか。
奴隷がいるのだろうか。
私は奴隷にされるのか。
と、見回しても広い広い畑に人影はほとんど見当たらない。
やっと見かけた人の服装は奴隷とは思えないような白いワンピース。
そう、色が白だ。農作業をするには白は汚れが目立つからとてもふさわしくない。
と、眺めていたら女性は両手を広げて、何やら口を動かしている。
「!」
すごい!
機械化じゃない、魔法化されてるんだ!だから、少人数でも広大な土地で農業ができる。
目の前には、土の中から飛び出した人参のような作物が浮かんでいた。
その数1000本はあるだろうか。1か所に集まっていく。
手を汚さないで人参を収穫……だから白い服でも問題ない……のか。
ふいに白いワンピースの女性が振り返った。
「ああ、荷運び、ちょうどよかったわ。収穫した野菜はあそこに集めてあるからすぐに運んでちょうだい」
女性に話しかけられ、すのこの運転手の男が、すのこを止めた。
「ちょっとあっちにコレ、捨ててこないといけませんので、後で来ます」
ぺこぺこというよりも、へこへこといった様子で男が頭を下げる。
「は?捨ててくる?」
怪訝そうな目を女性が私に向けた。
「魔力ゼロの低級民」
男の言葉を聞いて、女性が目を吊り上げた。
「は?汚らわしい!私の作った野菜を運ぶ乗り物に、低級民が乗るなど、ありえませんわ!」
「いえ、でも陛下のご命令で」
「捨てればいいんでしょ?捨てる場所は"外"ならどこでもいいんでしょ?」
外?
女性は男が頷くのを確認してすぐに両手を広げた。
「【大地の力よ、かの異質なる穢れし者を外へと弾き飛ばせ】」
女性が魔法の呪文を唱えると、すぐに私の体は宙に浮き、すごい勢いで畑の上を横切り、街から遠ざかり、そして、何もない土地に落下した。
「いっ」
小さな声が漏れる。
勢いよく背中が地面に叩きつけられ、息が止まる。痛いというよりも苦しい。
頭をぶつけなくてよかったんだろう。意識ははっきりとある。苦しみが少し楽になると、今度は痛みがやってきた。
背中、それから肩……。うー、肋骨は無事かな……。
「ああ……外……か」
地面に寝ころんだまま、視線を動かす。
今いるのは、何もない場所。森でも畑でも草原でもない。そう、荒野といったところか。
そして、視界に映るのは、薄いベールのようなもので囲まれた街。
ベールに見えるものはなんだろう。
バリア?結界?魔法の何か?ベールに囲まれている場所が中で、ベールに囲まれていない荒野が外……なのかな。
背中が痛い。
頭を打っていたら死んでたよ。ひどい。傷害罪だよ。殺人未遂だよ。……でも、手も触れてないし、魔法で飛ばされた場合は犯人はどう見つけるんだろう。証拠もないよなぁ。
とか、どうでもいいことを考える。
たぶん、この世界の人間の命はそこまで重くない。
立場でどこまでも軽くなる。
魔力ゼロ……低級民と呼ばれる私のような人間は「殺してもいい」部類なのだろう。
空は青い。太陽は一つ。地球と同じだ。だけれど、昼間の月が4つ出ている。太陽のまわりに4つの白い昼の月。
どうしよう。日本に帰りたい。
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